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ザ・トーキング・ホース(しゃべる馬)

「このゲームで勝負だ!」
真剣な表情の阿部寛が芝居がかった口調で言うなり、手にしたカセットを本体に差し込みゲームスタート。対戦型の疑似3Dレースゲームだ。80年代後半まるだしのドット絵が無理やりガビガビに拡大されながら迫りくる。そのどれもが農民やうんこやカカシやカツ丼など、なんか切なくなるものばかり。こんな障害物に当たってたまるか!阿部寛は農民の隙間をヒョイヒョイ通り抜けて行く。車はモルカーだ。おれも歯を食い縛りながらハンドルを右へ左へ──いつのまにか両親や親戚や現場の所長が周りを取り囲んでおれのプレイを見ている。冷ややかな目だ。おれは額に汗をかきながら必死の形相でカカシやうんこをかわす。阿部寛に大差を付けられたステージ中盤、前方から防具をつけた剣道の集団が「メーン」「メーン」と迫りくる。なぜか全員袴を穿いておらず、股間に黒い丸に棒がついていて金色で「禁」とかいてあるやつを着けている…おれもうこのゲームやるの恥ずかしいかもしんねぇ!
──という夢を見て今起きました。深夜2時です。
汗びっしょりでした。今日はおれの誕生日です。46さいになりました!

 おれは恥ずかしい。46歳にもなって為替や外貨建取引やプロ野球の話もできず、ラーメンやうんこやスラッシュ・メタルの話ばかり。頭の中が10さいで止まっている。心臓は90歳だというのに(投薬治療中)…これではいかん。よしあたまよさそうな話をするぞ!あたまい~

建設業界におけるIT革命

 わたしが建築現場で働き始めた1996年、携帯電話やPHSは現場ではまだ普及しきっておらず、事務所の電話は鳴りっぱなし、建設中の建物には各所に仮設スピーカーがつけられ、監督は「○○さん✕✕工業からお電話です」とひっきりなしに呼び出されていた。ポケベルはあったが複雑な打ち合わせができるシロモノではなく、せいぜい「1112324493」ぐらいしか使い途がなかった(アイシテル 残業後居酒屋の公衆電話からうつ)。業務連絡がない場合は音楽がかかっており、ウルフルズやシャ乱Qがかかっている現場もあれば、オーネット・コールマンのフリージャズがかかっている現場もあった。(そして年配の職人が「演歌かけろ演歌」と言うのが常であった。)現場DJを誰がやっていたかは当時ただの見習いだったわたしには知る余裕がなかったが、もしやらせてもらえたらジョーイ・ベルトラムなどのデトロイトテクノを大音量でかけながら働いてみたかった。何はともあれ情報化社会前夜、今では考えられないミス(隣の現場に来た生コン間違ってうっちゃったりとか)もあったが「まあ、しゃあない」で済んだおおらかな時代であった。

そして──

 カードリーダーに各ゼネコン共通のCCUCカードをかざして現場へ入場。ICタブレット端末を携えた監督が現場を動き回り、画面上で図面を拡大し細かい指示を出す。搬出入の予定は「ダンドール」というアプリで段取り、各業種の職長は現場每のLINEグループで連絡を取り合う。パワーポイントを使って打ち合わせ、体温が上がれば手首のセンサーが「熱中症注意」の警報を出す──2022年現在の建築現場だ。
 
 まず生粋のバーバリアン(土かた)であるわたしが感じたのは、「現場の詰所から新聞、ジャンプ、マガジン、パチスロ必勝ガイド、花の慶次が消えた。」
 1日1000人を超えるような大型現場の詰所の片付けをすると、新聞、ジャンプ、マガジン、パチスロ必勝ガイド、花の慶次だけで2トンのコンテナがすぐいっぱいになるぐらいだったが、今では全部スマホで見れる。そのかわり何か段ボールのゴミが増えて、4トンコンテナがすぐいっぱいになっちゃう。これは物流の進化を物語っていると思った。新聞、ジャンプ、マガジン、パチスロ必勝ガイド、花の慶次は段ボールに代わったのだ。
 あとなんかサラダ食う人が増えた。みんな「カップラーメンは体に悪い」とインターネットで見たのだ!かくいうわたしもサラダを食べている…セブンイレブンのサラダはうまい…サラダにほぐしサラダチキンごまドレッシングあじを乗せる…IT革命…以前は「べんとう2個、スープ代わりにカップラーメン」だった。

IT革命以前のひるめし(余りそうなべんとうは半額で売っている)

 これが建築現場のIT革命だ!完

【仮名です】
さて先日、とある拍子に、QRコードを使って客先に入場するタイプの現場の責任者をやったんですが、人手が足りないのでバイトの方を呼びました。
 朝、駅で待ち合わせると、気難しそうな壮年男性が来ました。あいさつしてQRコードを発行し、「これを携帯のカメラで撮ってください。」と言うと、「まだ携帯を買ったばかりでカメラが分からない。」と言いました。
「じゃあメールかラインで送るからアドレス教えて下さい。」
「あはい。グレート…」

「グレート!?」

「はい。たぬたぬ@ドコモ…」

「great-tanutanu!?」

──気難しそうな壮年男性のキャリアメールには思わぬお宝が潜んでいる。

完 おわり



これがあたまのよさだ。つづく

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