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ウクライナ国立歌劇場バレエ団パリ公演

12月21日から1月5日まで、パリのシャンゼリゼ劇場で、ウクライナ国立歌劇場バレエ団が『ジゼル』を上演し、好評を博している。同バレエ団は、現在日本の各地で『ドン・キホーテ』を上演しているが、別のチームがパリで公演中なのだ。 

27日火曜日に観た公演レビューも含めて、パリ公演の様子をレポートしてみよう。

ウクライナ国立歌劇場バレエ団『ジゼル』パリ公演のポスター

長旅

ダンサー約30名と指揮者及びバレエ団の運営チームは、バス、電車、飛行機を乗り継いでなんと40時間もかけてパリにやって来た。途中、バスが止まったり、寒波の中、停電によって何時間も待たされたりした後、結局飛行機を調達してやっとパリに辿り着いたのだ。

自国では物資が欠乏し警報が鳴る中で練習やリハーサルを行い続けていた彼ら。すでに精神的にもかなり疲れていたであろうことは想像に難くない。あるテレビニュースのルポルタージュで、プリマのカテリナ・アラエヴァ Kateryna Alaieva が「ウクライナにいるときは本当に疲れ切っています」と隠さずに語っているように。

その上で、ほとんど2日間にわたる長旅をし、到着後、日をおかずにリハーサル、そして本番と、詰まったスケジュールをこなしている。

二転三転した演目

ウクライナ国立バレエ団はこれまでにも何度もパリで公演し、毎回絶賛されているが、今回の公演は当初2020年に予定されていたもの。コロナ禍で延期された上演作品は、もともとチャイコフスキーの『くるみ割り人形』だった。その後、戦争によってロシア作品が上演作品リストから外されたため、『雪の女王』の上演が告知された。

しかし戦禍によってリハーサルのコンディションが整わず、結局、初日の数日前、おそらく彼らがウクライナを発つ直前に、『ジゼル』に変更された。フランスでフランスの作品を上演するのは、同バレエ団にとって初めてのことだという。

伝統的な『ジゼル』

ウクライナ国立歌劇場バレエ団の『ジゼル』は、マリウス・プティパの振付けを忠実に守っている。これをパリで見ると、どうしても伝統にのっとった正統的な踊りだと感じる。というのも、パリでは、コンテンポラリーやモダンが盛んに上演されている上、クラシックバレエでもモダンバレエに通じる要素を取り入れた公演が多く、観客はそれに慣れているからだ。

クラシックバレエのレパートリーについては、このジャンルの砦と考えられているパリ・オペラ座バレエ団*でも、どこかに新しい何かを取り入れることが多い。かなり昔になるが(2000年代だったと記憶している)、ガルニエ宮で観たシルヴィー・ギエム主演の『ジゼル』は、伝統を継承しながらも、衣装なども含めて村娘などの一人一人に個性を持たせた振付けを提案していた。また、夏にエトワールに任命され、つい最近オペラ座を去ることを発表した人気ダンサー、フランソワ・アリュ François Alu は、ラジオ・フランス制作のビデオで、「クラシックのキャラをそのまま踊るのは面白くないので、自分なりに個性を交えた踊りを考える」と語っている。

それに比べれば、クラシック(ロマンチック)バレエに徹するウクライナのバージョンは、逆にとても新鮮に映る。

*パリ・オペラ座バレエ団はクラシックとモダン・コンテンポラリーを常に並行して上演している。

ナターリア・マツァークとセルギイ・クリヴォコン @ DR Opéra national d'Ukraine

舞台装置と衣装

それは舞台装置も同じだ。(これらの装置も全てウクライナから持ってきたのだろう。)第1幕は、まるで19世紀の新聞に掲載されているイラストをそのまま舞台に再現したかのようだ。木々の緑は詩的だし、小屋もロマン派のイマジネーションを地でいくもので綺麗といえば綺麗だが、使い込まれているのが見てとれ、リフレッシュが必要かとも思った。しかし現状況では無理だろう。戦争が終わってダンサーも劇場も十分に活動できるようになることを祈るのみだ。

衣装は、村娘がかなりエレガントで、もう少し田舎っぽくても良いのではと思った。アルブレヒト王子の婚約者バティルドとともにやってきた宮廷の紳士淑女の衣装が完全にルネサンス風でとても美しいが、もともとこういう衣装だっただろうか?これまで何度も観た『ジゼル』だが、なぜか記憶が曖昧だ。原作がペローなのでさもありなん。

第2幕の墓場の装置はとても叙情的。これも、当時の新聞や雑誌のイラストが思い浮かぶ。1841年初演の『ジゼル』はロマンチックバレエの元祖で、ウィリーたちの白装束はのちにウェディングドレスの原型となるのだが、この第2幕はそんなロマンチックバレエの醍醐味をヴィジュアル面でも存分に見せてくれた。

@Xsenia photoart

踊り

ジゼルとアルブレヒトがダブルキャストで、プログラムには、それぞれナターリア・マツァーク Natalia Matsak とカテリナ・アラエヴァ Kateryna Alaieva、セルギイ・クリヴォコン Sergii Kryvokon とオレクシイ・ポチョムキン Oleksii Otomkin の名前が見られる。
劇場のサイトにはその日の出演者がいちいち明記されていないが、会場では画面に掲示されていた。以下がその写真。

劇場内に表示されていた12月27日の出演者リスト © Victoria Okada

しかし翌日になって主催者から「昨夜はキャストに変更があり、実際に踊っていたのはカテリナ・アラエヴァとオレクシイ・ポチョムキンでした」と連絡がきた。いずれもプリマ、プリモだ。

上記とものは別のテレビルポルタージュでポチョムキンは、「戦線で敵と対決したくはなかったけれど、自分にも何かできることがあればと思い、負傷戦士を世話をするため、戦場に赴きました。出発前には救命処置を学びました」と言っている。2週間戦線を経験したのち、バレエ団に復帰した。

アラエヴァは第1幕のか弱い少女ジゼルから、第2幕でウィリーの女王ミルタにアルベリヒトの命を奪わないように懇願する決意に満ちた女性ジゼルまで、多彩な表現で楽しませてくれる。クリヴォコンはパントマイムが突出している。現代では19世紀のパントマイムはともすると感傷的で場合によっては滑稽にさえ映るが、彼の大きな動きはマントマイムの概念さえ凌駕している。それをさらに拡大した第2幕でのダイナミックな踊りは、つくづくバレエダンサーとはハイレベルのスポーツ選手と同じだと感じさせられる素晴らしものだった。
主役二人の横で、彼らに勝るとも劣らない見事な表現を見せたイラリオン役のコスティアンティン・ボザルニツキ Kostiqntyn Pozharnytskyi は特筆すべきだろう。この夜の公演では、まさに全身全霊を投げ打った演技・踊りで、役作りという面では彼が一番納得できるものだったと思う。

この日は結局出演していなかったナターリア・マツァーク @ DR Opéra national d'Ukraine
アルブレヒト役のオレクシイ・ポチョムキン @ DR Opéra national d'Ukraine

モロゾフ指揮オルケストル・プロメテ

オルケストル・プロメテ Orchestre Prométée(プロメテウス・オーケストラ)は劇場の常設オケでもレジデンスオケでもなく、パリの夏のダンスフェスティバル「レ・ゼテ・ド・ラ・ダンス Les étés de la danse 」やオペラのガラコンサートなど、特別な機会に演奏している。バレエ公演も多く、難なくこなしていた。ただ、第2幕のジゼルのソロやジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥでバイオリンソロのピッチが低かったのが少々気になった。指揮のディミトロ・モロゾフ Dmytro Morozov はバレエ団の特質を知り尽くしており、ダンサーたちにもよくわかる大きなジェスチュアで、彼らが踊りやすいようにオケをリードしていたのが印象的だった。

モロゾフはテレビのインタビューに答えて「私たちは文化前線で戦っています。芸術家は皆がそれぞれの立場で戦わなければなりません。これは非常に重要なことです。祖国が大変な中、パリでウクライナのバレエ芸術をお見せできることはこの上ない喜びです」と語っている。今フランス公演中の彼らは皆、同じ思いでシャンゼリゼ劇場の舞台に立っているのだろう。

カーテンコール © Victoria Okada

普段とは異なる観客層

会場には、ウクライナ系の人、ウクライナ支援のために来た人、初日に向けて各メディアで放送されたニュースやルポルタージュを見てきた人など、通常のバレエファンやシャンゼリゼ劇場の観客とは異なるのがすぐにわかる。筆者の隣で公演中も写真撮影をしたり、ロシア語(ウクライナ語?)でひっきりなしに話したりというカップルがいて閉口したが、彼らはもしかしたらバレエ公演を観るのは初めてなのかもしれないし、この夜を機会に、バレエに興味を持つかもしれない。そんなことを思うと、注意をするのもはばかられた。

このように多くの人々を芸術でつなぎ、感動を与える彼らウクライナのダンサーたちは、美をもって、すでに野蛮に対する勝利を勝ち得ているのだ。

1月5日まで

終了後、総立ちで拍手する観客 © Victoria Okada

トップ写真 @Xsenia photoart 禁無断転載

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GISELLE

振り付け MARIUS PETIPA
(ジュール・ペローとジャン・コラッリのテキストによる)
台本 Théophile Gautier, Jules-Henri Vernoy de Saint-Georges, Jean Coralli (ハインリッヒ・ハイネによる)
音楽 Adolphe Adam

スタッフ

レペティター Vadym Burtan & Maksym Chepyk
レペティター Anatolii Kozlov, Vasylieva Antonina
メートル・ド・バレ Kostyantin SERGIEIEV
舞台装置、衣装 Tetiana BRUNI

出演

ジゼル | Natalia Matsak, Kateryna Alaieva
アルブレヒト | Sergii Kryvokon, Oleksii Potomkin
ベルタ | Kseniia Ivanenko
ミルタ | Iryna Borysova
イラリオン | Kostiantyn Pozharnytskyi
バティルダ | Kseniia Novikova
公爵 | Sergii Lytvynenko

ウクライナ国立歌劇場バレエ団
Orchestre Prométhée
指揮
Dmytro Morozov

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