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サービス人生で後悔していること 「お客様の理想のパスタ」

サービスの現場にいて、後悔していることというのはたくさんあるんですが、あるお客様のことを思い出すたびにどうしてその期待に応えてあげられなかったのだろう、と思い出すエピソードが一つあります。
今回はそのお話です。

ある立ち上げから関わったお店の話。オープンから半年くらいですかね、ランチでいつもおひとりでいらしていた女性のお客様がいました。

二度目に来店された際に、ああ、あの方だ、と思いながら接客をしていたのですが、いつもパスタをすごく悩まれる方でした。その店のランチの一番軽いコースが、前菜、パスタ、ドルチェと食後のドリンク、という内容だったのですが、パスタはだいたい肉系・魚系・野菜系……のように4種類から選べるようになっていました。

オーダーを伺う際に「あー、これ前食べてすごく美味しかったんですよ!でも今日はこれも気になるしなぁ……」「このパスタは~というふうに仕上げていて、食感だけでなくて香りも楽しめますよ!」「じゃあ、今日はそれにしてみます!」みたいなやりとりを毎回するんですが、本当にいつもどれにしようか真剣に悩まれるんですよね。

パスタの種類は1月半くらいで一新していました。毎週1回は来店されていたので当時オンメニューしていたパスタは全制覇したんじゃないんでしょうか。私がいた期間では、全パスタ制覇はおそらくその方だけです。

仲良くなって話を聞いてみたら、職場が近くにあって、こうして一人でゆっくりランチをたまに食べにくるのが楽しみで楽しみで仕方がない、とおっしゃっていました。おっとりして話しやすい雰囲気のその方は、前菜からドルチェまで一つ一つ丁寧に味わってくださっていました。
たまにおひとりさまはいらっしゃいましたが、「ああ、こういう楽しみ方っていいなぁ」とサービスをしている私が思わされたくらいです。

私だけでなく、サービススタッフの皆がその方とお話しできるのを楽しみに来店を待っているほどでした。

最初で最後のディナー

その女性があるとき、珍しくディナーの予約を入れてくださったんですね。確か食べログ経由の予約だったと思います。

いつもはランチだったのがディナーだったので、あ、珍しいなと思ったんですよ。もしかしたら間違いかなとも思って予約を見たのではっきり覚えています。「初めてのディナー、楽しみにしています!」とメッセージ欄には書かれていました。

ディナー当日。
いつもより少しドレスアップしていらっしゃったその方を、お気に入りの窓際の席にご案内しました。

予約も少なく余裕のある日だったので、サービススタッフ全員でおもてなしができました。

ディナーは全7皿。1皿目のアミューズからもう嬉しそうな笑顔でした。
お皿を下げにいくときには一皿ごとに「こんなパスタは初めて食べました!手打ちのパスタに練りこんであるレモンの香りがすごく生きてて美味しいです!」や「味が美味しいのはもちろんなんですけれど、一つ一つの食器が美しくて感動しています」など、召し上がった際の感想をこと細かに伝えてくださいました。今思い出すだけでも感極まります。

ゆっくりと2時間半くらいですかね、時には私や他のスタッフと話をしながらお食事を楽しまれたその方が帰る際に、僕らにこう話し始めました。

「私、実は転勤で遠いところに引っ越すことになったんです。それでもうこのお店に今までみたいに来られなくなってしまうから、その前にぜひディナーも楽しみたいと思って、今日は来ました」

僕をはじめ、スタッフ一同驚きとともに、ならばと「今日のお食事は楽しんでいただけましたか?」と尋ねると「もちろんです!すごく美味しかったです!」と答えてくださいました。

その時、その方がカバンから水色の封筒を取り出したんです。

「こんなことを言うと恥ずかしいんですけれど、私、このお店が好きすぎて…きっとこんなパスタがあったらこのお店のお客さんも喜ぶんじゃないかって考えてきちゃったんです…。私が食べてみたいものばかりなんですけれど…」

と言ってその封筒を僕らに渡しました。

「ありがとうございます。そのお気持ちはとても光栄です」と応え、シェフも並んで皆でそのお客様を最後、お見送りしました。

「お客様の理想のパスタ」

水色の小さな封筒の中には数枚の便箋が入っていました。

そこには色鉛筆できれいに描かれたパスタのアイデアが何種類も書かれていました。「○○のパスタが食べてみたかった!」のような書き込みとともに、まさにその店に通い続けたからこそ思い浮かぶような、季節感を感じる清涼感のあるパスタのアイデアがそこにはたくさんありました。

オーナーもその場にいて、こういうものをいただけるのは嬉しいことですね、と話したことも覚えています。

と、ここまでは良い話なのですが、この話は僕が後悔している話です。

実は、そのパスタのアイデアは、どれ一つ現実のメニューにはならなかったんですね。

たとえば「たらこ」のパスタがありました。
たらこスパゲティ、美味しいですよね。僕も大好きです。きざみのりなんか上からかけて和風に仕上げてお腹いっぱい食べたいです。

でも結局その店では「うちは大衆的なイタリアンではないし、うちのレストランで出す一品としてはふさわしくないんじゃないか」と実際に作ることにはならなかったんです。

他のアイデアも、原価的に折り合いがつかなかったりと現実にするのは難しいものばかりでした。
実際、やはりそれは「お客様の理想のパスタ」ですからどうしても店の方針や経営として叶わないものというのは出てきます。それは店としてやっていく以上仕方のないことかもしれません。

でも、今こうしてnoteを書いていて思うんですよね。

きっとあのお客様は引っ越した先でもうちのHPなんかを見てくださっていたんじゃないかと。

そしてそこに投稿されるパスタの写真の中に私の提案したものがあるかも…と探しているんじゃないかと。

きっと僕なら、探します。それだけ好きなお店なら。

もちろん、常連のお客様の願いだからといっても、できないものはできません。きっとそれくらいの思慮は持ってくださっていた方だとは思います。

だとしても、なんだか「私の描いたパスタがあるんじゃないか」と探している姿を想像すると、心が痛むんですよね。
これが取り越し苦労ならよいのですが…。

「お客様の理想のパスタ」を完全に再現して作ることはできない。
でも、提案してくださった食材をメインでは使えなくても、ワンポイントとして使うとか何かしら方法はあったんじゃないか。そしてそれをキッチンの人に僕から提案はできたんじゃないかと思うと、当時の自分はお客様のせっかくの想いに本気で応えようとしていなかったんじゃないか…と悔やむ気持ちが湧いてきてしまいます。

できたかできなかったか、よりも、しようとしたかしなかったか。そういう後悔はずっと残ります。
その女性が新しい土地でまた美味しいパスタと出会えていることを願いますし、またそういうお客様と出会うことがあればもっと真摯に応えていきたいな、と思うばかりです。

最近は「出会い」について考えさせられることが多いんですが、「後悔先に立たず」なわけで、だからこそ今からの「出会い」はより良いものにしていこうと思っています。

皆様にも素敵な出会いがありますように。ではまた。

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