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何もかも変わっちまった

いつも行きつけのパブには、タイ料理のユニットが入っている。店長はなるちゃんというタイ人である。なるちゃんの一番のお客さんは2人いて、1人はアレックスという50代半ばくらいの男性、この辺の出身で建設業従事者でいつもヘルメット持参でパブにやってくる。元ジャムというバンドのポールウェラーに似ていて面影があり、笑うと目の周りがくしゃっとなっていい具合にしわがより、なんというか、イギリスらしい感じの人だった。おとなしい人で、毎日作業が終わるとパブに来て、グリーンカレーかココナツカレーを頼んで、さっさと食べて帰っていく。アレックスは、ちょっと前に奥さんと離婚して、1人暮らし、それからずっと食事は全部外で済ませているらしい。コロナ後は、なるちゃんのところで飯食ってる。毎日毎日同じ時間に来てカレー食べて、ビールを一杯だけ飲んでいなくなる。時たま、大学生でよそに住んでいる娘と一緒にカレーを食べてる光景をみる。

回数で言えばアレックスがナンバーワンで、落とすお金は、ビッグさんが一番だね、という。ビッグさんは、アイルランド人で、西ロンドンにやってきて自分で事業と会社を興して成功した人である。身長が190センチ近くあり、体重が100キロ超えるかなり体格のいい男の人で、元ラグビー選手だったという。年は60過ぎくらいか。

パブにはよくやってきて、なるちゃんの顔を見れば、料理を注文する。だいたいいつもグリーンカレーを食べてるが、この人は必ず「今日のおすすめの前菜はなに?」となるちゃんに聞く。そしてなるちゃんがおすすめする前菜は全部注文する。一人で平らげる日もあれば、その辺に座っている自分の顔見知りに「食べな」と持ってくる時もあるし、連れがいるときは連れがおなかすいてそうと見たら、何も聞かず「なんかこいつに適当に飯作ってやって」とか言って、その人も分も料理を頼む。何かの所用で自分がごはん食べない日も「かみさんにラクさせてやりたいから」といって、持ち帰りで食事を注文したり、近所に住んでいる息子夫婦に差し入れすると言って何かしらなるちゃんに作らせていた。なるちゃんにとっては、大のお得意様だった。

コロナ前であるが、私は転職をして、会社の最寄り駅が家から結構近めの住宅地や工業団地がある駅になった。駅の目のまえには一軒だけ、チェーン店系のコーヒー屋があって、スーパーマーケットが2件あった。そして、小さなビジネスホテルがあった。

スーパーマーケットの真裏に大きな会社が一軒あった。イギリス人ならだれでも知ってる家電量販店のチェーンの本部があった。そして、その辺からバスで1停留所いったところに、イギリス人の若い女性から中年の女性30代から40代くらいの女性に絶大な人気のある、ちょっとお高めの婦人服ブランドの本社があった。

ビッグさんの会社は、その婦人服ブランドの本社の近くにあった。ビッグさんは、ヨーロッパ大陸で有名な自動車のディーラー及び自動車ブランド直営の整備工場を持っているというオーナーだった。

駅前には一軒だけ、古いパブがあった。もともと小さいパブだが、周囲の土地を買ったんだか、借りたんだかして、パブはなんとなく拡張していた。パブはほとんど、家電量販店の人達がミーティングルームや社食替わりに使っていた。いつもいつも、家電量販店の名前が入ったファイルやら文房具を持った人達がパブに出入りし、ごった返していた。

私も時々、このパブには出入りしていた。日本のビールが置いてあったり、なんとなくの居心地がいいので、私自身は酒を飲まなかったが、パブでお茶したり、連れと待ち合わせしてここで軽くごはん食べたりを何度かしていた。そして、時々、お客さんらしき人と話し込んでいるビッグさんを見かけた。ビッグさんも、私がいるのを時々見かけたようである。

しかし、この家電量販店チェーンは、コロナがあけてからすぐに、ライバル会社に買収され、本社は閉鎖になった。駅前にあったパブは、本社閉鎖から一カ月も持たずに倒産した。そしてパブは取り壊され平地になり、大きな高層住宅になった。

気がつけば、全部、駅の周りは高層住宅になった。駅前にあったコーヒー屋はつぶれ、そこも高層住宅になり、住宅の一階に小さなコーヒースタンドができた。ビジネスホテルも高層階ができて、住宅とホテルのハイブリッドみたいな建物になった。

駅前ほとんどビルになってしまった。そして、全部一応ではあるが、コンシェルジュがいる立派なアパートや、単身者用のホテルのようなアパートと言った居住者がいる施設になっていた。

誰が住んでいるの?と言ったら、メインで住んでいるのは、中国人である。イギリスのロンドンの駅前なのに、ほとんど、イギリス人を見ることはなくなった。

元はといえば、ビッグさんがいうには、10年くらい前に、ロンドンの都心部にある大学が、分校みたいなものをこの地域に建てた。ビッグさん曰く、3つの大学が、支部を立てているという。そして、そこに留学しているのはほとんど中国人なので、その方たち用に学生寮ではないが、マンションを建て、中国人の生徒及び生徒の関係者やら、投資家などがマンションやアパートを買い、そして、それを次々にやって来る中国人の留学生に貸し出しなどをしている。

正直、3つの大学はそこそこ有名な大学である。イギリス人の生徒だってたくさんいる大学である。その大学のファウンデーションコースというのがあり、そこにはたくさん中国人の生徒がいる。ファウンデーションコースとは大学の本コースに入る前に英語や一般教養や知識の面で差があるとされる留学生が入るコースであり、だいたい2年程度になっていて、コースが終わると今度はやっと現地の人達と一緒に本当の大学生になって学べることになっている。

そして、そのコースはなぜか、本当になぜなんだかよくわからないが、ロンドンの中心部にある大学とは切り離されている。

イギリスの大学はかなり経営が厳しいと言われている。イギリス人を相手にした場合、学費の上限というのは国が決めているので、それ以上を課すわけにはいかない。じゃあ、足りない分は誰が埋めるのかとなると留学生である。そして、中国人の留学生はかなり教育熱心であり、お金を持っているから、それを狙う。ただし、学力的にはどうしても差が出てくるからファウンデーションコースを作ってそこに留学生を押し込め、金づるにするわけである。

(個人的な感想として、ファウンデーションコースを出て、大学に本当に進学している子たちはどれくらいいるのか、まあ、疑問に思っている。)

現在、そのマンション群の一階に中国系の大きなスーパーマーケットができ、もう一軒最近オープンした。

しばらく前までは、「パジャマで店の出入り厳禁」などとスーパーの入り口に中国語で書いてあるポスターなどが貼ってあったが、最近はかなりいろいろうるさく言われたのであろう、そういうあきらかに明らかな恰好をした人達はあまり見なくなった。(ただし、みんなある時期にあるものを同時に持っていることがすごい多いような気がする。全員マルジェラのタビシューズ履いていたり、ある時にグッチのバッグをみんなで持っていたり)

学生相手だとそれなりに限界が見えてるようで、最近はその手の投資マンションをエアビーみたいに使ってる人達も結構いて、中国人の旅行者がそこに滞在している。金曜の朝などに本当によく見かけるが中国人ファミリーがスーツケースをガラガラ引っ張って高層マンションに消えていく光景がある。そして、なぜか、月曜の朝になるとマンションのごみ捨て場に大量の枕が捨ててあるのである。たぶんであるが、安い枕を調達して、滞在中はそれを使い、帰る際に、ごみ捨て場に捨てていくのであろう。時々、ごみ捨て場に入りきらない布団の山やら枕の山を見かける。

正直、同じイギリスにいながらも、極端な街の発展具合に驚くとともに、人種的に、ほとんどイギリス人がいないという不思議な地域があるというのを私は知った。

つぶれたパブだって、地元の人がもう少し通ったりしていれば、あんなに早くなくなることもなかったのにな、とも思ったが、そうやって言ったら、「パブになんか行く人はあの辺には住んでいない。中国人はパブ行かないだろ。」とビッグさんに言われた。確かにそうである。

そして中国人がかなり多い駅前から約20-30分程度大人の足で歩くと今度は、80年代くらいにかなり多く拡大した日本人ばっかりいる街というのが出てくる。朝、その辺を歩いていると一日に一回くらいは、家の中から「xxちゃん、お父さん起こしてきて」とか、「早くしないと学校行く時間になるわよ」などという日本語が聞こえてくるのである。

ビッグさん曰く、駅前及び中国人留学生などがたくさん住んでいるマンション群は昔は工業団地や工場が多かったという。もしくは倉庫、くずを捨てに来る人達がたまる場所などなど。お世辞にもあまりに治安はよくなく、結構有名な連続殺人事件が60年代にあったが、被害者がこの地域に遺棄されていたなどといういきさつもあり、殺伐とした印象がある地域だった。そのあと、ちょっと地域は違うが、日本人が増え、日本の企業や学校などが入るようになったという。

そして、地域に集まってくる人も昔は圧倒的にアイルランド人、そしてイギリス人のワーキングクラスの地元の人が多かったというが、今は肉体労働で集まって来るのはだいぶ人種が変わってしまって、アイリッシュやイギリス人のワーキングクラスは減ったなと言ってる。確かにビッグさんが一緒に働いている人達も今はアイリッシュなどよりは、エストニアやリトアニアと言ったところの出身の人や中央ヨーロッパやスペイン、ポルトガル人とだいぶ広範囲になってきているという。

同じイギリスでもロンドンでも地域によってこんなに違うのか、と思わされることが住んでいて、非常に多い。そして、この地域をもっと北に行くと、ロンドン最大のインド系コミュニティがあり、「えっほんとにロンドン?」というくらいの大きな街が出現する。

一重にイギリスとかロンドンとか言っても、なんだかまちまちで全然別の国みたいになってしまうところが、まあ、多様性というところなのかな。まあ、いろいろ考えさせられることが多いけど。







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