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悩んだらここ!

最近、お悩みを聞く機会が増えました。私が、できることは、ほぼ、聞く。ということくらいしかできませんが・・・
話すとは離す。ということだな〜と、お顔を見ていると思います。
話終わった後、みんな明るい顔になっているから。
言霊には力があるから、嫌なことは言いたくない!
と思っていても、思うこと自体、本来いいも悪いもないので、思っちゃったものは、とりあえず、出してみるといい。
そして、愚痴とは、ただ、言いたいだけ、うさを晴らしたいからいうのは、間違いなく、「愚痴」ですが。
このままではいや!なんとかしたい!前を向きたい!と思っていう愚痴は、愚痴ではありません。
いってみないとわからないこともあるので、信頼している人に話すって大事です!

で、娘が言うんです。私は、悩んだ時、たくさんの哲学者に救われた!と。

特にエピクテトス!

誰?

って思いますよね〜。私も知りませんでした。だって!あの皇帝マルクスアウレリウスが尊敬していたんだよ!!!と興奮して話すんです。
え?なに?でした・・・まず、皇帝が、奴隷のことを尊敬するってある?そして、奴隷だから拘束される生活の中で、いかに自由に生きるか?を説いた人なの。と言うことです。読んでみて、私も、感銘を受けました・・・・
エピクテトス!
幸せに生きるコツをわかりやすく説いてくれていました。
私が勝手に選んだ5つのポイントを書いてみます!

1)我々次第であるものと我々次第でないものについて

つまり、自分でどうにかできるものと、どうにもできないこと。
地位・名誉・財産・ウィルス・病気
など自分ではどうにもできないこと
を軽くみると言うこと。
確かに、自分では操作できない、評判とかもそう。考えても仕方のないことは、考えない。
自分のできることに励むこと。

2)誰もが持っている自由とは?

人は誰も、人の目が気になります。私もです。
そしていい評価を受けたい!と必死に頑張ったりします。その頑張りは、いつしか、自分がしたかったから。ではなく、他人からの評価を得たいから。に変わっていたら、奴隷になってしまうことと同じだ。といっています。

身体的に拘束されていても、意志は自由!
どんなに辛い目にあっていっても、意志だけは自由にできる!と、奴隷の立場から言われると、いや、違う!とは言えなくなります。
私たちだって、社会人として、親として、妻として、とか他には、お金とか、いろんな制限がありますが、奴隷であるエピさんは、他人の価値基準の中で生きるなんて、自ら自由に生きる力を放棄している。といっているのです。
エピさんは奴隷なので、SNSをみて羨ましいと思っているレベルではないですよね。

3)他人をも自分をも非難しないのが教養のできた者

最も幼稚なのは、他人を非難する人。
そして、教養の初心者は、自分を非難する人。
とありました。
物事は、全て引き寄せ。と学んでしまうと、全て自分の責任として、請け負ってしまいがち。
それは自分の責任なんだ!自分のせいなのだ。。。。と

私も随分とやってきました。そして勝手にやる気を失い。自分なんて求められてもいない。と負の線路まっしぐらです。
ところが、エピさんは教養のある人は、他人をも自分をも非難しない。と書いています。

笑っちゃいました。ですよね〜
幸か不幸か決めているのは自分。知らないうちに価値判断してしまっていると言うことは、
物事を客観的に見れていない。と言うことだから。
闇雲に、非難すると言うことは、正しい認識を曇らせる。とあります。
自分を責め出したら、正しく物事を見れていないよ!のサインです!

4)賢いと見られたい欲望が人を盲目にする

学校でも自分が学んだと言うことを周囲に知らせるために試験があり、採点し、評価を受ける。
が、物知りだと思われること自体、切り捨てよ。と説き。
賢いと思われたいと人は盲目になる。と言う。

わ〜〜私、少しでも、思われたい(笑)
でも、学んでいる時って楽しいし、終わりがない方がきっともっと楽しいんだろうな〜

5)演劇の俳優として生きる

殿様でも、庶民でも、その役を立派に演じること。その役を誰に割り振るかは?また別の人の仕事。
人生をそんなふうに客観的に生きる。
割り当てられた自分の人生を精一杯生きよう!

一部だけ書いてみましたが、そんなことをヒントに生きていくことが、幸せな自分の人生を生きる。と言うことにつながっていくのではないでしょうか?









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