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ラ・フォル・ジュルネ、 本場ナント レポート その4

今回は2月4日土曜日の様子を一気に書きます!

この日は朝7時半からのコンサートが二つあったのですが、前の晩に真夜中コンサートがあったこともあり、初めからパス。ちなみに朝7時半のコンサートは金曜日から日曜日まで合計4つあり、そのうちの3つがクープランの『ルソン・デ・テネーブル』でした。

東京にも登場、トリオ・ゼリア

この日は11時半のトリオ・ゼリア Trio Zeliha からスタート。5月の東京でのフォルジュルネにも登場します。ヴァイオリンのマノン・ガリー Manon Galy とピアノのホルヘ・ゴンザレス=ブアハサン Jorge Gonzalez-Buahasan はデュオでも活躍しています。
名前の Zeliha はアラブ系・ラテン系の女性名。フランス風ラテン語の発音だと「ゼリア」となりますが、アラブ語風なら「ゼリハ」です。
マノン・ガリーは昨年(2022年)のヴィクトワール大賞のクラシック器楽部門で新人賞を受賞。フィリップ・ジャルスキー Philippe Jaroussky 主催のジャルスキー・アカデミー出身でもあります。ゴンザレス=ブアハサンとのデュオでは、2019年にリヨン国際室内楽コンクールで1位のほか、多くの特別賞を受賞しています。ゴンザレス=ブアハサンはキューバ出身。2019年にクララ・ハスキル国際コンクールでファイナリストに選ばれています。繊細でありながら幅の広い音楽を奏でる人で、室内楽奏者としても、共演した誰もが認める素晴らしい音楽家です。チェロのマキシム・ケネソン Maxime Quennesson はルポルタージュの第2回にも登場しました(第2回はこちら)。彼も室内楽ですでに十分に頭角を現し、多くのコンサートに引っ張りだこの俊英です。
プログラムはベートーヴェンの『オリジナル主題による14の変奏曲』とピアノトリオ第5番『幽霊』(ちょっとコメントすると、この『幽霊』または『精霊』という訳はイマイチ。霊感=インスピレーションやスピリットという意味の「霊」ですか。イメージ的にはもっと明るくて溌剌としています)。マノン曰く「『14の変奏曲』は最近はめっきり演奏されなくなったんだけど、1950年代あたりには人気があった曲で、いろんなトリオが録音してるんですよ。でも珠玉の名曲とは言えないかも。」
第2回で、トリオ・エリオスは若手でも最高峰だと書きましたが、ゼリアも同じ。現在のフランスの若手トリオの先頭をゆく存在と言えるかもしれません。ちなみにマノンとマキシムは、今回エリオスのコンサートで招待アーティストとしても活躍しました(その2参照)。
上にすでに書いたように、3人ともすでに室内楽経験は豊富。ベートーヴェンの重厚さに軽快さが程よく混じり、重すぎるということもなく、若い息吹に溢れたフレッシュな演奏でした。

コンサート後会場入り口でのトリオ・ゼリア © Victoria Okada

夢のデュオ、コリーヌ・デュティユル(メゾ・ソプラノ)&クーナル・ラヒリー(ピアノ)

最近は器楽だけではなく、声楽でも優秀な若手がどんどん出ていて、音楽ファンとしては嬉しいの一言に尽きますが、ベルギーのメゾソプラノ、コリーヌ・デュティユル Coline Dutilleul もその一人。インド系アメリカ人ピアニスト、クーナル・ラヒリー Kunal Lahily とのデュオで最近「Licht in der Nacht」(Fuga Libera)というアルバムを出しました。コリーヌ・デュティユルは何と言っても豊かな声質、見事なコントロール、そして明瞭な発音・イントネーションが魅力です。コンサートのプログラムは、CDのプログラムをベースに、女性を主人公にした詩や、女性作曲家の曲を並べました。相手に語りかけるような、また内なる感情を独白するような曲が多いのですが、それらを時にしっとりと、時に鬱らに、時に官能的に歌いあげます。また、クーナル・ラヒリーの、歌を熟知して歌手の長所をそのまま引き出す演奏には感服しました。ソロでアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーのピアノ曲を披露しましたが、こちらも快心の演奏でした。
この時代に独特の、ある種の倦怠感や不安感が美に昇華された音楽を、夢のデュオとも言える彼らの演奏で聴けるのはチャンスという他ありません。

コンサートを終えて © Victoria Okada

ちなみにコリーヌ・デュティユルは昨年、パーセルの『フェアリークイーン』でも聴いています。その時の批評はこちら

ピエール・アンタイの『ゴルトベルグ変奏曲』

この日の夜10時15分からは、クラヴサン(チェンバロ)の大御所ピエール・アンタイ Pierre Hantaïによる『ゴルトベルグ変奏曲』。夜遅い時間なのに、会場前には長蛇の列。扉が開くと同時に、300席は瞬く間に埋まってしまいました。
アンタイ大兄は詳しい解説をすることでも有名で、フォルジュルネや、同じくルネ・マルタン氏が音楽監督を務める「ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭」(昨夏のレポートを5つ出していますので、読んでみてください。アンタイ氏登場のレポートはこちら。同じ日の夜に藤田真央くんが弾いたので、彼の話題も楽しめます)では、遅延で次のコンサートに影響しないように、必ずその日の最後に組まれているという逸話があります。

さて、ゴルトベルグの名前は、不眠症に悩む某伯爵が安眠できるように、バッハの弟子でチェンバロの名手ゴルトベルグが変奏曲を演奏した、という逸話から取られていますが、アンタイ氏は当時ゴルトベルグが14歳だったことを強調して、「この説は全く疑わしい」と却下。ただ、「若い生徒のために」作曲されたという事実から、その生徒はかなりの名手であったと考えられる、と語りました。また、ピアノで演奏することについて、「楽譜には明確に『2つの鍵盤のための』と指定されている」と断言。
アンタイ氏は、いつもその時の気分やプログラムに合わせて楽譜を差し替えることができる黒い表紙のクリアファイルノートを持っていて、そこから、その場で曲を選んで演奏します。メインの『ゴルトベルグ』の前にも、指慣らしとして、バッハにちなんだ小品をいくつか演奏しました。

さて、イントロダクションが終わって『ゴルトベルグ』が始まったのが10時40分ごろ。こちらは完全に暗譜での演奏です。
アリアのテンポには、微妙かつエレガントな揺れがあって、これがロマン派音楽のルバートの源かもしれないと思わされるほど。変奏に応じて、水が流れるようなスムーズさ、どっしりとした和音、飛び跳ねるような溌剌さなど、さまざまな表情が色を変え様子を変えて次々と登場します。そして何より、天才的かつ直感的な装飾音! 実は私は毎回、装飾の妙を聴くためにアンタイ氏のコンサートに来ます。少なすぎずコテコテすぎず、当意即妙。フランス風にエスプリが効いた部分も多々あって、フランス音楽が好きだったバッハが聴いても感心するんじゃないだろうか、と思います。
彼が弾くアリアと変奏曲は、まさに音楽の旅。それだけでも満腹感でいっぱいなのに、なんとアンコールの大サービス。曲はチェロのための「サラバンド」(どの「サラバンド」かは指定なし)をクラヴサン用に編曲したもの。おそらく氏の編曲です。
楽器は、こちらのビデオと同じもの。この楽器をいたるところに持参してリサイタルを開いています。

ちなみに45秒から52秒あたりに見られる子供のころの写真の後ろにある絵は、父で画家のシモン・アンタイの絵です。昨年パリのルイ・ヴィトン財団で大回顧展が開かれました。

コンサートが終わったのは真夜中。素晴らしい演奏に、眠れるどころかすっかり目が覚めました。

この日は他に、15時からアヴェ・マリス・ステラ合唱団&アンサンブル・マニェティスによるバロック音楽(コレット、ヘンデル、ヴィヴァルディ)と、20時からルイス・フェルナンド・ペレスのリサイタル(フィールドとショパンの『夜想曲』)を聴きました。別の機会でお伝えできればと思います。

次回は最終回、2月5日のレポートです。

トップ写真はピエール・アンタイ © Victoria Okada
写真は全て無断転載禁止


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