見出し画像

それってオワコンですか?

ある日のこと、何気なくX(旧ツィッター)を覗いていたら、衝撃的な(私にとって)ポストをみかけた。正直、このポストは私の脳天を打ち砕くにふさわしいポストだった。

イギリスの新興スーパーマーケットF社で、日本のとあるウェハースチョコレートが、なんと2.5ポンドで売ってた、というポストだった。

何がなんだかわからないので、細かく、書いていくが、まず、売ってるものは世界的に流通しているチョコレートウェハース菓子である。もともと日本のブランドのものではないが、世界的展開をしており、その会社の日本支社は日本人に合わせたフレーバーで、そのチョコレートウェハース菓子を作っている。例えばであるが、抹茶味、イチゴミルク味、中のウェハースを全粒粉で作った麦芽味、英国紅茶風と謳ったミルクティー風味などなど。

もともとこの手のお菓子はインバウンドで評判がよく、外国人などが日本土産として自分の国に持ち込んだところから認知度を海外であげることになった。そういう背景もあり、日本からお菓子や食品を輸入する業者のカタログにも必ず商品がラインナップされている。だいたいが、小袋にウェハース菓子が2本並んでいて、パッケージされていて、大袋にその子袋が10から12くらい入っているのが定番で、袋菓子としてお店では並んでいることが多い。

お値段、正直、だいたい市価で出回っているのは5ポンド真ん中から6ポンド程度である。日本円にすると900円から1000円程度。主に売っているところは、日本食スーパー、アジア系のスーパーマーケット、時たま品揃えがたくさんあるイギリス系のスーパーのアジア食品のコーナーなど。日本円にすると高いと感じられてしまうと思うが、正直、現地の感覚でも5ポンドというとそれなりにお値段がするお菓子に感じられてしまう値段である。

私は日本食品関連で働いているので、だいたい、この手の商品の値段は高いと感じてしまうが、正直、値付けとしては間違っていないというのはわかる。いろいろな人の手を経て、それなりの労力を使って、イギリスまで持ってきて、それからのコストを考えれば、妥当なお値段であるのは間違いない。

持ってくる方法は何点かある。まあ、一般的にはだいたいが、海外販売の拠点となる現地の問屋さんをメーカーが指名して、そこに輸出入をお任せするというのが一般的だと思われる。だいたい問屋さんはカタログというのを持っていて、それを客に配り、商品の注文をまとめ、コンテナーにしたてて持ってくるのが一般的。問屋さんの客が例えば大手のスーパーマーケットチェーンで、チェーン店全部に商品を置きたいなどという場合は問屋さんを通さずチェーン店の元締めと直接日本のメーカーが、なんてこともあるようではあるが、だいたいは問屋さんを通すような気がする。そして、だいたい世界的に有名な日本食品を持ってるブランドやメーカーは、だいたい欧州拠点があり、そこが問屋ビジネスも兼ねるということが多い。(ウェハースチョコレートくらいの大手になると、割に海外輸出などをしたいという話に関してもそれなりにノウハウがある会社なので、輸入をしたいと問い合わせると、だいたい「xx箱からならご協力します」などと言ってくれることもある。)

問屋さんはイギリスにも結構ある。そしてカタログを充実させるためには自社やその関連の商品だけではなく、問屋さんに商品を卸している日本の食品会社もそれなりにあるので、そこの商品を乗せることになる。

そして問屋さんのカタログから商品を買い付けする場合、問屋がとる分、もともと輸入した会社(商品卸の会社)の取り分、お店の取り分が乗るから、それなりにお値段がかかることには間違いはなく、その分が乗っているから輸入商品は「高い」と感じられることが多い。

じゃあ問屋さんを通さないで、とか、直でとなるといろいろめんどくさくなる。問屋さんの信用がないといくら安くていいものでも、見向きもされないのが欧州。ぶっちゃけ全部紹介でビジネスが決まっていくところがあるから、そんなに簡単ではない。輸出入や食品コンプライアンスに関しての知識はやはり問屋さんの方があるから、商品の供給はスムーズに行く。

ということで、だいたいイギリスなどで流通している日本の食品は問屋さんを通していることが非常に多く、商品のラベルを見てみれば、だいたい決まった問屋さんの名前が書いてあるから、なるほど、ということで。

じゃあ、どうしてF社はそんなに安価でチョコレートが売れるんだって話ではある。これはある種からくりがあって、輸入元は、売れると思って買った商品でも思ったより売れなくて、倉庫にある。注文がかからず倉庫にずっと置いておけば、倉庫代だけがかさみ賞味期限が迫ってくる。倉庫代、コロナ禍以降一気に値上がりし、合わせて倉庫に払う電気代などの諸経費も一気に値上がりした。昔なら、2,3年置きっぱなしの在庫があるわーなんて会社もあったらしいが、最近はそうもいっていられなくなった。そして、最近は会社によっては、賞味期限ポリシーがあり、賞味期限半年を切ってる商品は社内ルールで買い付けできません、などと言う問屋やお店が増えてきたので、賞味期限がだんだん短くなってくると、どうやって始末をするかを考えないといけなくなる。余裕なんか、売る方も買う方もない。

となると、もう、賞味期限を気にしない業者に言われるがまま安価で買い取ってもらう、もしくは賞味期限切れに近い商品だけ集めているブローカーがあるから、そういうところにほんとにスズメの涙の価格で引き取ってもらう。

かくして、F社のようなどちらかというとインディペンデントに近く、新興で大手問屋さんと実績があまりない会社が、棚を埋めるためにこの手のお菓子などをたくさん買って棚に置き、別のものを買いに来たお客に次いでに買ってもらうのが一番よいわけで。

イギリスのスーパーマーケットの事情を書いてみると、まずだいたいが、まあ、トップ6ー7社くらいでほとんど占められている。イギリスプレミアリーグのサッカーではビッグシックス(マンチェスターシティ、マンチェスターユナイテッド、トッテナムホットスパーズ、リバプール、チェルシー、アーセナル)というのがあるが、それとほとんど同じである。だいたいもう決まったところがある。

2番手グループというのが一応ある。2番手と言われているグループで一番有名なのはリデルとアルディであろう。両方ともヨーロッパ大陸発祥のスーパーマーケットで、独自の商品供給網を持ち、比較的安価(従来のイギリスのスーパーより全然安い)で品質もよく、郊外に大きな店舗を構えており、買い物もしやすいという利点があり、ここ15年くらいでものすごい売り上げを伸ばしている。

が、最近の物価高、なども影響して、リデルとアルディも以前ほど「すごーい安い」ということはなくなった。「ちょっと安い」程度になってしまっている。

なので、最近は過去のリデルやアルディのポジション狙いの中小のスーパーマーケットチェーンが数店舗出てきてるという背景がある。だいたい地価の高い地域を避け、ある程度安めの地域で人口が多いところに出店している。

なので、このチョコレート菓子についてのツィッターを見てみると「家の近所にない」とか「ちょっと行かないとお店みつからないけど、行って見ます」みたいなリプライやポストを見ることが多かった。まあ、だいたいのポストが「そんなスーパーマーケットチェーンがあるの知らなかった」と書いてあったが、私もそうで、この投稿を見て初めて「こういうお店があるんだね」というのを知った。

正直、日本の食品の輸出入に携わっている身としては切ないポストであるし、こういうのが拡散されれば、私が普段売ってる商品はもっと売れなくなる。なので、ツィートしないで、と言いたいが、そうではないこともわかっているので、しょうがない。こればっかりは本当にしょうがない。

私がよく「居酒屋割烹問題」と心の中で呼んでいる問題がある。

前に勤めていた会社でイギリスに駐在で来ていた方がいた。高級趣味の方でとてもでないが付き合い切れないという感じの人だった。語録の固まりのような人で「あのね、靴はね、30万の靴3足一遍に買うの。そうすると手入れして20年は持たすから一年でね、そんなにコストかからないから」と言って靴に一遍に100万つぎ込んでしまうような人だった。

この方が接待をするとなると、だいたい結構よいお値段のフランス料理やらイタリア料理などのお店を指定するのが常だった。接待の相手は日本人で日本食でもいいんじゃないでしょうか、というと「あのね、イギリスの日本料理なんてね、居酒屋の料理で割烹くらいのお値段取られるの。経済的に理に合わないよ」と言われるのが常だったから、私は余計なことは言わないことにしていた。

居酒屋の料理なのに割烹くらいのお値段、これ昔はしょうがない話だった。お店を構えるコスト、人件費、材料調達費などを考えるとどうしても海外で
日本食のレストランをやると、どうしてもそうなってしまう。(今はレベルもあがり、居酒屋割烹する店はだいたいなくなってしまったので、こういうことはなくなったが。)

食通と称する人達だったら、あの料理やお店のレベルでこの値段というのがあるから、日本食レストランを避けていたのだと思うが、居酒屋割烹という言葉が非常に厳しい言葉で私の心の中ではいつまでも残っている言葉である。

ウェハースチョコレートもどちらかというと庶民的なお値段でみんなで楽しみましょ、というお菓子であるから、そこまでのお値段はつけていないし、コマーシャルなども比較的庶民的な線を狙ってきている。だけれどもイギリスで輸入品として買うならどうしても高級品の価格になってしまう。

昔はそれでもなんとはなしに買う人はいたと思う。もの珍しさで買ったり、これがあれば、多少高くても子供も喜んでくれるに違いないなどと言った面で買う人も多かった。(まだ駐在手当などがたんまり出た時代の話で、ロンドンに三越や伊勢丹があったころの話。)

しかし、だ、今は誰が正規の値段で買うのさ、と言ったところであろう。一時期はインバウンドでたくさん中国人などがいたからそういう人達がお金を落としてくれていたが、インバウンドも減ってきているし。

となると、だいたいの日本から労力かけて輸入したお菓子なんか、そうそうたくさん売れるわけない。正直、そんなのはもう、今の言葉で言えば「オワコン」なのである。

それも私はわかってるから、嬉々としてチョコレートを2.5ポンドで買ったという報告をXでしてくださってる方全員にDM送って「そういうのやめて」とかとも言えないのである。

まあ、日本から労力かけた割には報われないというのがわかってる人達は、最近、生産コストが安い国に工場を作り、そこで生産したものを欧州で供給するというビジネスに注力しているし、問屋さんもOEMなどで、輸入のコストがなるべくかからない商品を作って流通させたり、お店に卸すのではなく、ウェブビジネスで売るなどというスタイルに変換していたりということも増えているので、正直、そうそう簡単にイギリスの日本食とは何の縁もゆかりもないところで、安価で日本から輸入されたお菓子が買えるというということはそうそうないとは思ってはいるけど。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?