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ラ・フォル・ジュルネ、 本場ナント レポート その5

ナントのラ・フォルジュルネのレポートも今回で最後になりました。最終日は5つのコンサートを聴きました。

トリオ・ネベルメール

これまでにエリオス、パスカル、ゼリアの3つのピアノトリオを紹介しました。どれも素晴らしい団体ですが、また一つ、トリオ・ネベルメール Trio Nebelmeerという新しいトリオが加わりました。2019年春結成。名前は、ロマン主義を象徴する、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの有名な絵画『雲海の上の旅人』の「雲海 Nebermeer」の仏語読みです。仏語圏以外ではドイツ語読みの「ネベルメア」になるのかもしれません。

Caspar David Friedrich : Der Wanderer über dem Nebermeer

ヴァイオリンのアルトゥール・ドゥカリス Arthur Decaris、チェロのアルベリック・ブルノワ Albéric Boullenois、ピアノのロアン・フルマンタル Loann Fourmental はともにパリ国立高等音楽院の出身。多くの優れた室内楽奏者を輩出しているクレール・デゼール Claire Désert のクラスで学び、現在はベルギーのエリザベート王妃音楽チャペルでレジデンスアーティストとして研鑽を重ねています。
2020年、新コロナウィルスでパリ国立音楽院の学年末演奏会が中止になりました。しかし、最初の都市閉鎖が緩和された際、若いピアニストに積極的に演奏の場を提供しているピアニッシム Pianissimes というアソシエーションが、学年末演奏会の代わりとなってほしいと、6月に丸一日を費やして立て続けに6つのコンサートをオンラインで生配信しました。その時彼らはメンデルスゾーンのピアノトリオ op.49 を演奏。その後、筆者は彼らにインタビューを行いました。
その時のビデオがこれ。彼らの出番は3時間47分30秒あたりから4時間22分20秒あたりまで。インタビューは4時間18分あたりからです。

インタビューではCD録音はまだ考えている最中だ、と言っていますが、この度、めでたくも初CDが3月24日にリリースされる運びとなりました。曲はショーソンとサン・サーンスです。

さて、ナントでのコンサートではラフマニノフの『悲しみの三重奏曲 Trio Elégiaque 』第2番を演奏しました。朝10時という早い時間のコンサートだったのですが、これは明らかに夜に演奏されるべき曲なので、コンディション調整、特に曲への没入が大変だったと思います。が、今後確実にフランスのトリオの中核的存在になるであろうことを予感させる、スケールの大きな演奏で、聴く人を、曲名の通り「エレジー」の世界に引き込んでくれました。演奏の幅の広さは、上のビデオでも感じ取ることができると思います。

エル・ミール四重奏団

12時からはエル・ミール弦楽四重奏団 Quatuor Elmire が(シプリアン・ブロッド Cyprien Brodヨアン・ブラカ Yoan Brakha - vn、オルタンス・フリエ Hortense Fourrier - viola、レミ・カルロン Rémi Carlon - vc)が、「夜。夕から朝まで」という面白いプログラムを聴かせてくれました。18時から2時間ごとに夜をイメージしたもので、最初の3曲(モーツァルトの『アイネクライネナハトムジーク』のロンド、メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』ファイナルからの抜粋、ウォルフの『イタリア風セレナーデ』)は楽しい曲。0時からは夜の深みに入ってゆくような曲(デュティユー『夜はかくのごとし』からの抜粋、ラッスス『寒く暗い夜』、ショスタコーヴィッチ『弦楽四重奏第15番』から「夜想曲」)を並べています。朝6時の夜明けは、ワグナーの『ジークフリート牧歌』から「日の出」。このプログラムは完全にアイデア勝ちと言っていいと思います。
演奏は、最初は、曲がどれも抜粋だからでしょうか、どこかぎこちなさがありましたが、ラッススあたりから音色がぐんと豊かになり、響きも広くなりました。フォルジュルネの1公演のフォーマットが基本的に45分間なので、抜粋しか演奏できないということなのでしょうが、そうでなければ、もう少し腰を落ち着けて彼らの演奏を楽しめたと思います。このSQは2017年結成なのですが、メンバーの入れ替わりが頻繁で、まだ独自の音をつくるには至っていないようです。安定した状況で心置きなく音楽づくりができるようになってほしいと思います。

 エル・ミールSQ © Victoria Okada

オルケストル・コンスエロ

第2回でヴィクトル・ジュリアン=ラフェリエール Victor Julien-Laferrière のことを少し書きましたが、その彼が主催・指揮するオルケストル・コンスエロ Orchestre Consuelo のコンサートが14時15分からありました。このオケも1月末に初CDが出たところです。

コンサートのプログラムはブラームスの『セレナード』第1番で、CDにも入っています。
ジュリアン=ラフェリエールは、学生時代から友人を集めてアンサンブルをつくって指揮をしていて、本来は指揮者になりたかったそうです。チェロは初めは指揮への入り口だったようですが、エリザベート・コンクールで優勝してしまうほどになりました。オーケストラの結成は2019年。昨年のフォルジュルネのファイナルコンサートですでに演奏しており、その時に仏独共同テレビ Arte で放映・配信されたことで、広く知られるようになりました。
指揮者としてのジュリアン=ラフェリエールは、大変にバランスのとれた音楽づくりが特徴。オケは、結成してたった3年とは思えないような豊かな表情を持っています。すでに室内楽奏者、オーケストラ奏者として縦横に活躍する同世代の演奏家を集めているからでしょうか。この日の演奏ではホルンが特筆すべき素晴らしい音を聴かせてくれました。

オルケストル・コンスエロ © Victoria Okada

実はこのコンサートはハシゴした2つ目で、第3楽章が終わったところで出てきました。次のアンサンブル・マスクを聴くためです。

アンサンブル・マスク

カナダ・ケベック出身のクラヴサンのオリヴィエ・フォータン Olivier Fortin が率いるアンサンブル・マスク Ensemble Masques はフランスのブルゴーニュ地方を本拠として活躍しています。過去に「グランドツアー」のプログラムなどで日本のフォルジュルネにも登場したので、聴かれたことがある方もいらっしゃるかと思います。
今回のプログラムは「眠り」。フランス音楽、特にオペラには眠りをテーマにしたシーンがたくさん出てきます。眠りは現実とは異なる世界なので、自由な表現が可能で、楽想が沸きやすいのでしょう。それは狂気の場面も同じです。普段は禁じられている音程や和声進行、突飛な器楽編成など、作曲家は想像力を逞しくめぐらせて、普通とは異なる世界を描くのです。
プログラムでは、マレ、リュリ、F. クープラン、ラモー、デマレ、カンプラのオペラからの抜粋と、器楽アンサンブルやクラヴサンの曲とをうまく配置してストーリー性をもたせました。テノールのフィリップ・ガニェ Philipe Gagné は、厳密に言うと「オート・コントル」。つまり、カウンターテノールではないが、とくに高音域を得意とするテノールのこと。フランス音楽ではテノールに高音域を要求する楽曲が多く、独自にこの音域が発展しました。ガニェは、これらの曲にぴったりのよく響く声質を、曲によって影をつけたりピュアに伸ばしたりしながら歌い上げます。非常に安定した歌唱と素晴らしい発音で、聴衆をすぐにその世界に引き込みます。
アンサンブル・マスクは、フォータンと、核となる6人のメンバーとの呼吸がぴったり。マラン・マレのオペラ『アルシオーヌ(アルチオーネ)』からの「眠りのためのシンフォニア」と「シャコンヌ」は、フランス音楽の真髄とも言える優雅さを備えた素晴らしい演奏でした。

アンサンブル・マスク © Victoria Okada

記者会見。来年のテーマは「オリジン」

最終日は、16時から毎年恒例の記者会見があります。芸術監督のルネ・マルタン氏と、ナント市および会場のシテ・デ・コングレの担当者が出席して行われます。それによると、記者会見の時点での推定観客数は12万人。今年は学校の生徒を対象にしたコンサートと、低価格のコンサートを大幅に増やし、観客数の1割以上を占めました。演奏された曲の数は1200曲、アーティストの数は2000人以上。また、音楽祭開催に欠かせないボランティアは250人にものぼります。
みなさんお待ちかねの来年のテーマは「オリジン」。19世紀の国民楽派を中心にするとのことですが、ルネ・マルタン氏の頭の中にはまだ整理されていないアイデアがいっぱいあるようで、どのような形になるかは今後のお楽しみとなりそうです。

記者会見の模様 © Romain Charrier - La Folle Journee

フランソワ=フレデリック・ギイ ピアノリサイタル

この日はファイナルコンサートを聴きたかったのですが、空席がないとのことで、バッジを持っている人は誰も入れず(後でわかったことですが、空席はあったらしいです。コミュニケーションミスだったようです)。そこで急遽予定を変更。18時から、ピエール・レアック Pierre Reach という知る人ぞ知る名ピアニストが登場するというので、これは是非聴かねば、と会場へ。レアックはもう結構なお歳なのですが、長い間、通またはマニアにしか知られていませんでした。現在続行中のベートーヴェンのソナタ全曲録音などで最近再評価され、以前より広く知られるようになりました。
その全曲録音の最新版(第2巻)はこちら
しかし、出てきたのはフランソワ=フレデリック・ギイ François-Frédéric Guy。かつて日本でもベートーヴェンのソナタ全曲演奏会を開いた人です。実は会場に着いて座るまで、出演者変更があったとは知りませんでした。後でギィ本人から聞いたところでは、レアック氏は数日前に転んで動けなくなり(おそらく骨折?)、ナントに来ることができなかったとのこと。1日も早い完治をお祈りします。
プログラムは「月光」ソナタと、最後の第32番。ギィ氏はベートーヴェンは手の内に入っているという感じ。とくに32番のあらゆるものを超越しようとする音楽を、自然に、豊かに紡いでいきます。

フランソワ=フレデリック・ギイ © Victoria Okada

このリサイタルの後、パリへと帰途へ着きました。
駅前の照明が可愛かったのでパチリ。中に木が見えている上のスペースが、真夜中のコンサートが行われた場所です(その3参照)。

ナント駅南口 © Victoria Okada

*写真の画質が悪くて申し訳ないです。
写真は「ラ・フォル・ジュルネ、 本場ナント レポート」5回分、全部無断転載禁止です。ご理解よろしくお願いいたします。

フォルジュルネの雰囲気が伝わる写真がありますので、近日中に出すかもしれません。


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