見出し画像

作戦立案や幕僚活動はコンサルと同じ? 自衛官が民間企業でも役に立つ理由〜前半〜(no.6)

今回は、航空自衛隊に在籍した後、外資系メーカーで勤務する吉田太郎さん(仮名)が登場。パイロットを目指して入隊したものの、体の不調で飛行機に乗ることができなくなったという吉田さんが、その後どうキャリアを積み重ねていったのか。また、自衛隊でどのようなことを学んで行ったのかなどを伺いました。

プロフィール
吉田 太郎さん(仮名)
現職:外資系メーカー勤務
自衛隊在職時最終役職:航空自衛隊3等空尉

パイロットになりたくて、目指した航空自衛隊

――本日はお忙しい中、退職予定自衛官、元自衛官のキャリアを考えるインタビューにご対応いただきありがとうございます。まず、吉田さんの経歴を教えていただけますか。

吉田さん: 私は大学卒業後、民間企業へ就職し、2年間勤務していました。ただ、子供の頃から空が好きで、将来はパイロットになることを志していました。

大学卒業後も、空を飛ぶことを目標に置いていたのですが、就職活動時期はリーマンショックと震災の余波で、そもそもの官民問わず就職口がかなり絞られてしまいました。結局、民間航空会社、自衛隊、海保などの試験を受けたのですが、いずれも残念な結果になってしまい……。なんとか内定をもらった企業の中で、一番自分の希望のキャリアの分野に近い企業を選び、就職しました。

それでも「パイロットになりたい」という夢が捨てきれず、景気回復に伴い操縦士の採用数が復活してきたときに、もう一度パイロットとして働ける企業や組織に再挑戦してみたんです。そこで、航空自衛隊の自衛隊幹部候補生試験を受験合格し、入隊をしました。

――自衛隊幹部候補生学校はいかがでしたか?

吉田さん: 航空自衛隊幹部候補生学校では、航空に関する幹部の素養や知識を得る以外に、様々な経験をさせてもらいました。たとえば、海上自衛隊の江田島研修や、戦史追研究するため摺鉢山を見学する硫黄島研修、普天間基地や嘉手納基地見学をする沖縄研修、新田原基地で実部隊に参加する内務班生活研修などを行いました。下の写真は硫黄島研修の時の写真です。

吉田さん 硫黄島研修

――卒業後の仕事内容は、どんなものだったのでしょうか?

吉田さん: 私は飛行要員採用だったため、卒業後は、操縦士学生として山口県防府北基地に赴任しました。操縦士としての在職時の仕事内容は、下記のようなスケジュールでした。

・6時に起床し、教官室の鍵開けとコーヒー作り
・早い時には7時には離陸
・その後は操縦訓練、座学、英語の勉強等で拘束
・21時頃に隊舎に戻り、食事や洗濯等を早々に済ませ、自習
・24時頃就寝

操縦士は、幹部といえども学生の身分でしたので、訓練を受けることが職務です。そのため、管理も厳しかったですね。ただ、飛行訓練を始めてしばらくしてから身体を壊して、操縦士罷免となってしまい……。その後は、術科学校の区隊長、補給部隊の小隊長を務めました。

――「パイロットになりたい」という夢が閉ざされてしまったのですね。

吉田さん:そうなんです。ショックでした。ただ、その後は、術科学校で区隊長の仕事を任されたのですが、「直前まで教わる側だった人間がいきなり教官になるとも不思議な感じだな」と思っていたのですが、幹部候補生時代、操縦学生時代に思っていた「自分ならではの教え方」を実践出来たのはとても楽しく、充実した勤務でした。

自分で工夫できる部分が多かったのも、魅力でしたね。例えば、術科学校は、教育細則に合わせた教育が求められているため、原則教える時間や内容は、事細かに決められています。ただ、私が教える学生たちの世代は自分のPCを持たず、スマホ、タブレットで代替している世代でした。それにも関わらず、教範では「情報保全の課目で、ファイル共有ソフトのWinnyは使っちゃだめだ」という内容を教えていました。でも、彼らは「Winny」自体を知らないので、まず「Winny」の説明からしなくてはいけませんよね。こうした現実に即していない教育内容を改め、「今でいうTwitter,TikTok等のSNSを使ってはいけない」という風に転換させるなど、工夫していました。授業内容の変更も学校長に意見具申をしてました。

――スケジュールはどんな感じだったのでしょうか?

吉田さん:区隊長時代の勤務のスケジュールは、以下の通りです。

・7時に出勤
・7時20分に命令下達
・8時朝礼、その後は自分の受け持つ授業までは授業の準備や学生の評価などの書類業務、午後に授業を実施
・17時の終業

終業後は、早ければ17時30分には帰宅できていたので、操縦士のときよりはワークライフバランスは保てていたように思います。

まずは「自分の軸」を探して、ブラッシュアップした履歴書を作るべし

――パイロットの夢が立たれた後も、仕事は充実していたのに、なぜ転職を考えたのでしょうか?

吉田さん:パイロットになる手段の一つとして自衛隊に入隊していたため、「自衛隊でパイロットとして勤務できないのであれば、別の道に進もう」と自衛隊を退職し、自身の飛行経験を活かそうと考えました。まずは渡米し、民間企業で使える飛行機免許と無人航空機の免許を自費で取得しました。その資格や経験を買われ、無人航空機のメーカーに無事に再就職し、テストパイロットや国外企業へ部品の発注業務を担当するようになりました。その会社で1年半ほど働いていまですが、外資系メーカーに転職オファーを頂き、現在は現職に転職してちょうど約1年になります。

画像2

渡米した際のアクロバット飛行体験時の写真

――再就職時の就職情報収集、スケジュール、準備活動等必要だったと思います。どのように準備されましたか。

吉田さん:情報収集はインターネットを中心に、まずは転職エージェントや転職サイトに登録しました。書類等の準備は、新卒時の民間企業への就職のときの貯金があったため、そこまでしていませんでした。

私が学生時代に就職活動をした時期はリーマンショックと震災の余波で、ここ10年で一番就職状況が酷い時期だったこともあり、いまでは考えられない程の買い手市場でした。そのため、就活時期は、厳しい選考を勝ち抜くため、3年生夏のインターンシップ選考から参加してトライアンドエラーを繰り返し、ブラッシュアップしつづけた履歴書や職務経歴書を既に作り上げていたんですね。だから、再就職時の履歴書作りに関しても、その土台の上に、自衛隊時代の経験を継ぎ足しさえすればよかったので、そこまで苦労はしませんでした。

――吉田さんは履歴書作りがお上手だったということですね。どんなことを意識すると、職務履歴書をブラッシュアップできるのでしょうか?

続きをご覧になりたい方は、下記にて公開しています!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?