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No.10 "be careful"- 注意深く : エド・ロバーソン

注意深く

エド・ロバーソン

わたしは注意深くなければならない これらのものに。
木目の薄い楢。雪の中で絶え間なく間を詰めて追ってくる
足跡に怯えて丘に逃げ込んだおとなしい
ハイイログマたち。冬の湖の罠にかかった
硬さ。    鹿 また 鹿
氷に目を押し付け見上げている
魚の背骨の上を横切る。眠っている。崩れ落ちていくか細い蛇口の音が
聞こえる極度の静寂の中にいる
熊のように。わたしは注意深くなければならない
あまりに野生の高揚感でなにも揺るがさないように。瓶に
詰めてしまわないように脆い山々を紙の薄さとはいえ。
雪崩や霧や空の鷲も。
穏やかな荒野にわたしは配置しなければならない危うい
言葉を。岩のように。たった一つの雪をかぶった誤りもなく。


"be careful"
Written by Ed Roberson
Translated into Japanese by Keiko
©All right of the translation reserved


【翻訳メモ】

理系の素養が全くないので、数学的・物理的・科学的な視点で物事を見ることができる人には、この世界はどう見えているのか、とても興味があります。
科学者でしかも文学者・詩人(あるいは詩人のような感性を持っている人)なんて人は、うらやましくて仕方がありません。
宮沢賢治とかファーブル、レイ・ブラッドベリ(科学者ではないかな)…

エド・ロバーソン(1939年~)はそのような科学者でしかも詩人(詩人でしかも科学者、とするのが正しいのかも)です。
幼少のころは画家を志し、高校時代には詩を読み始めとてものめりこんでいたようですが、ピッツバーグ大学では陸水学(Limnology:科学的な手法によってあらゆる内陸水/inland watersを調査・研究する学問)を専攻します。在学中は研究アシスタントとしてアラスカやバミューダ諸島への調査旅行のほかに、友人たちと共に多くの場所をモトクロス・バイクで旅し、卒業後もアマゾン・アンデス山脈を探索したり、アフリカにも足を延ばしました。

科学的視点、旅で見聞したもの、労働者としての生活(在学中も大学講師になった後も製鋼工やドライバーの副業もこなしていました)、アートに対する情熱、黒人であること、歴史、政治…わたしは彼の詩すべてに目を通したわけではもちろんないですが、これまで彼の物してきた詩は、これらを”経験”してきた他の誰でもない”彼自身”の言葉を紡いでいるようです。
例えば、自然は神がかったものではなく、人間も含め生き物は地球という循環の中で生き、そして死んでいく、といったような。誰かの代弁ではなく、彼自身が見て体験してきたものから得た想いと視点です。

80歳を超えた今、精力的で多作な彼は10冊以上の詩集を発行し、多くの賞を受賞し、稀有な存在の詩人として大成しています。

"be careful"は、ロバーソンが詩人として活動を始めた最初期の作品です。
「これなら訳せるかも」と思わせられたのは、まだ若かった彼が素直に見聞きしたものと率直な感情が、多くの技巧と多様な思考で見えにくくなってしまう前の作品だからかもしれません。
また、「これなら訳したい」と思ったのは、エコロジスト然としているわけでなく、ただ、雪深く、音が雪原に吸い込まれていってしまう、静寂と冷たく冴えた空気の中の生き物の営みが描かれているように感じたからです。また、ほんの少しの音や振動で雪崩が起きてしまう、自然の均衡が崩れてしまう…そんな中をそっとそっと進んでいる小さな人の息遣いを感じることができるような気がしたからです。

外へ出て、目の前で起こっていること、足の下で起こっていること、遠くの山中で起こっていること、空の中や雲の上で起こっていることを見て、聞いて、嗅いで、体感して、知る…考えすぎてしまう前に。そんなことが、なんだか最近は贅沢とすら思えてしまいます。
(とんでもなく余談ですが、私は、田んぼや畑でやっている焚き火の匂いが大好きです。少なくとも雨は降っていなくて、秋か冬で空気が乾い澄んでいて、周りに建物が密集していなくて、自然の中で、…という条件が大抵一緒にあるからかもしれません。それにしても、いい匂いです。パチパチいう音もいいです。)

ロバーソンは2つの言葉を組み合わせて造語したり(彼の詩の専売特許のようになっています)、言葉の配置で横に読んでも縦に読んでも詩になる作品など多彩な技巧を凝らしたり、多作でテーマも多岐にわたるので、わたしは他の作品はとても太刀打ちできそうもないです、今のところ…(今回も、公開するのは非常に大それたことですが…)しかし、これからももっともっと読んでみたい詩人です。

原文はこちら****************

be careful

Ed Roberson

i must be careful about such things as these.
the thin-grained oak.    the quiet grizzlies scared
into the hills by the constant tracks squeezing
in behind them closer in the snow.    the snared
rigidity of the winter lake.    deer after deer
crossing on the spines of fish who look up and stare
with their eyes pressed to the ice.    in a sleep.  hearing
the thin taps leading away to collapse like the bear
in the high quiet.   i must be careful not to shake
anything in too wild an elation.    not to jar
the fragile mountains against the paper far-
ness. nor avalanche the fog or the eagle from the air.
of the gentle wilderness i must set the precarious
words. like rocks. without one snowcapped mistake.

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2023年最後の投稿になります。
読んでいただいて、ありがとうございます。
来年も、細々と、続けていけたらよいなと思っております。

では、よいお年を。
Keiko

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