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私、なんか悪いことした?なんか悪いこと言った?不機嫌に振り回されるのは...

自分ではどうにもできないこと

たぶん、誰でも本当は、自分のこと好きなんじゃないかなぁ。少なくとも好きでいたいと思うんじゃないかなぁ。

ただ、自分が自分らしくいられなくて、どうも窮屈だったり、うまく生きていけなかったり。
そんなことがあると、自分のことを好きかどうかもわからなくなっちゃうのかも。

私は子どもの頃、怒られてばっかりだったの。
何をしても、何をしなくても怒られてた。

えっ...なんで、私、今怒られたの?
わからないのよ。何が悪くて怒られたのか。

だから怒られないように、これをしたら
怒られるのか? こうしたらどうなんだろう?
って、親の顔色を見るばかりになっちゃった。

それがそのまま、学生、社会人になっても
すっかり身についちゃって。

仕事では、近くにいる人が、何やらイライラしている様子が見えると、
えっ?私? 私なんか悪いことしたのかなぁ?
と、どぎまぎ。

さっきまで一緒に話してた人が、急に機嫌悪くなっちゃって。
えっ?私? 私さっきなんか悪いこと言ったのかなぁ?と、オタオタ。

疲れるわぁ。本当に疲れた。

でもね、身についちゃったのよ。
しかも、これって自分で身につけたものじゃないのね。

自分では、どうにもできないこと。
だって育った環境がそうなんだから。
自分で作ったものじゃないのね。
自分で選んだものじゃないのよ。

よくもまあ、何をしてもしなくても、
よくあれだけ怒ってくれたものだわ。
おかげで、なんと生きづらかったことか。

今ではよく聞く言葉。
自己肯定感。

20代30代の頃の私は知らなかったかなぁ。
知ってからは、何? 私って、自己肯定感の
かけらもないけど〜、って悟りました( ̄^ ̄)

自信なんてなくてね...
だって、怒られてばっかりだったんだもの。

そう言えば、親に褒められたことないわ。

だからかな、大人になってから、誰かに
褒められても、ん? みたいな。

そんなお世辞言っちゃってーっ!みたいな。

褒められると、
そんなバカな、そんなはずがない...と。

自分でも、捻くれ者か、あまのじゃくか、
とさえ思ってたわ。

だからね、人間関係うまくいかないことばっかりだったわ。
窮屈で窮屈で、息苦しくてね。

だから、いつも思ってた。
"一人で遠くに行きたいなぁ" って。

いつもいつも、自分が今いる場所じゃない所に
気持ちはあった。
きっと、現実の中にいられなかったのね。

だから、20代30代は、ひたすら海外を
一人で渡り歩いてた。

どこ? どこ?
私の居られる場所って、どこ?って...

あなたはなにも悪くない

いろんな場所に行ったり、暮らしたりしたけど、結局ね、自分の良いところなんて
わからないし、自信なんてなくて。
そんななんだもの、どこにいたって
何もうまくなんていかないのよ。

ただ、一つだけ言えるのは、その年齢で
いろんな経験ができて、いろんな人と
出会えた。

そして、ただ一つ残念なのは、
私が自分のこともわからなくて、
褒められても信じられなくて、
自分のことすら語ることもできなくて。
だから、せっかく出会えた素敵な人たちを
自ら手放していったの。

残念ね...

50歳になる頃に、ようやくそうした苦しさから
次第に解き放されてきたの。

自然に。

やっと、やっと気がついたの。
私が悪いんじゃないんだ、って。

そういう育ち方をしたんだって。
自分では、どうにもできないこと。
変えられない事実なのね。

だけど、それに気がつくことが大事なのね。

怒られてばっかり。褒められたことがない。
そんな育ち方をしたなんて、
認めたくないものなのよ。
だって、周りを見れば、みんな親から
愛されて大事にされて、みんな
のびのびしてる。

許すこと

認めたくなかったから、ずっと心の奥底に
見ないことにしようと、パタリと蓋をしてきた。
それがずっと息苦しさを作ってたのね。
いつも自分の中で、沸騰した鍋の蓋のように
カタカタってしてたみたいな。

息苦しさを抱えながらも、年齢を重ねてきて、
ようやく許すことができるようになったのよ。

あ〜、そうか...親でも、一人の人間なんだぁ、
ってね。
親だからって完璧なんかじゃないんだ〜って。

私を怒ってばかりいたのは、
何かのストレスの吐け口にでも
してたんだろなぁ、ってね。
それか、親の威厳でも見せたかったか?

そしたらね、許せたわ。そんな自分の育ち方も
認められたのよ。

だから、私は悪くない。

だから、もしあなたが自分のことを
自己肯定感がないなぁとか、自分のこと
好きになれないなぁとか、息苦しいなぁとか
感じていたら、それらは、あなたが作ったことじゃないかもしれない。

自分ではどうにもできないこと。

私が悪くないのと同じように
あなたは悪くないのかもしれない。

感謝が私を楽にした

あぁ、そうか。私は親にそういう育てられ方を
したんだ。
それに気がつく前は、親のことを好きだったのに、好きなことを表せなかったの。
親は、私のことを嫌いなんだって
思ってたから。

実際に私のことを好きでいてくれたかどうかは
わからない。もうわかる術もない。
親はもうこの世にいないから。

でもね、認めてからは、私のことを好きで
いてくれたかどうかは、もうどうでも
よくなっていたの。

私にとっては親だけど、親である前に
一人の人間なんだって。
親だって、できない人間だったかも
しれないし(゚∀゚)、
自己肯定感なんか崩壊してたかも
しれないし(>_<)。

そう考えると、許せちゃったの。
そうしたら、感謝の気持ちがいっぱい
出てきたのね。
ありがとう。育ててくれてありがとう。
一生懸命働いてくれて、ありがとう、って。

そうしたらね、
それまでの息苦しさがなくなって
楽になったのよ。

で、それからは、他人から
褒められたら、もうすっかり丸ごとそのまま
受け止めて、
飛び上がって喜ぶようになったわ(^O^)

ねっ、あなたは何も悪くないのよ。


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