新国立劇場念願の「バロック・オペラ」、洗練された総合芸術で新しい一歩を刻む〜新国立劇場「オルフェオとエウリディーチェ」

 新国立劇場の「オルフェオとエウリディーチェ」(グルック作曲、カルツァビージ台本)に行ってきました。新国立劇場念願の「バロック・オペラ」(主催公演としては初めて)、注目の新制作です。有名なギリシャ神話の「オルフェウス」物語〜竪琴の名手オルフェウスが、急死した新妻のエウリディーチェを、冥界に取り戻しに行く物語〜をベースに、マリア・テレジアの命名祝日のために書かれたので、原作の悲劇的な結末をやめてハッピーエンドにした作品。「オルフェウス」神話が、オペラ史の最初から繰り返し作曲され続けてきたのは、ご存知の方もいるでしょう。

 個人的には、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」を「バロック・オペラ」の枠にはめるのはやや抵抗があります。それまでの「バロック・オペラ」は、ヘンデルなどに代表されるアリア合戦的な、歌唱重視のオペラであり、「オルフェオとエウリディーチェ」は、それを批判して新しいオペラの形、ドラマと感情表現を重視し、音楽的にも連続した部分が多いオペラの形式を模索したオペラだからです。初演年も1762年ですので、現在、おおむね18世紀半ばで区切られている「バロック」を当てはめていいのかどうか。。。「自然」を強調した音楽も台本も、どちらかといえば次の時代の古典主義に属しています。

 グルックは、上に書いたような「オペラ改革」を進めた作曲家として知られていますが、彼は後世にも、ドラマ重視の作曲家たちに高く評価されています。ベルリオーズ、そしてワーグナー。「歌」中心のイタリアの伝統的な「番号オペラ」を批判し、連続したオペラを作ったワーグナーもグルックを高く評価していて、音楽史やオペラ史の本でグルックの「オペラ改革」が高く評価されているのは、ワーグナーのおかげもある、という説もあります。

 本作の特徴は、踊りの音楽が多いこと。これはフランス・オペラの影響です。本作が初演されたウィーンで、そのころの権力者だったマリア・テレジアもフランスのバレエを好んだとか。そしてテレジアの「改革」には政治的な意味もあったそう。深いですね。この辺は、今回のプログラムに、西原稔先生がグルックについて書かれているエッセイが大変参考になりました。

 さて、今回のプロダクションの目玉は、世界的に活躍するダンサーで振付家の勅使川原三郎さんによる演出です。これまで、勅使川原さんが演出、振り付けしたオペラは2作見ていますが、「トゥーランドット」は動きが過剰すぎ(音楽も情報量が多いので)、ナレーションを活用した「魔笛」は正直、面白さが分かりませんでした。

 けれど今回は、大当たり。3度目にして、勅使川原演出の醍醐味が味わえた気分です。

 元々「オルフェオとエウリディーチェ」は、上にも書いたように踊りの音楽が多いオペラなので、ダンスは必須ですし、ダンサーが振り付けすることもしばしばです。逆に、音楽が簡潔な分、舞台にあるていど動きがあったほうが、プロダクションとして楽しめます。

 ヨーロッパではこの手の演出はしばしばあり、2008年にパリのオペラ座(ガルニエ)で見たものは、有名なダンサー、振付家のピナ・バウシュが演出し、ピリオド演奏のスターの一人、ヘンゲルブロックが彼のピリオドオケであるバルタザール・ノイマンアンサンブルを率いて指揮。これは、本当に素晴らしい上演でした。ヨーロッパでこれまで見たオペラ公演の中でも屈指。歌手とダンサーが組になり、歌手は歌で、ダンサーはダンスで、人物〜オルフェオやエウリディーチェ〜の感情を表現します。そのダイナミックだったこと。群舞も大変効果的でした。そして演奏も颯爽として、スピード感があり、ダイナミックで、振り付けにピッタリだったのです。総合芸術を満喫しました。痺れた。

 ネットに動画が上がっていますので、ご興味のある方は是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=Istl2NSMs54

 さて、今回の公演。日本でもこういう公演ができるようになったのだ。ヨーロッパの劇場に近づいた。それを実感できた公演でした。

 バロック・オペラの公演自体は日本でも増えてきています。アントネッロやバッハコレギウムジャパンのような団体が、意欲的に取り組んでおり、それなりに水準の高い演奏を届けてくれています。とはいえ、これは民間の団体ですから仕方ないことですが、セミステージが主流。やはり国立のオペラハウスが、今の「風」を取り入れつつ取り組むと、ここまでできるのだ、ということを痛感しました。

 勅使川原さんは今回は演出、振り付け、照明、衣装、美術まで担当。このトータルの作業が正解だったと思います。洗練された美意識を堪能できました。

 基本的に暗い背景の中央に、「純粋」の象徴だという百合の大きな装置。それを場面によって地獄や天国の門のように機能させ、照明で色合いを変える。オーケストラの一部が、バンダとして舞台上に出てきたのも効果的でした。衣装もとても美しく、特にエウリディーチェの、小花をあしらった水色の衣装はエレガントでした。

 宮廷行事のために作曲された宮廷オペラですからハッピーエンドなのですが、今回の演出では最後の最後に暗転し、オルフェオの絶望したような表情が照らし出されました。ひょっとしたら、ハッピーエンドはオルフェオの夢だったのでしょうか?

 ダンスは音楽の流れに応じたエレガントなもの。人物の感情表現にも活用され、オペラとしての表現力が倍増します。ダンサーたちも一流の方々が招聘されていました。(この方面には疎く、すみません)

 3人の歌手は素晴らしい出来栄えでした。オルフェオ役のローレンス・ザッゾは世界的に活躍するカウンターテノールの一人。カウンターテナーとしては声量があり、表現力の幅が広く細やかで、大変聴きごたえがありました。エウリディーチェ役ヴァルダ・ウィルソンは端正でエレガントな歌唱。この作品にピッタリです。愛の神役の三宅理恵さんは最近絶好調、今回も澄んだ、ヴィブラートの少ない美声で、異界のチャーミングな神様を好演していました。

 ピットは鈴木優人さん指揮の東京フィル。バロック・オペラは手兵のバッハ・コレギウム・ジャパンを率いて「ポッペアの戴冠」「リナルド」などを演奏してきましたが、そんな優人さんの棒のもとで東京フィルがかなりピリオドふうになっていたのが収穫。とはいえそれほど尖った演奏ではないので、美しく洗練された今回の舞台にふさわしい演奏になっていたと思います。

 バロック・オペラは、ヨーロッパ、特にフランスあたりは大ブームで、刺激的な舞台があちこちで展開されています。フランスでバロックオペラが人気なのは、クリスティらフランスバロックを発掘した人たちの功績ももちろんありますが、バロックオペラにおいてバレエが効果的だ、ということも関係があるのかもしれない、と思い当たりました。フランスといえばバレエ大国ですから。

 大変収穫が多かった今回の舞台。新国立劇場の新しい一歩といっていいプロダクションだったのではないかと思います。

 残念だったのは、盛況だったにも関わらず公演が3回しかないこと。新国で、このような、ダンスと融合したオペラといえば、細川俊夫先生の「松風」がありましたが(サシャ・ヴァルツ演出、振り付け)、あれも盛況なのに3回しかありませんでした。この手のオペラはバレエファンも来るのですから、4回5回と公演があっていいのではないでしょうか。

公演は今日が千秋楽です。


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