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にくずく肝#食べ物に例えないでよ 

#食べ物に例えないでよ  シリーズ第2回は「にくずく肝」です。
第1回「サゴ脾とハム脾」はこちら↓

にくずくって何?というところから肝臓の血管支配まで、盛りだくさんな内容になってしまいました。
時間があるときに読んでみてください。

※以下の記事には動物の内臓の写真が出てくるため、苦手な方は閲覧を控えてください。

ニクズク(ナツメグ)

ニクズク(肉荳蔲)とは、インドネシア原産の植物です。
果実は5〜6cmほどの大きさで洋梨のような形をしています。果肉を取り除くと、紅色で網状の仮種皮に包まれた種子が1つ入っています。この種子から皮を取り除いたもの(仁)が「ナツメグ」と呼ばれ、スパイスや生薬として用いられます。

ニクズク(Myristica fragrans)のイラスト
©︎Franz Eugen Köhler, Köhler's Medizinal-Pflanzen, Public Domain, via Wikimedia Commons
ナツメグ(ニクズクの種子)の断面
©︎2005, Charles Haynes. Nutmeg, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

といいつつ、筆者本人も、ニクズクの樹木や果実そのものを実際に見たことはありません。
(ハンバーグに入れると美味しいスパイスだよね、くらいの知識しかありませんでした)
ニクズクは熱帯の植物なので、日本国内での栽培は温室でもない限り難しいようです。調べた限りでは、京都薬用植物園では栽培されているとのこと。一度でいいから見てみたいですね……
種子だけなら、「ナツメグ ホール」などの名称で、製菓材料として売っているところもあるようです。

にくずく肝

慢性うっ血肝の肉眼的な見た目は、ニクズクの種子(ナツメグ)を割った様子に例えられ、「にくずく肝」と呼ばれます。
実際の写真を見ても、赤っぽい領域と黄色っぽい領域がくっきり分かれていて、複雑に入り混じった模様になっており、ナツメグの断面とよく似ています(前項の写真と比べてみてください)。

ナツメグ肝の肉眼像
© 2019, Ignacio Fortea, J., Puente, Á., Cuadrado, A., et al. Postmortem example of the classical “nutmeg” liver with centrilobular congestion in CH,  CC BY-3.0, via  IntechOpen
参考:牛の肝臓(正常)
By Reinhard Thrainer via Pixabay

正常な肝臓は、新鮮な牛レバーなどを思い出していただければわかる通り、色はほぼ均一な褐色です。

もっと知りたい

なぜ、慢性うっ血肝はこのようなまだら模様になるのでしょうか?
それを紐解くために、肝臓の構造や血管支配についてお話ししていきます。

肝臓の小葉構造とは?

肝臓は、細かく見ると、同じような構造(小葉構造)が繰り返されています。
構成要素としては肝細胞(肝細胞索)、中心静脈肝三つ組(小葉間動脈、小葉間静脈、小葉間胆管の3本の管が通っている)です。

ヒトの肝臓(HE染色)
©︎Unknown, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

ぱっと見でわかりやすいのは「肝小葉」という構造です。組織学などを勉強したことがある方の中では、一番馴染みがある構造ではないでしょうか。
肝細胞が、中心静脈を中心に、放射状に配列して、ほぼ六角柱のような構造になっていることからそう呼びます(古典的肝小葉、解剖学的肝小葉とも呼ばれます)。
「肝小葉」は、中心静脈から近い順に、「小葉中心部」「小葉中間帯」「小葉辺縁帯」という3つの領域に分けられます。

肝臓の構造-1

一方、「門脈小葉」という考え方もあります。これは、見た目というより機能的な構造で、肝三つ組を中心に、中心静脈を頂点にした三角形のエリアです。
これは、ある肝三つ組の小葉間動脈・小葉間静脈から供給された血液が、中心静脈に向けて流れていく様子を表現したものです。

また、「機能的腺房(細葉)」という考え方もあります。これは、隣り合った中心静脈と、肝三つ組とを結んだひし形のようなエリアで、肝三つ組に近い順に「Zone1、Zone2、Zone3」の領域に分けられます。
肝臓の機能や酸素濃度について述べるのに便利な考え方で、この後の話にも関わってきますので、ぜひ覚えておいてください。

肝臓の構造-2

ざっくりと違いや使い分けをまとめると、

  • 肝小葉」は、顕微鏡レベル(病理組織学的検査)での病変の分布を表すのに便利

  • 門脈小葉」はある肝三つ組の小葉間動脈・小葉間静脈から供給された血液が、中心静脈に向けて流れていく様子を反映したもの

  • 機能的腺房(細葉)」は、肝臓の機能や血液に含まれる酸素の量を反映したもの

となります。


肝臓の血管支配は?

肝臓のうっ血を説明するためには、肝臓における血液の流れについて理解する必要があります。まずは大きく、臓器単位の血液の流れについてです。

肝臓には、肝動脈門脈から血液が流れ込みます。肝動脈から来た血液と門脈血は混ざり合って肝臓の中を流れ、肝静脈から出て行きます。
この、血液を供給する血管が2種類あるというのが肝臓の大きな特徴です。

肝臓の血液支配

多くの臓器(例:腎臓、消化管など)は動脈から酸素が豊富な血液<動脈血>を受け取り、代謝の過程で出た要らない物質や二酸化炭素は静脈を介して送り出します(静脈を流れる酸素濃度の低い血は<静脈血>と呼びます)。
ところが、肝臓は、肝動脈から動脈血を受け取るだけでなく、胃・小腸・膵臓などの消化管から出てきた栄養豊富な静脈血<門脈血>も集めてきます。なぜそんなことをするのでしょうか?
消化管を通ってきた血には栄養も多く含まれますが、食べ物由来の有害成分、細菌なども含まれるかもしれません。肝臓は物質の合成、代謝、解毒、異物の除去などの機能を持っており、有害な物質が全身に広がらないようにしてくれているのです。
(言い換えれば、肝臓は病原体や中毒物質などによる攻撃を受けやすい臓器であるとも言えます)

肝臓の中で血液はどう流れるのか?

次に、肝臓の中に入った血液はどう流れていくのかを見て行きましょう。
前項でも述べましたが、肝臓には肝動脈と門脈から血液が流れ込みます。肝動脈は枝分かれしながら細くなり、小葉間動脈となります。門脈も同様に、小葉間静脈となります。

ここで、「肝小葉」の図に出てきた「肝三つ組」を思い出してください。
※病理の本には「グリソン鞘」と書かれていることもありますが同じものです。
肝三つ組には、小葉間動脈、小葉間静脈、小葉間胆管の3本の管が通っていますが、このうち2本が肝臓に入ってきた血管に由来するわけです。

肝三つ組(グリソン鞘)

小葉間動脈と小葉間静脈は、肝三つ組で互いに吻合しつつ、類洞(他の臓器では毛細血管に相当する)に血液を供給します。つまり、類洞の中では動脈血と門脈血が混ざり合って流れています。
類洞を流れた血液は、中心静脈に集まります。中心静脈は、他の肝小葉から出てきた中心静脈と合流して太くなり、最終的には肝静脈となって肝臓を出て行きます。
ここまでの流れをまとめると下図のようになります。

肝臓の中における血液の流れ

ちなみに、胆汁の流れる方向は血液と逆です。肝細胞で作られた胆汁は、毛細胆管を通り、肝三つ組エリアの小葉間胆管に集まって、肝臓から出た後は胆嚢に集まります。

肝臓の小葉構造における血液の流れと酸素

さて、ここで少し視点を変えて、小葉構造における血液の流れを見ていきましょう。
肝臓の小葉構造の単位で見ると、血液の流れる方向は、

  • 機能的腺房(細葉)」の中で考えるなら Zone1→Zone3

  • 肝小葉」の中で考えるなら 小葉辺縁帯→小葉中心部

です。表現が違うだけで同じことを指しているのが、次の図を見ていただければ分かると思います。

肝臓の小葉構造における血液の流れと胆汁の流れ

血液の流れを考えるのは、肝細胞に届く酸素の量を考えるために必要だからなのです。Zone1(小葉辺縁部)の肝細胞には栄養や酸素が豊富な血液がたくさん届くのですが、類洞を流れるにつれて栄養や酸素が消費されるので、Zone3(小葉中心部)には酸素含有量が少ない血液しか届きません。ちょっと擬人化した表現ですが、Zone3の肝細胞はいつもカツカツで頑張っているということになります。
さて、もし肝臓全体が酸素不足に陥ったらどうなるでしょう?常日頃から少ない酸素で何とかやりくりしているZone3の肝細胞が、真っ先にダウンしそうですよね?実は、肝臓が慢性的にうっ血すると、この状態になってしまうのです。

肝小葉内の酸素量(イメージ図)

前置きが随分長くなってしまいましたが、次の項からは「にくずく肝」に繋がる病態、「肝臓のうっ血」について改めて考えてみましょう。

肝臓のうっ血

にくずく肝は、「慢性うっ血肝」でみられる特徴的な肉眼像である、と冒頭でご説明しました。
うっ血とは、静脈系の灌流障害(何らかの理由で、うまく流れていかない)が起こることにより、静脈や毛細血管が拡張してしまった状態です(漢字で書くと「鬱血」)。
身近な例では、指輪をはめたまま寝て、翌朝になって指がパンパンに腫れて指輪が抜けなくなった……というのはうっ血です。

慢性うっ血肝の原因としては、右心不全が多いです。
肝臓を出た血液の流れとしては、肝静脈→中心静脈→後大静脈を経て心臓の右心房に戻るのですが、右心系のはたらきが悪いと、この流れがスムーズに行きません。血液が肝臓から流れ出たいのに、その先が渋滞しているので出るに出られず、立ち往生してしまうイメージです。

肝臓のうっ血のイメージ

肝臓のうっ血では、心臓に戻るはずの血液(静脈血)が肝臓の中に滞留してしまうので、静脈系の血管が拡張して肝臓全体のサイズも大きくなります(肝腫大)。
静脈血は、組織に酸素や栄養を渡してしまった後の血液なので、動脈血より酸素が少ないです。そのため、肝臓は酸素不足になります。

ここで、「肝臓の構造」を思い出してください。肝臓でうっ血が起こると、真っ先に酸素不足の影響を受けるのはどこでしょうか? そう、中心静脈周辺(Zone3、小葉中心部)です。
うっ血が生じると、中心静脈やZone3の類洞に、血液が充満して拡張します。この状態が長く続くと、Zone3の肝細胞はずーっと押し潰されて弱ってきます。さらに、新しい血液がなかなか来ないので酸素も足りなくなり、最悪の場合、肝細胞が死んでしまいます。
これを病理学の用語で表現すると、「小葉中心性のうっ血、類洞の拡張、肝細胞の萎縮・壊死」などになります。肉眼で見ると、この領域は血液を多く含むため、赤っぽく見えます。

慢性うっ血肝に伴う変化(イメージ)

一方、肝三つ組周辺(Zone1、小葉辺縁部)はどうでしょうか? この領域の肝細胞は、比較的酸素を多く含む血液(動脈血)に触れる機会があるため、中心静脈周辺より影響は少ないと考えられます。
とはいえ、長くうっ血の状態が続くと、この領域の肝細胞も影響を受けます。細胞が死ぬまでは行かないけれどそれなりのダメージを受けて、何とか適応しようとした状態、すなわち「変性」です。慢性うっ血肝では、「小葉辺縁部の脂肪変性」がよくみられます。肉眼で見るとこの領域はやや黄色っぽく見えます。

この、Zoneごとの色の違いが、にくずく肝の複雑なまだら模様を生み出しているのです。赤く見えるところは中心静脈周囲、黄色っぽく見えるところは肝三つ組周囲というわけです!

おわりに

にくずく肝の説明をしようと思ったら5000文字近く使ってしまいました。「ナツメグみたいだね〜」で終わらせるのも勿体無いかなと思ったので、たっぷり解説してみましたが、いかがでしたか?

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参考文献


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