20世紀イタリア・オペラの最後の大歌手〜レオ・ヌッチ バリトンリサイタル

 今年82歳のイタリアのバリトン歌手、レオ・ヌッチは、間違いなく、20世紀のイタリア・オペラの偉大な時代の最後を飾る歌手、だと思います。昨年末、イタリア・オペラがユネスコの「無形文化遺産」に登録されたというニュースがありましたが、「無形文化遺産」の表現にもっとも相応しい現役の歌手はヌッチでしょう。

 20世紀の半ばから後半にかけて、イタリア・オペラは名歌手をたくさん産み、世界を席巻していました。デル=モナコ、パヴァロッティ、テバルディ、、、かのマリア・カラスはギリシャ人ではありましたが、イタリア・オペラを中心に活躍したという点ではやはりイタリア・オペラの名歌手と言ってもいいかもしれません。
 その背景には、イタリアでオペラがとてもポピュラーな娯楽だったということがあると思うのです。町や村のブラスバンドでオペラの曲が演奏され、普通の人たちが日常の娯楽として、それこそ道端でオペラの歌を口ずさんでいた。誰もがデル=モナコやパヴァロッティという名前を知っていて、歌も聴いていた。パヴァロッティは、イタリアの美空ひばりみたいな存在だと思っています。ヌッチは、そんな時代のそんな空気を吸って成長した最後の世代なのです。オペラ歌手はスターだったし、収入も良かった。今は他にスターになれる職業はたくさんあります。
 今、イタリアで「オペラが好き」な人の割合は当時よりずっと少ないし(普通の人はまずオペラなんか行かない)、オペラは日常とは遠い、と答える人の方が圧倒的に多い。「パヴァロッティみたいに、誰もが知っている歌手なんていないでしょ」と言われたことがありますが、全くその通りなんです。
 レオ・ヌッチは、パヴァロッティをはじめ、ベルゴンツィ、ドミンゴなどその時々の多くの名歌手と共演し、世界中で活躍してきました。けれど彼の舞台で感じるのは、「イタリアの劇場」の空気です。客席が沸けば(オペラの途中でも)アンコールをやる。十八番の「リゴレット」、第2幕の最後の二重唱は、彼がよくアンコールする曲なのですが、ファンはそれを知っている。ヌッチもそんなファンの心理がわかっていて、舞台上で客席と「やろうか?」的なやり取りをしたりする。そしてアンコールが始まると、客席がわあっとわくのです。劇場は生きている!そう感じる瞬間を、ヌッチほど作れる歌手はいません。「歌」にも「演技」にも様式があり、客席との距離が近い、伝統芸能としてのイタリア・オペラ。彼はそれができる最後の歌手です。
 今は正直、技術的にヌッチより「うまい」歌手はいるかもしれない。でもヌッチのように、客席の心を鷲掴みにできる歌手はいないと思うのです。

 昨日、そのヌッチが、2017年から7年ぶりの来日を果たし、オペラシティでリサイタルを行いました。

すごかった。

冒頭からプログラムにない「セヴィリア」のアリア。前半からアンコール。客席に歌を促す。後半、ヴェルディの大アリア3曲、アンコール3曲。最後は「オーソレミオ」でまた客席に歌を促し、お客さんを巻き込んでいました。終演後に内容豊富なトークもあり、人間、歌手ヌッチの輪郭を感じることができました。

 歌はとにかく立派でした。声量も全く衰えていないし、声の輝かしさも失われていないし、ピアニッシモは繊細だし、デュナーミクの幅の広さもすごい。役に入り込む、歌の世界に入りこむ演技力も天下一品。とはいえ、つくづく痛感したのは、彼のサービス精神であり、人間味であり、お客さんへの愛、ステージへの愛でした。これぞ、ヌッチです。

 ヌッチには何度かインタビューしていますが、いつも、彼の人間性には圧倒され、包まれ、感動します。以前書いたブログをシェアします。

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/diary/201207020000/?fbclid=IwAR0NkaQrVOpJdTXZhHxd4OACfHdJUTfL1rInWJzcsA34Uc-gh7dkF0kNHc8 

10日にはサントリーホールで、オーケストラの伴奏でヴェルディのアリアを歌うすごいプログラムがあります。ぜひ、聴いていただきたいです。一生の思い出になることでしょう。

https://ticket.rakuten.co.jp/music/classic/rtcq24a/

 

 
 
 


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