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妊娠中絶容認派はカトリック教徒か?彼らは教会を裏切っている(2020年9月12日)

マルコ・トサッティによる、ヴィガノ大司教のインタビュー(2020年9月12日)の日本語訳をご紹介いたします。

ヴィガノ大司教インタビュー「妊娠中絶容認派はカトリック教徒か?彼らは教会を裏切っている」
2020年9月14日

マルコ・トサッティ
親愛なる読者の皆さん、最近私たちはカルロ・マリア・ヴィガノ大司教に、米大統領選挙と米国の教会に関する状況についての質問をいくつか送りました。前駐米教皇大使は非常に丁寧な回答を私たちに送ってくださいました。しかし、私たちがこれから見ていくように、このお話はより広範囲で深遠なものとなり、更に興味深いものとなります。お楽しみください。

マルコ・トサッティによる、カルロ・マリア・ヴィガノ大司教へのインタビュー

2020年9月12日 マリアの聖なる御名の祝日

Dextera Domini fecit virtutem,
dextera Domini exaltavit me;
dextera Domini fecit virtutem.

主の御右手は御得能を示したり。
主の御右手は私を挙げたり。
主の御右手は御得能を示したり。
詩篇117篇16節

【マルコ・トサッティ】大司教様、あなたは2011年から2016年まで駐米教皇大使を務められましたので、この国のことをよくご存じです。民主党大統領候補のジョー・バイデンはカトリック信者だと主張していますが 、9カ月目までの妊娠中絶と「同性婚」に賛成しています。カトリック信者であって、なおかつ公式レベルで、つまり、政治的選択と公に表明した選択によって、二次的な要素ではなく重要な問題について、教会の教えに反することは可能なのでしょうか。

【カルロ・マリア・ヴィガノ大司教】親愛なるトサッティさん、あなたが提起した質問には、よく考えた回答が必要ですが、まず第一に、真剣な省察と、現在の状況に至った状況をつくり出した責任は誰にあるのかを明確に認識することが必要です。

それは2015年9月22日、教皇フランシスコの米国への使徒的旅行の機会に、教皇が首都ワシントンに到着した日のことでした。教皇の側近数人が出席したバチカン大使館での夕食会で、私は教皇フランシスコにこう言いました。

「米国の歴史の中で、これほど多くのカトリック信者が高位にいる政権はなかったと思います。ジョー・バイデン副大統領、ジョン・ケリー国務長官、ナンシー・ペロシ下院議長です。3人とも、カトリック信者であり、中絶容認派にして同性婚とジェンダー・イデオロギーを支持すると強く公言して、教会の教えに反しています。あなたは、この矛盾をどう説明されますか」。

さらに私はこう付け加えました。「イエズス会のロバート・フレデリック・ドリナン神父は、ボストン大学出身者で、1971年から1981年までの10年間、ワシントンでマサチューセッツ州の民主党の米下院議員の地位を保持しました。ドリナン神父は、最も熱心な中絶擁護者かつ中絶推進者の一人でした」。

教皇フランシスコは、2013年6月23日に私が彼の具体的な質問の一つに答えてマカリック枢機卿の正体を明らかにした時に反応しなかったのとちょうど同じように、少しも反応しませんでした。

第二バチカン公会議が閉幕してから2年後の1967年、もう一人のイエズス会士、ヴィンセント・オキーフ神父(イエズス会の管区長としてベルゴリオは、ペドロ・アルペ神父の下で副総長だった彼を知っていたはずです)が、フォーダム大学の学長として、当時のノートルダム大学学長だったセオドア・M・ヘスバーグ神父とともに、米国のウィスコンシン州のランド・オレイクス(Land O' Lakes)で北米のカトリック大学の全学長会議を開催しました。

この会議で、彼らはランド・オレイクス声明として知られる文書に署名しました。この文書は、カトリックの大学とカレッジが、教会のあらゆる権威および教会の教導職への忠実義務からの独立を宣言したものです。この文書は、ベルゴリオと管轄するローマ教皇庁の各部署への私の報告書の中で私が激しく非難したもので、米国の教会と市民社会にとって壊滅的な結果をもたらしたのです。

後に政治的指導者たちになった人々も含む何十万人もの若いカトリック信者をこのように育成することが、今日私たちが目にするような悲惨な結果を生んだこの福音への裏切りにつながったことは驚くべきことではありません。また、プエルトリコ・カトリック大学の当時の学長だったセオドア・マカリックが、この反逆的な文書の署名者の中にいたことも驚くべきことではありません。

【マルコ・トサッティ】すると、あなたの分析は、現在の現象の観察に留まらず、その遠因にまでさかのぼり、その背後には長期的な計画を持つ一つの意志があるということですね。

【ヴィガノ大司教】私が強調したいのは、イエズス会を筆頭にした超進歩的な聖職者たちの反乱と、公会議に流れ込んでいた近代主義のイデオロギーに従って育成された何世代にもわたるカトリック信者の教育との間には密接な関係があり、それは政治的な領域での1968年の革命だけでなく、教会的な領域での教理的かつ道徳的な革命の前提としても機能したということです。

第二バチカン公会議がなければ、西洋世界の生活、家族観、女性の役割、権威の概念そのものを根本的に変えた学生革命は起こらなかったことでしょう。

要するに、これらの自称カトリック信者の政治家たちによる裏切りの責任は完全に、近代主義のイデオロギーにとりこにされている不忠実な教区司祭および修道会の聖職者たちと、さらに位階階級とにあります。特に位階階級は、社会全体へのこの計り知れないダメージを防ぐために必要な堅固さを持って介入する方法を知らず、また介入することも望まなかったのです。

この意味で、「ディープ・ステート」(deep state)と「ディープ・チャーチ」(deep church)は、明らかに手を取り合って協働し、市民的秩序と教会的秩序の双方を科学的に不安定化させることを目的として行動してきました。

今日、私たちは現在の状況を理解する良き機会を得ました。そして、この奈落の底への競争を止めるために可能な限りのことをすることが、再び教会権威当局の任務です。聖座と米国カトリック司教協議会(USCCB)は、反乱する聖職者たちと、その聖職者たちが欺き続け、公に支援さえし続けている信徒の両方に従順を求める義務を負っています。

【マルコ・トサッティ】譲れない原則を遵守するよう人々に再び求めるためには、司教たちによる権威ある介入が必要だと信じておられますか。

【ヴィガノ大司教】教理省が、教会の教えに従わないカトリック信徒の政治家たちにご聖体を授けないことについて非常に明確な指示を出したとき、米国でのその実施を阻止するために働いたのは、マカリック自身とウィルトン・グレゴリー大司教(当時USCCB会長)でした。道徳的堕落と教理的逸脱は本質的に関連しており、教会の体にあるこれらの傷を効果的に癒やすためには、両方の面で行動することが不可欠です。もしこのような義務を果たす介入が行われなければ、司教や教会の指導者たちは、牧者としての義務を裏切ったとして天主に対して責任を取ることになるでしょう。

【マルコ・トサッティ】第二バチカン公会議と1968年の学生の抗議行動との間に関係があるとお考えなのはなぜですか。

【ヴィガノ大司教】歴史的かつ社会学的な観点からだけであっても、「公会議の革命」と1968年の革命との間に非常に密接な関係があることは否定できません。第二バチカン公会議の主役たち自身が、それを認めています。ヨゼフ・ラッツィンガーは、その中でもひときわ目立つ存在であり、次のように書いています。

「ユートピア的な無政府主義的マルクス主義への固執は、・・・その中にキリスト教の希望の実現の夜明けを見た大学の聖職者たちや学生団体によって、最前線で支持されました。指針となる光は、1968年5月のフランスでの出来事に見いだされるべきです。ドミニコ会士とイエズス会士がバリケードのところにいました。バリケードでのエキュメニカルなミサで行われた相互陪餐【相互聖体拝領】は、救いの歴史における一種の転機となる出来事、キリスト教の新しい時代の幕開けとなる一種の啓示だとみなされました」[1]。

公会議のペリティ[専門家]の一人であるルネ・ローランタン神父は次のように書きました。

「1968年5月の運動の要求は、公会議の壮大なアイデア、特に教会と世界に関する公会議の憲章【現代世界憲章】中のアイデアとほぼ一致していました。ある意味では、すでに第二バチカン公会議は、制度的にプレハブ(組み立て)式の公会議をつくろうとしていた司教グループによる教皇庁に対する抗議行動だったのです」[2]。

アルゼンチンの神学者アルバロ・カルデロン神父【聖ピオ十世会司祭】は次のように断言しました。

「第二バチカン公会議を研究している人々にとって、すぐに目を引くことがあるとすれば、それは、自由主義的な意味での権威の概念の変化です。教皇は自分の最高の権威を自ら取り去りそれを司教たちに与え(司教集団主義)、司教たちは自分たちの権威を自ら取り去りそれを神学者たちに与え、神学者たちは自分たちの学問を放棄して信徒の意見を聞くようにしたのです。そして、信徒の声はプロパガンダの実りに過ぎません。」[3]

このビジョンはまた、公会議革命の要求と同じものが1968年の革命で実現したのを見た進歩的な戦線の人々によって、広く誇らしげに肯定されています[4]。アミアンの名誉司教ジャック・ノワイエは次のように述懐しています。

「第二バチカン公会議の準備、挙行、実施を触発した精神は、教会と世界にとって大いなる良き機会であると確信しています。それは今日の人々に差し出された福音です。根底では、1968年5月の革命は公会議の夢と首尾一貫した、神秘的なものでさえある霊的な運動でした」[5]。

教会からの「青信号」がなければ、この世は学生運動の反乱の要求を受け入れたり、取り上げたりすることはなかったことでしょう。公会議の教令以上に、まさに第二バチカン公会議の精神こそが、階層的に構成された社会の終焉と、西洋世界に共通する伝統的な価値観の終焉をしるしたのです。

それまでは、権威や名誉、年配者への敬意、禁欲と奉仕の精神、義務感、家族と祖国の防衛などの概念が共有され、過去に比べて弱体化していたものの、まだ実践されていました。

国家のための真理と文明の道標であるカトリック教会が、この世にそのドアを開け放って、ためらうことなくその栄光の遺産を捨て去り、典礼に革命を起こして道徳を水で薄めるようになるところまで行くのを見ることは、大衆に対する明白な合図でした。その時点では、その特徴的なしるしのすべてを把握することが可能であったとしても、まだ、それが何であるかを完全に明らかにあえてすることはしなかった行動計画(アジェンダ)を、いわば承認することだったのです。

それは教会と社会を破壊し、市民的・宗教的権威を危うくし、結婚と家族に対する信頼を傷つけ、愛国心と義務感を嘲笑し、あるいはそれらにファシズムのレッテルを貼りました。これらすべては共謀した位階階級の沈黙のうちに行われたのです。公会議後すぐの時期に神学校に入学した私のような人々は、いくつものローマ教皇庁立の神学校でさえも、抗議や、規則と規律のすべてからの解放や解消などというこの大きな揺れに、すぐに支配されたことを証言することができます。

このことに疑いの余地はありません。もしこれが事実でなければ、ジョージ・ソロスの「オープン・ソサエティー」のような世界統一主義(globalist)的組織が、イエズス会の活動や、おそらく他のカトリック組織の活動にも割り当てている多額の資金は、説明がつかないものでしょう[6]。

第二バチカン公会議と学生革命で提示されたすべての前提条件は、その核心が、今や教会の前線でバチカンの指導者たちによって、また世界統一主義的政治の前線で政府の指導者たちによって、一貫性を持って提案されています。

それゆえに、ベルゴリオの政治プログラムの優先順位がジョー・バイデンの優先順位と一致していても、驚くべきことではありません。移民、環境主義、マルサス的環境主義、ジェンダー・イデオロギー、家族の解体、世界統一主義は、「ディープ・ステート」と「ディープ・チャーチ」の行動計画と共通しています。

ベルゴリオが妊娠中絶やLGBTを子どもたちへ教え込むことに公式に反対していることは、実際には、否定され打ち消されています。何故なら、それを政治的に推進している人々や、産児制限【避妊具】の使用や同性愛の権利を認めることを理論化している人々を、司教たちが支持しているからです。

イエズス会のジェームズ・マーティン神父のケースは象徴的です。なぜなら、このケースは世界統一主義の推進者と進歩的なカトリック知識人との間にある「idem sentire」[同じ心を持っていること]を裏付けているからです。これらの運動を統一するしるしは、嘘と欺瞞、分裂と破壊、聖伝とキリスト教文明への憎しみです。そして究極的には、ルチフェルとその追随者に典型的なキリストへの神学的な嫌悪なのです。


【マルコ・トサッティ】大司教様、この「ディープ・ステート」と「ディープ・チャーチ」の一致は、中国との関係においても裏付けられているのではないでしょうか。

【ヴィガノ大司教】中国の共産主義独裁政権は、「ディープ・ステート」と「ディープ・チャーチ」の両方から求愛されています。ジョー・バイデンは、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオと同じように、北京の経済的・政治的利益に従属しています。中国で人権が組織的に侵害されようが、カトリック教会に忠実なカトリック信者が迫害されようが、憎悪に満ちた独裁政権が集団妊娠中絶を計画して何百万人もの無垢の人々を虐殺しようが、問題ではないのです。世界統一主義の行動計画の利益は、中国の独裁政権が実行している恐ろしい出来事の証拠に対してさえも上回るのです。

さらに付け加えます。マカリックが中国に赴き、後にベルゴリオの教皇職の下でバチカンが批准することになる有名な合意書を準備した時から、行われていたイエズス会による積極的な支援は重要なことです。この合意は、世俗の報道機関においてさえ、かなりの当惑を呼び起こしました。

「ザ・タイムズ」は、最近、「教皇は、北京の意外な讃美者である」とのタイトルで記事を掲載しました。その中で、ドミニク・ローソンは、「ますます多くの国が、中国の新疆ウイグル自治区での強制収容所やさらには大量虐殺の証拠が増えていることへの懸念を表明している」と非難し、「苦しんでいる人類全体をそのミッションの中核に据えている一つの組織からの沈黙が続いている。私が言及しているのは聖座である」と指摘しました。そして、彼はこう付け加えます。「大量虐殺を非難しなかったことは許されない」[7]。

さらに、7月5日のお告げの祈りの際、フランシスコが演説のテキストを事前にマスコミに配布したにもかかわらず、習近平を困らせないように香港での出来事への言及を省略し[8]、波紋を呼びました・・・

世界統一主義運動と聖座が中国に従属しているのは憂慮すべきことであり、またこのことは、スパダロ神父をはじめとするイエズス会士が、都市封鎖期間中に中国共産党の代表者と同会総合雑誌「ラ・チビルタ・カットリカ」中国語版の流通について行った会談によっても裏付けられています。

【マルコ・トサッティ】民主党のカトリック信者の候補者が明らかに教会の教導職の教えを守っていない現状を超えて、まことのカトリック信者の政治家はどうあるべきでしょうか?

【ヴィガノ大司教】カトリック信者であるためには、洗礼を受けているだけでなく、聖なる泉で受けた信仰と矛盾しない生き方をしなければなりません。聖書が私たちに教えているように、信仰は善行と密接に結びついています。私たちがキリストの神秘体の肢体となることによって天主の子となったことを実践に移さなければ、私たちの言葉は空虚であり、証しはつじつまが合わず、信徒や信徒でない人々にとっては実際つまずきになります。

それゆえに、イエズス会のジェームズ・マーティン神父が、純粋に官僚的な面に自らを限定するのは間違っています。彼の言葉は次の救い主の言葉で否定されています。「私の命じることを守れば私の友人である」(ヨハネ15章14節)。霊魂が成聖の恩寵の状態にあることで成り立つ天主との友情は、主の命令に従順であるかどうかで左右されます。提案や忠告ではなく、命令なのです。主はまたこうもおっしゃいます。「私に向かって、『主よ、主よ』と言う人がみな天の国に入るのではない、天にまします私の父のみ旨を果たした人が入る」(マテオ7章21節)。

地獄は、カトリック信者でない人々のためだけにあるのではない、ということを付け加えます。永遠の火の中には、洗礼を受けた多くの霊魂がいて、修道者、司祭、司教でさえも、主のご意志に反抗したために、罰を受けるにふさわしい人々がいます。自称大人のカトリック信者たちとその指導者たちは、キリストの次の言葉を聞く前に、注意深く考えるべきです。「私はいまだかつてあなたたちを知ったことがない、悪を行う者よ、私を離れ去れ」(マテオ7章23節)。

妊娠中絶やジェンダー・イデオロギーを支持しているカトリック信者は、教導職を否定しているだけでなく、すべての時代とすべての場所のすべての人々に共通の道徳的基盤を構成している自然法をも否定しています。

教会に属することと教会の教えに忠実であることとの間にある矛盾の深刻さは、教理と司牧的世話との間の人為的な二分法を反映しており、この二分法は第二バチカン公会議以降に忍び寄り、使徒的勧告「アモーリス・レティチア」で最も明確に定式化されています。

しかし、よく見てみると、いわゆる「laicità dello Stato」[国家が宗教を持たないこと]も深刻な問題を提起しています。なぜなら、この思想は、 キリストの天主の王権を否定し、キリストの法を拒否することが市民社会の権利であると認識すると同時に、信徒に対して、カトリックの真理の最優先事項が誤謬と同じレベルに下げられている中で信仰の証しをするように求めているからです。

はっきりしていることは、カトリック信者は、カトリックの教理のすべてを実践に移していない「カトリック信者の」政治家に投票することはできず、ましてや位階階級はそれを容認することはできない、ということです。

自称カトリック信者のジョー・バイデンは、部分出産中絶【胎児の一部を子宮の外に出した後で損傷を与えて死に至らしめる中絶法】、すなわち嬰児殺しを支持しており、オバマ以前でさえジェンダー・イデオロギーを支持し、2人の男性の「結婚」を祝ったのですから、全くカトリック信者ではありません。これで十分です。


【マルコ・トサッティ】ジョー・バイデンは、カマラ・ハリスを副大統領候補に選びました。ハリスは、カリフォルニアにある世界最大の中絶会社「Planned Parenthood」が、中絶された子供の臓器を取引した疑いをかけられたとき、同社を擁護しました。この選択にはどのような意味があるのでしょうか。

【ヴィガノ大司教】今日、広まっている反キリスト教イデオロギーの根底にある死の文化は、そのイデオロギー自体と一貫しています。罪なき被造物の殺害は、キリスト教だけでなく、"天主なる創造主のみわざをはっきりと示している人類および被造物"を抹殺しようと望む人々の不可欠な要素の一つです。

何度も言っているように、この解体のプロセスは二つのレベルで行われています。一つは、悪を意図的に望み、自分たちの地獄的な計画を強制的に段階的に実行しようとする人々によるイデオロギー的なもの、もう一つは、このイデオロギーを支持する人々による経済的なもので、必ずしも信念からではなく、利益のために行われています。

このように、中絶診療所で捧げ続けられてきた人間のいけにえは、新型コロナウイルス感染症の緊急事態の間でさえも、「Planned Parenthood」と、中絶された赤ちゃんの臓器を売買する死の連鎖全体に利益をもたらしてきました。

中絶ロビーは、LGBT運動と同様に、世界中の左翼の選挙運動の主要な資金源の一つであることを忘れてはなりません。死の文化をイデオロギー的に指向する企業が特定の政党に潤沢に資金を提供しているならば、それらの政党の候補者が自分たちのスポンサーに有利な法律をもってスポンサーを支援するのは驚くべきことではありません。

【マルコ・トサッティ】ロードアイランド州プロビデンスの米国人司教トマス・トービンは、久しぶりに民主党にカトリック信者の候補者がいないと言いました。イエズス会のジェームズ・マーティン神父は、バイデンは洗礼を受けたからカトリック信者であると答えました。この質疑応答から、米国の教会の現状について何がわかるでしょうか。

【ヴィガノ大司教】「カトリック信者の候補者」とは、カトリック信者を名乗るだけでなく、教会の教えである信仰と道徳に矛盾のない生き方をしている政治家の候補者であることはすでに述べました。カトリック信者であることが具体的な影響を与えないのであれば、実際には他の候補者と差がない候補者に投票しても意味がないのではないでしょうか。

マーティン神父(イエズス会)の答えは詭弁です。なぜなら、彼は、カトリック信者のように見えることと、カトリック信者であることの違い、選挙に有利なように「称号」を悪用することと、私生活、市民生活および政治生活、そして諸団体においてまことの福音の証人であることの違いを見ていないふりをしているからです。ジェームズ・マーティン神父(イエズス会)自身はどうでしょうか。彼は洗礼を受け、堅振を受け、司祭に叙階され、貞潔と従順の厳粛な誓いさえ立てたのです。彼はイエズス会士で・・・彼はLGBTです。他のある人、十二のうちの一人は、主を裏切りました。いつも非の打ち所のない聖職者の服装をしているマーティン神父に、自分の霊魂の鏡をのぞき込んでもらい、誰に似ているのかを見てもらいましょう!


【マルコ・トサッティ】大司教様、なぜ教会は、明らかに反キリスト教的でもある支配的なイデオロギーに関心を持っているのでしょうか。

【ヴィガノ大司教】これは、私たちが70年間抱えてきた問題です。その時以来、カトリックの聖職者、特に位階階級は、この世で自分たちの対話相手の下に自分たちを置くという劣等感に苦しんできたのです。彼らは存在論的に劣っていると感じています。彼らはキリストの教えを不十分であるとみなし、教えを世俗的なメンタリティーに適応させようと不器用にも試みます。

既に亡くなった別の著名なイエズス会士が言ったように、彼らは、時代遅れで、時代に追いついておらず、何世紀も遅れていると思われることを恐れているのです。

この恐ろしい劣等感は、信仰の劇的な喪失から来る直接的な結果です。キリストの救いのメッセージは、この世の誘惑とは両立しません。「諸国の民」に宣教し「聖父と聖子と聖霊の名によって洗礼を授け、私が命じたことをすべて守るように教え」(マテオ28章19-20節)ることを目的とする聖なる権威を乱用して、この世を喜ばせるために教導職を歪曲することは、ふさわしくありませんし、不当です。

教会の指導者たちが、自分たちの役割やキリストの教えと一貫した行動を率先して行わないのを続ける限り、自分たちを模範として見ている信徒たちに同じような一貫性を要求することは不可能でしょう。
このことは、自称「カトリックの」政治家たちが今日、自称「カトリックの」聖職者たちや「カトリックの」司教たちの支持を享受しているという事実によって裏付けられています。

また、カトリック信者ではないものの、生命と自然法を擁護する人々が、前世紀の独裁者たちに例えられ、ポピュリズムであると非難され[9]、キリスト教的ではないと言われ[10]、あるいは最近のジェームズ・アルトマン神父のケースのように、彼の司教から「分裂的でつまずきを引き起こしている」と非難されている[11]という事実によっても裏付けられています。


【マルコ・トサッティ】米国の政治における「Planned Parenthood」の役割は何でしょうか。「進歩派」が言うように、自由と権利の肯定の道具なのでしょうか、それとも・・・

【ヴィガノ大司教】世界統一主義的社会では、「Planned Parenthood」はキリスト教国のいのちを守る慈善団体や財団が果たしている役割とはちょうど逆の役割を果たしています。

キリスト教社会では、子どもたちは愛をもって迎えられ、貧困や困難な状況にあっても、福音の言葉を実践することで、良きキリスト教徒や誠実な市民になるように世話をされ、育てられ、教育されていました。

反キリスト教社会では、「Planned Parenthood」はこれらの罪のない人々を殺すことを任務とし、「最初から殺人者」(ヨハネ8章44節)だった者【悪魔】に触発された死の文化を実践しています。私たちは、「Planned Parenthood」が他の多国籍の中絶会社と一緒に、世界の人口の徹底的な減少を計画している世界統一主義の最高司令部のマルサス的な妄想に仕えていることを忘れないようにしましょう。

【マルコ・トサッティ】ジョージ・ソロスらがマーク・ザッカーバーグに圧力をかけて、フェイスブック上でのプロライフの存在と活動を制限しようとしています。ジョー・バイデンとカマラ・ハリスという選択、そしていのちを守る人々を制限するためのこれらの作戦。彼らは、どのような種類の世界的なシナリオにつなげていこうとしているのでしょうか。

【ヴィガノ大司教】使徒たちの宣教と殉教者たちや証聖者たちの証しのおかげで、福音は世界中に広がりました。同様に、「サタンの会堂」の反福音は、闇の子らの宣教、公人や有名人、芸能人、そして自称慈善家の証言のせいで広がっているところです。

終わりには、残されたものは、常に二つの陣営に分かれます。聖書の善と悪の戦いにおいて、一方は善、他方は悪です。ある時は、聖徒が偶像や異教の神殿を破壊し、悪魔崇拝者が入る余地をなくしましたが、今日では、集団思考の追随者が団結して教会を冒涜して破壊し、十字架や聖人の像を取り壊し、キリストへの信仰の記憶をすべて消し去ってしまうことは避けられません。昔、禁書が検閲されたのは、それらによって霊魂が毒されてしまう素朴な人々を守るためでした。今日では、善が検閲されますが、それは悪が善を許さないからです。

この世界的なシナリオが私たちの目の前で起こっています。「悪を行う者」(マテオ7章22節)と対話することはできず、キリストの光とサタンの闇の間には両立性がないことを私たちが理解するまでは、私たちは戦いに勝つことができないでしょう。なぜなら、私たちは、自分たちが地獄の力との戦いの場にいるということさえ気付いていないからです。

そして、戦いにおいては必ず二つの対立陣営があります。キリストの御旗の下で仕えることを拒否する人は、必然的に悪魔のしもべを助けることに終わってしまいます。この認識は、私たちの敵にとっては明らかですが、キリスト教生活を「戦い」として見ていない人にはあまり明らかではないように思えます。

最近の共和党全国大会の最後にトランプ大統領が言った言葉を思い出してみましょう。「私たちの反対派は、"あなた方のための贖いは彼らに権力を与えることからしか来ない"と言っています。」 この「贖い」とは、個人や社会、国家に対する天主の主権を否定することから成り立ち、さらには、キリストの優しいくびきをサタンの悪意に満ちた専制政治に置き換えるで成っています。そしてそれは本当の贖いを転覆させることです。救い主が十字架の木の上で成し遂げられた贖い、すなわち奴隷の贖いを、あらゆる意味において逆さにすることです。

ですから、ルチフェルの国を打ち立てるために、光の子と闇の子という聖書的な暗喩を奪い取る人々による聞こえのいい言葉でだまされないようにしましょう。私たちが米国の都市で目にする暗闇と混沌は、出産後の中絶や同性婚を認めるのと同じイデオロギーの産物なのです。それはちょうど、BLMとアンティファ運動の支持者らがまさに民主党であり、しかもトランプ氏の再選に猛烈に反対する「慈善家の」財団[12]であるのと同じようです。

バイデンの言及は、実際には、ヨハネ・パウロ二世の有名な勧告「恐れてはいけません」の恥ずべき簒奪ですが、このポーランド人教皇がキリストから遠く離れた世界に向けて発した勇気ある招待状というよりも、むしろあの蛇が木の実を取るための狡猾なわなのように聞こえます。

そして、ウィルトン・グレゴリー大司教は、トランプ大統領夫妻が聖ヨハネ・パウロ二世聖堂を訪問するのを憤って、すぐに非難することができたのですが、今日、選挙運動を有利に進めるために同じ教皇とベルゴリオの写真を利用している対立候補である倒錯したカトリック信者のジョー・バイデンについては、同じように非難しようとしないのは不思議なことです。

今日、ヨハネ・パウロ二世の強力で権威ある言葉を聞けば、民主党と、おそらく司教たち自身が震え上がることでしょう。

「キリストを迎え、キリストの力を受け入れることを恐れてはいけません。教皇と、キリストに仕え、キリストの力をもって人間と全人類に仕えようと願うすべての人々を助けてください。恐れてはいけません。キリストのために扉を大きく開いてください。彼の救いの力に、国家の境界、経済と政治のシステム、文化や文明、発展の広大な分野を開いてください。恐れてはいけません。キリストは『人の内にあるもの』を知っておられます。彼だけがそれを知っておられます」[13]

今日、キリストの救いの力は、「創造された自然の秩序の中の私たちの正当な位置に戻るように促す創造の声」に置き換えられています。

私たちの主の贖いの受難は「創造のうめき声」に置き換えられ、天主の正義の鞭はパチャママの「母なる大地の怒り」に置き換えられています・・・

トランプ大統領はこう述べました。「私たちの反対派は、"あなた方のための贖いは彼らに権力を与えることからしか来ない"と言っています。しかし、この国では、私たちは職業政治家に救いを求めません。米国では、私たちの霊魂を回復するために政府に頼ることはしません。私たちは全能の天主に、私たちの信仰を置きます。」

この天主への信仰は、明らかにキリスト教的の生活と証しの一貫性と一致しなければなりませんが、2020年の米大統領選挙でも、詩篇117篇が私たちに思い起こさせるように、「主の御右手は御得能を示したり」ということが確認されると私は信じています。

脚注:[1] Joseph Ratzinger, Les principes de la théologie catholique, Téqui, Paris 1985, p. 433
[2] René Laurentin, Crisi della Chiesa e secondo Sinodo episcopale, Morcelliana, Brescia 1969, p. 16
[3] Álvaro Calderón, La lámpara bajo el celemín. Cuestión disputada sobre la autoridad doctrinal del magisterio eclesiástico desde el Concilio Vaticano II, Ed. Rio Reconquista, Argentina 2009
[4] Cfr. https://www.atfp.it/rivista-tfp/264-ottobre-2018/1494-il-maggio-68-e-il-concilio-vaticano-ii | See also: https://www.agensir.it/italia/2018/04/26/il-sessantotto-agostino-giovagnoli-storico-profondo-legame-con-il-concilio-che-ne-ha-anticipato-alcuni-tratti/
https://notedipastoralegiovanile.it/index.php?option=com_content&view=article&id=13936:il-68-e-la-sua-ricaduta-sul-fronte-ecclesiale&catid=353&Itemid=1074 | See also the interesting chronology published by Archivio 900: http://www.archivio900.it/it/documenti/doc.aspx?id=177
[5] https://www.atfp.it/rivista-tfp/264-ottobre-2018/1494-il-maggio-68-e-il-concilio-vaticano-ii
[6] https://www.marcotosatti.com/2020/09/08/open-society-di-george-soros-finanzia-i-gesuiti/
https://t.co/2alWhlx0R5?amp=1
[7] https://www.thetimes.co.uk/article/the-pope-is-beijings-unlikely-admirer-knkvp2qv3
[8] https://www.lanuovabq.it/it/hong-kong-la-santa-sede-si-inchina-al-regime-cinese
[9]https://www.adnkronos.com/fatti/cronaca/2020/09/08/papa-populismo-europa-ricorda-terribili-degenerazioni-passate_QIC4RJ8Dyn07BJD6d82JBI.html?refresh_ce
[10] https://www.toscanaoggi.it/Documenti/Papa-Francesco/La-conferenza-stampa-del-Papa-sul-volo-di-ritorno-dal-Messico
[11] https://quincy-network.s3.ca-central-1.amazonaws.com/wp-content/uploads/sites/10/2020/09/Statement-Father-James-Altman-090920.pdf
https://www.lifesitenews.com/news/watch-priest-warns-us-voters-you-cannot-be-catholic-and-be-a-democrat
[12] The antifa.com domain redirects to Joe Biden’s campaign site: joebiden.com
[13] https://www.vaticannews.va/it/papa/news/2019-10/22-ottobre-1978-giovanni-paolo-ii-non-abbiate-paura.html; http://www.vatican.va/content/john-paul-ii/en/homilies/1978/documents/hf_jp-ii_hom_19781022_inizio-pontificato.html

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