見出し画像

建設作業員が書く読書感想文ーー「ゴルゴ13」を読んで

 この文章をさいとう・たかを先生に捧げます。


「人間にとって、真に大切なのは、神でも国でもない。家族の絆だ……俺は生まれ代わる次の世代でもおまえと、母さんと家族でいたい!母さんの事を頼んだぞ、皇子!」
(引用:ゴルゴ13 SPコミックス81巻「すべて人民のもの」151ページ、東郷麟三のセリフより(平成4年1月 リイド社刊))

 40年前、茨城県北部の小さな町。家電メーカー勤務兼農家の父は、毎日残業で帰宅は0時過ぎ、休みの日には田んぼの手入れ。もしくは上司とのゴルフや所属している実業団ラグビー部の試合。
すごい体力だーーマンションや高層ビルを建てる建設作業員のわたしが、当時の父と同じ年齢になってみると本当にかなわないと思う。 
そんな父の枕元にはいつも点きの悪い電気スタンド、灰皿、そして

「ゴルゴ13」があった。

幼いわたしは絵本よりも、背表紙に茨の冠を被ったリアルガイコツが描かれたこの本に興味を持ち、何となくいけない事をしているのを分かりつつも、親の目がわたしから離れた隙にページを覗いてみた。
そこに描かれていたのは、マシンガンの掃射でなぎ倒される兵士たち、初めて見る母親(と祖母)以外の裸の女性、炸裂する爆弾、毒ガス、戦車、死体!そしてかっこいいライフルを構える眉毛とモミアゲの男性(ひと)ーーたまに裸の女性と重なり合っているーーこれらは、わたしを虜にした。カッコいい!あとなんか下半身に血が集まってきた。当時3歳。
「お父さんの本勝手にいじったら駄目だっぺ」
と叱る母の目を盗んで読み耽った。もっと銃が、死体が、裸が、モミアゲが見たい!

字はまだ読めなかった。ゆえにタイトルすらわからない。祖母(当時70)に「おばあさんこれ何て書いてあるの。」と尋ねると、

「これは、ごるご じゅうさん だっぺ。」

と、タイトルを教えてくれた。祖母は目が悪く、セリフは「細かくてわがんね。」と、読んでもらえなかったが大きい文字や書き文字は

「さいとう・たかを」
「ズガァーーン」
「タタタタタタ…」
「ズキュゥゥーンン」
「ゴロゴロ…チャ!」

などと一生懸命読んでくれた。(これだけでもコマ割りや絵面が浮かんでくるのがさいとう先生の劇画の凄いところだ。)

さてすっかりゴルゴ漬けの幼児になったわたし。しかし忙しい父とはすれ違いの毎日。時々見かける、男のプライドと責任を背負った大きな背中、母との会話から感じ取れる厳格で真っ直ぐな物の考え方などから、わたしは父を、カッコいいが近寄り難い存在と捉えていた。まるでゴルゴのようだと。
そんな父に、もし隠れてゴルゴを読んでいる事がばれたら…「有罪(ギルティ)」になってしまうであろうことは幼児のわたしでも想像できた。

ある日の昼、いつも通り父の布団の上でこうふんしながらゴルゴを読んでいると、音もなく背後に立った者がいた。覚えたてのゴルゴの有名な習性、「背後に立った者を反射的に攻撃」しようと振り向くと父だった。怒られる!
しかし、 

「ゴルゴ読んでんのが?ゴルゴおもしがっぺ(面白いだろ)!」

優しく微笑みながら父は言った。怒られなかったのでわたしは驚いた。

「…うん、おもしい(面白い)。」「この作者は凄いよな。国際情勢のごど何でも知ってっかんな~大したもんだ。」「ゴルゴ読んでいいのげ?」「いいよ。」「何で?」

「疲れだ時(どぎ)に読むど、よ~ぐ眠れっからよ。」

…ゴルゴを読む時、父は様々な責任から解放されて1人の男性に戻れる。忙しい明日の事も忘れて没頭できる。ゴルゴは父にとっての癒しなのだ、と幼心ながらに理解した。

この時、遠く近寄り難かった父が、初めて身近な友達のように感じられた。

10年後

中学校の剣道部の部活で疲れきって眠るわたしの枕元に「ゴルゴ13」があった。

そして10年後

ミュージシャンを志し上京したものの、自分の才能のなさに打ちひしがれて眠るわたしの枕元に「ゴルゴ13」があった。

さらに10年後

他人の3000万円の借金を肩代わりし、返済のため昼夜問わず工事現場で働き、汚れて作業員詰所で眠るわたしの枕元に「ゴルゴ13」があった。

そしてさらに10年後ーー

1歳の息子がゴルゴに歯磨きをしてあげている。

息子はゴルゴを「ごうご」と呼んでいる。殺人シーンや大人のシーンはまだ見せないように気をつけているが、いつか息子もかつてのわたしのように、多少の後ろめたさを感じながら、ゴルゴを愛読するのかもしれない。その時わたしはどうするのか?

答えは決まっている。わたしも息子と友達になりたい。

2017年、フリーライターの妻と結婚した直後、父は大腸がんで入院し、大腸の摘出手術を受けることになった。わたしは妻と共にゴルゴのかっこいいフィギュアを父の枕元に贈った。
手術は成功、父は全快し、今も母と共に元気に暮らしている。(祖母は残念ながら99歳で他界した。)ゴルフにラグビー、今年は茨城県北部の小さな町の郷土誌の編纂までした。


さて、前置きが長くなりましたが、建設作業員のわたし(とんかつ)が「ゴルゴ13」を読んだ感想はーー

「ゴルゴ13」SPコミックス版1冊は185mm、既刊202巻(ギネス記録更新中)を縦につなげると37,370mm=37.37メートル。
これは12階建てのビルに匹敵する高さ。そしてまだまだ伸びていく。これほどの本が他にあるだろうか! 

さいとう・たかを先生、本当に長い間、素晴らしい劇画をありがとうございました。お疲れ様でした。

#読書の秋2021
#ゴルゴ13

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?