バロックオペラの魅力がぎゅっと詰まったヘンデルのオペラ「シッラ」、歌舞伎にヒントを得た演出と、颯爽とした音楽で日本初演を果たしました。

 最近、欧米ではバロック時代のオペラがブームです。その代表的な作曲家といえば、ヘンデル。日本ではこれまであまり上演の機会がなかったのですが、今月は新国立劇場で「ジュリオ・チェーザレ」、神奈川県立音楽堂で「シッラ」と、2つのヘンデル・オペラが上演されました。前者は新国立劇場オペラパレス初のヘンデルオペラ、後者は日本初演です。

 昨日日本初演を果たした「シッラ」は、イタリアの名ヴァイオリニストにして指揮者、ファビオ・ビオンディが弾き振りをする「音楽堂バロックオペラシリーズ」の第3弾です。これまでヴィヴァルディ「バヤゼット」「メッセニアの神託」を日本初演。今回は3本目ですが、2020年2月末に予定されており、メンバーも全員来日していたのにコロナ禍で中止!という「悲劇」(ビオンディ)に追い込まれた因縁の公演。悲願の日本初演となりました。ビオンディはじめキャスト、関係者の皆さんは、どれほど嬉しかったことでしょうか。私は2019年にトリノのビオンディ邸まで取材に行かせていただいたりして、ほんの少しですが関わってきたので、個人的にも感慨深いものがありました。

 県立音楽堂はビオンディのお気に入りの会場。席数1000足らず、ピットはないのですが、舞台の手前、ほぼ同じ高さにオーケストラを置き、歌手がよく見える位置で弾き振りをします。この立ち位置も気に入っているとのことでした。

 公演は素晴らしかったと思います。ビオンディは本作について繰り返し「短いから上演しやすい、ヘンデルの、バロックオペラの魅力が凝縮されている」と語っていましたが、まさにその言葉通りでした。主人公は古代ローマの暴君シッラ。プログラムの三ケ尻先生の解説によれば、マールバラ公爵の暗喩らしい。当時のオペラ(や演劇)は時事問題エンタティメントだった、というのはそうだったのだと思います(シェイクスピアもそうですね)。そのシッラが無理難題を言い散らし、最後は海で難破しかかって妻に救われ、悔い改める。ストーリーは、例えば同じヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」などに比べるとかなり不自然といえるかもしれません。一方で展開はスピーディで、アリアもレチタティーヴォも短めのものが多く、きびきびと進みます。その分、音楽の転換が早く、耳が常に新鮮に保たれるのです。バロックオペラの魅力が凝縮された作品、という表現も確かに納得できます。

 ビオンディの持ち味、魅力は、彼ならではの、ヴァイオリンソロでのイタリア的な美音〜ピリオド楽器だけれど甘く滑らかで、広がりのある音色〜や超絶技巧の素晴らしさに加え、音楽づくりの上ではグルーヴ感、疾走感、スピード感にあるので、この作品は彼にぴったりなのだと思います。お気に入りの作品だから、あちこちで上演し、今回も「日本初演」に漕ぎ着けたのでしょう。ウィーンなどでもやっていますが、確か演奏会形式だったと思うので、今回は「セミステージ」と謳いつつ、かなり本格的な舞台上演に近かったですから、「舞台付き世界初演」と言ってもいいのかもしれません。

 弥勒忠史さんの演出は、彼が最近手がけている「歌舞伎」の世界から多くのヒントを得たもの。大道具は鳥居を思わせる赤い門のようなものをいくつか組み合わせたものが中心で、場面によって宮殿らしくなったり牢獄らしくなったり。照明を多用し、背景に富士山を浮かび上がらせるなど、多彩な仕掛けで飽きさせません。そして最後、「軍神マルス」が現れてシッラの暴政に止めを刺す「デウスエクスマキナ」(神による解決)のシーンでは、音楽堂では構造上「仕掛け」ができないことがあり、天井から「エアリアル」が降りてくる、という結末に。空中アクロバットを披露しつつ下がってくる演出は「あっと言わせる」効果満点。金銀の紙吹雪も撒かれ、歌舞伎的な華やかさを添えていました。

 衣装(友好まり子さん)も、着物ドレス、歌舞伎メイクと華やかさ満点。歌手は全て海外組なので、この着物は気に入ったことでしょう。日本でのプロダクションでなければ着られないですからね。タイトルロールのソニア・プリナなど、歌舞伎の悪役メイク(隈取り)にノリノリになっているのが見ていてわかりました。

 その歌手たちも充実。全てビオンディのキャスティングですが、彼はカウンターテナーは「不自然」だという理由で使わず、男性役は全て女性。とはいえ「音色が重ならないようにキャスティングした」という言葉通り、ソリストはみな個性のある声でした。レピドを歌った大ベテランのヴィヴィカ・ジュノーのしっとりした奥行きのある声と品格、粒だちのいいコロラトゥーラ、完璧な超絶技巧。シッラの妻メテッラを歌った、これも国際なキャリアが長い韓国のソプラノ、スンヘ・イムの、リリカルで柔らかい余韻のある声、伸びのいいコロラトゥーラ。クラウディオ役ヒラリー・サマーズのスモーキーな音色。フラヴィア役ロベルタ・インヴェルニッツィの凛としたたおやかさ、チェリア役フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリの可憐さ。そしてタイトルロールを歌ったプリナの、堂々として深く、艶があり、押し出しの良い劇的な声(悪役にピッタリ)。「神」役のバリトン、ミヒャエル・ボルスも響きのいい美声で、出番がちょっとしかないのが勿体無い。さすがはオペラの経験が長く、「声」に通じたビオンディのキャスティングです。多彩な「声」の饗宴を楽しみました。

 そして通奏低音チームの素晴らしかったこと。中でもジャンジャコモ・ビナルディが奏でたテオルボは、低音楽器とは思えない多彩な音色、気の利いた装飾が絶品でした。

 会場にはオペラ仲間が大集合。終演後は有志で、みなとみらいの夜景が見える中華でアフター。予想外の花火もあり、こういう日々が戻ってきたことも嬉しかった。

 本日もう1日公演があります。見逃した方、ぜひ。

https://www.kanagawa-ongakudo.com

 

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