アンラッキーな話: パスタ

僕は生まれてこの方、自他ともに求めるほど壊滅的に運が悪い。タイミングなのか、なんなのか、僕にだけ不遇の措置がとられることが多いというか、それによってふつうの人がつまづかないところでつまづいたり、計画がいちいち難航したりする。

旅行にいけば飛行機は飛ばないし、
自販機でココアを買えばパンパンに膨らんだホッカホッカのMetsが出てくる。
入社したときも僕だけ椅子がなかったな。

実は僕は、占星術の類のものを信じており、星で運命が決まるという考え方は決してオカルティックなものではないと思っているタイプである。科学ではいまのところ解明できていない目に見えない要素がこの世界にはまだまだ存在しており、それを科学以外の学問で認識下におこうとすることは、人類としてすごく自然だし、意義のあることではないだろうか?

たまに御祓いにいったほうがいいなどと勧めてくれる友人もいるが、僕自身は、数々の出来事は星のさだめによるものと確信しているし、断じて各々の事象を恨んだり、呪ったりしてはいない。それどころかラッキー♪ とさえとらえている。あとで人におもしろおかしく話せるという利点があるからだ。御祓いにいくなんてもったいない!
そんなわけで自身にとっては慣れていて当たり前のことなのだが、忘れないために、時折かいつまんでエピソードを紹介していこうと思う。

ダブルサイズのパスタ

一人っ子として生まれ、ずっとクラシックピアノをたったひとりでやっていた僕にとって、「バンドを組んでスタジオで練習した後、ご飯を食べながら友達と反省会をする」という行為はまさに音楽というツールを通して得られる憧れの象徴・最終地点そのもので、まるで映画のなかの奇跡のようだと思っていた。

大学1年で念願かなって友達とコピーバンドをやれるようになってから卒業までの間、僕はこの奇跡のような、練習終わりの友達と食べるご飯を存分に堪能できたわけだ。何度もいうが、1人っ子で、さらに一度も親からお小遣いをもらったことのない僕は(高校まではバイトをしていなかったし金がなかったので、友達とご飯食べようぜ!のようなことは一回もできなかった。)気心のしれた仲間とご飯を食べるというだけで、このうえなく贅沢な時間に思えた。

僕らは当時通っていたキャンパスの立地から、吉祥寺や立川、高円寺などの中央線沿いのスタジオで練習することが多かったが、全員バカデカいエフェクトボードとか、ギターとかベースだかの機材を手やキャリーカートのようなもので持ち運び、スタジオに集まって練習していた。バンドをやったことがある人ならわかると思うが、この機材の量と大きさがなかなか厄介で、4人でご飯を食べるのにも最低6人席をつかい、2人分をつぶしてなお、全員若干狭い思いをして食事にありつく、といったイメージだった。したがって食事となると、吉祥寺と聞いてたいていの人が思い浮かべるような小洒落たレストランやカフェではなく、これらの機材を置けるスペースのあるファミレスとか、テラス席のあるところとか、広いチェーンの居酒屋とか、お決まりのところをループすることになった。
僕はこういう不便なところも、”同じ釜の飯を食っている”ような気がして、とても好きだった。

その日も某ファミリーレストランにて、これらの機材を置き、仲間と井戸端会議に花を咲かせるべく、ダブルサイズのツナ・クリームパスタをたのんだ。なにしろ僕は、大学の4年間で12キロも太ってしまうほど食事を楽しみにしていたストイックなタイプのデブだったので、当然安く量を増やせる選択肢はノーシンキング・秒速で太る方向のものをチョイスするように脳が矯正されていた。(※現在、30代になって健康面で医者に注意をされてしまい、糖質制限をして穀類も糖が含まれるものも極力避けている僕にとってはツナ・クリームパスタをダブルサイズで頼むなんて頭がおかしいとしか言いようがない。ツナクリームパスタは本来シングルで頼むかシェアするためにダブルにするものであって、ひとりで2倍にして喜ぶようなものでは無い。だいたいオマエそんなにクリーム系のパスタ自体好きじゃないだろ)

ややあって、店員はツナクリームパスタを運んできてくれたが、ほかほかの湯気たちのぼる美味しそうなツナクリームパスタは、どう見てもシングルサイズだった。

考えても見てほしい。

「ボクの頼んだのはダブルサイズなんだけど!これはシングルサイズだよ!!」

などどいう、こっぱずかしいセリフを店員に言わなくてはならない僕の屈辱を。まるでゾンビ映画でいいところで犠牲になって死ぬ情けないタイプのデブのキャラクターのセリフそのものじゃないか。いくらデブになり下がったとはいえ、これでも僕は元美少年なんだぞ!こんな魂を汚す情けないクレームは言うべきじゃない、と思った。他のみんなと同じように、シングルサイズで我慢しよう、シングルサイズを食べればいいじゃないか。とも思った。

だが、残念ながら結局、僕は情けないタイプのデブになりきるしかなかった。

なぜなら、伝票にはしっかりダブルサイズの値段が刻み込まれていたからだ。

僕の学生時代と言えば、それはもう、とにかく金がなかった。機材費、スタジオ代、練習合宿費、と、バンドなんかを趣味にしたら、とにかく金がかかるのだ。かつかつだった。僕が仮に女の子だったらば、化粧品代やトリートメント代も満足に出せないような状況だったので、おそらく目を当てられないブスだったろうと思うほどに。女の子はみんなすごいよ。すごい。なんたって僕がバンドを組んだ女の子のなかに、目も当てられないブスは1人もいなかった。

とにかく、お金をムダにできない根性で文句を言った。

店員は陳謝し、「大変申し訳ございません。すぐに作り直します」と言ってパタパタと小走りで引っ込んでいった。

店員がオーダーを誤って、きちんとモノが運ばれてこないことはここまでの僕の人生で100億回くらいあったので、僕はもう慣れっこで、こんなことではピクリとも怒らなかった。正直、自分の人生観から言って、こんなことに目くじらを立てる人のほうが信じられない。また作り直せばいいんだから。

だが、さすがの僕もこの店員が
もう1度出来立てのシングルサイズのツナクリームパスタを颯爽と運んできたときは、目を疑った。

「大変失礼しました」といって、店員はトン、とシングルサイズのパスタの皿を置き、さらに シュコッ、とさもクレバーな感じで新しい伝票をテーブル卓上の半透明のプラスチックの筒の中に入れた。
ほんとうに残念ながら、新しく刷った伝票には「ツナクリームパスタ ダブルサイズ」とさっきとまったく同じ字面と金額が書かれていた。
この新しく刷った伝票に「ツナクリームパスタ シングルサイズ」と書いてあったなら、どんなにか良かっただろう。

むだな伝票が1枚増えたのと、みんなのパスタが残り半分くらいまですでに食べ進められてしまったことを除けば、僕を取り巻く状況は7分前と何一つ変わっていなかった。

今思えばこれが最大の愚断だったが、
僕はすこしうんざりしながら、もう1度ツナクリームパスタ ダブルサイズをお願いすることにした。

さっきとまったく同じ店員が同じように陳謝し、同じようにパタパタと小走りで引っ込んでいった。…デジャヴかな?


ところが不思議なもので、そのあと15分経っても25分経っても、一行に僕のダブルサイズのツナクリームパスタは運ばれてくる気配がなかった。
何分経ったからわからないが、仲間がみんな食べ終わりそうになってしまったので、僕もついにしびれをきらし店員呼び出しボタンを押して、いつまでたってもクレームしたダブルサイズのツナクリームパスタがこないという旨を伝えた。

このとき、はじめてさっきまでとは違う店員さんが来てくれた。
くどいようだが、このくらいは僕の人生では想定内なので、僕は1度ポカをした時点で、店員の名札を覚えておくことにしている。決してその方個人を責めるためではなく、名前を出すとスムーズに対応してもらえることが多いからだ。このときも”○○さんが対応してくださっているはずなのですが”と伝えた。

息をのみ僕を一瞥したあと、気まずそうに、さぞ重そうに、店員さんが渋々口を開いた。

「………〇〇はシフトが終わって帰りました。引継ぎされていないようで、現在お客様のパスタは作られていないようです」

べつにさまぁ~ずのファンというわけではないのだが、自然に
「かえっちゃったよ!!」 
という風に立ち上がって叫んでしまった。
いったいどういう奇跡が起きれば彼はクレームを受けてから厨房に伝えるまでの間でシフトアウトして帰っちまおう、という思考にいきつくのだろうか。たまたま今日は絶対に外せない予定があったのか?彼女とデートの予定でもあってはやく帰りたくて上の空だったのかな。

このセリフが超絶新鮮でショックすぎて、この後の顛末はうろおぼえなのだが、たしかこの後なぜかもう1度ダメ押しのシングルサイズが運ばれてきた。仲間もほぼ食べ終わっていたので、結局最終的に伝票のほうを店長みたいなえらい人を呼んで修正してもらい、あきらめて最後に運ばれてきたシングルサイズを食べた記憶がある。こんなことならはじめからシングルサイズを頼めばよかったよな。

デブって損をするようにできてるよねぇ。




……他の話はまた別の機会に。




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