オペラは楽しい!を実感させてくれるオペラ〜「イル・トロヴァトーレ」。藤原歌劇団の充実した公演に拍手

 だいだい好きなオペラ、といえばこれ、「イル・トロヴァトーレ」。それまでプッチーニびいきだった私を「ヴェルディ大好き!」に転向させたオペラです。何がいいって、やっぱり音楽でしょう。
 最初にこのオペラが好きになって痛感したのは、「オペラって、音楽とドラマが一致しなくてもいいんだ」ということ。実はそれまで、「トロヴァトーレ」は聴きもしないのに敬遠してました。というのも、オペラ本であらすじを見ていると、とてもじゃないど見る気になれない、ドロドロで暗いお話でしたから。それが、何かの拍子に聴いてみたら、こんなに景気が良くて楽しい音楽なのか!と驚いたわけです。びっくりぽん。オペラって楽しい!とつくづく思えたのは「イル・トロヴァトーレ」のおかげです。
 「トロヴァトーレ」に目覚めたということは、イコール「ベルカント」に目覚めたということでもあり。要はドラマより「歌」の魅力で成り立つオペラがあるのだ、ということを知ったわけです。以来、ベルカントオペラが大好きになりました。オペラの長ーい歴史からみれば、プッチーニ以降のリアリズムオペラより、ベルカントの時代の方が長いかもしれないのです。そういう意味ではベルカントオペラの方が「正統」ザ・イタリアオペラ、なんだと思います。
 19世紀を生きたヴェルディは「ベルカント」から「ヴェリズモ」への橋渡しをしたとか、両方のスタイルがあると言われますが、「トロヴァトーレ」はまさにヴェルディ風ベルカントの集大成です。そしてヴェルディがすごいのは、ほぼ同じ時期に、「ヴェリズモ」の先駆けとも言える「椿姫」を書いていたことですね。
 とはいえ「イル・トロヴァトーレ」は、一部のファンには評判が悪いオペラでもあります。ドラマが「荒唐無稽」だという理由ですね。でも、大体ベルカントオペラは荒唐無稽なものが少なくないし、見方を変えればこんなに良くできた台本もないのです。4つの幕はそれぞれがほぼ同じ長さで、四人の主役にアリアが上手く割り振られ、ソプラノ、テノール、バリトン、メッゾソプラノの4種の声がほぼ等しく堪能できます。恐ろしくバランスがいい。他のベルカントオペラでもなかなかないのではないでしょうか。まあこれは、台本作者のカンマラーノの功績ですが(完成直前に急逝。バルダーレとヴェルディが補筆)。カンマラーノはまさに職人で、そういう意味で歌と見せ場が楽しめる理想的な台本を作りました。
 加えて、各幕に「見せ場」がある。決闘とか、修道院に入ろうとした恋人の救出とか、恋人が囚われている牢屋の下での恋歌とか。歌舞伎の「見栄を切る」ようなシーンが上手く配されているわけです。よく、オペラと歌舞伎の共通点が語られることがありますが、「イル・トロヴァトーレ」は、一番「歌舞伎的」なオペラではないかなあ、と思っています。
 とはいえ、「イル・トロヴァトーレ」は、「椿姫」や「リゴレット」といったヴェルディの他の人気オペラに比べると、上演回数の少ない作品です。第一の理由は、歌手を四人揃えることが難しいからではないでしょうか。それも、歌える歌手が必要ですから。
 今日観劇してきた藤原歌劇団の「イル・トロヴァトーレ」は、歌手の方たちの水準が高く、満足度の高い公演になりました。主役四人、みなさんちゃんと声が張れ、響き、飛ばせる。日本人歌手のレベルが上がっていることを肌で感じることができ、嬉しく思っています。
 主役四人はそれぞれ良かったですが、パワーの面で全体を牽引していた感があったのは、アズチェーナ役の松原広美さん。むらなくよく響き、強く、芯と広がりと立体感のある声、艶やかな音色。特に高音域の強く豊かな響きが素晴らしく、ヴェルディのハイ・メッゾの役柄の魅力を知らしめてくれました。
 レオノーラ役の小林厚子さんも充実。昨年来、新国で「ワルキューレ」ジークリンデ、「ドン・カルロ」エリザベッタなどを歌って好評を博した好調が維持されている感じがします。しなやかで伸びがあり、しっとりとした女性的な質感が魅力的な声、響きもムラなく、レガートもよくコントロールされていました。毒を仰いで瀕死になりながら、恋人を逃がそうとする最終場では、恋に殉じる女性の健気さ美しさがよく伝わりました。
 マンリーコ役笛田博昭さん。藤原を代表するスピントテノール、甘く良く通るテノールらしい声が魅力です。今回感服したのは、ヴィブラートに頼らないすっきりした響き。技術的に全く無傷というわけではないですが、聴き手を惹きつける、力のある「声」の魅力という点では日本でも屈指のテノールだと再認識しました。ルーナ伯爵役のバリトン須藤慎吾さんは、ノーブルで若々しい恋する男。藤原歌劇団のサイトに掲載されていた須藤さんのコメントで、「原作ではマンリーコが兄ルーナ伯爵が弟になっている。ルーナは血気盛んな若者」だというくだりがあり、それを読んでいたので、今回の役作りはとても納得しました。
 コロナ禍のおかげで、合唱がマスクをし、しかも人数が少なかったのはとても残念です。
 山下一史マエストロの指揮は丁寧で、歌手によくつけて安全運転でしたが、劇的にここ!という盛り上がりの部分では、もっと思い切って前に出て振ってほしかった。
 粟國淳さんの演出は、十字架や、荊?のようなモチーフを配した箱型の空間を大道具に、美しい衣装で舞台に花を添え、演技はかなり歌手にまかせた「歌オペラ」の王道。まあ、「イル・トロヴァトーレ」は演出が難しいオペラで、下手にいじると悲惨なことになるので(尾高監督時代に新国立劇場で、なぜか(イタリア人でもなく)ミュンヘンのゲルトナープラッツ劇場(二流劇場)のドイツ人演出家が制作したものなど無闇に暗くて、一回でお蔵入りです)、これはこれでよろしいのではないかと思います。
 ああ、でも、本当に、血湧き肉躍るヴェルディ流ベルカントは文句なしに楽しい。「ザ・オペラ」ですね。
藤原歌劇団公演「イル・トロヴァトーレ」は明日も開催されます。
https://www.jof.or.jp/performance/2201_trovatore/

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