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X Talks 7.4 - 共に育ち、育む

前回は、与えられた環境の中でベストを尽くすことによって、過去を変えることもできるということをうかがいました。そうした努力の中で大切なのは、「こいつと一緒に働きたい」と思ってもらうような人になること。自分を全部変える必要はありません。あなたなりの姿勢で努力すれば良いんです。

さて最終回は、これまでの経験と得られた資格を生かして栗原 学先生が目指していることをうかがいます。


「挑戦」から「教育」のフェーズへ

--:では最後に恒例の質問です。栗原先生にとって獣医学とは?
 
栗原:僕にとっての獣医学は、ここまでは ”挑戦" でした。これからの僕にとっての獣医学とは、"教育" です!
 
--:人生のフェーズが変わったということですか?
 
栗原:はい、ここまでの僕にとっては、獣医学って挑戦だったんです。レジデントに応募するのも、色々な試験を受けるのも、それから会社を作るのも。米国獣医画像診断専門医の資格を取ったので、欧州獣医画像診断医も取ろうと思います。二次試験に合格してヨーロッパの資格も取れれば、挑戦のフェーズは終わりです。
 
前田:ヨーロッパの画像専門医資格も取るんですか?!
 
栗原:(アメリカ専門医を取ったので)2回の試験に受かれば取れるんです。難しい1次試験は合格したので、あとは2次試験です。難しいですが、やってみます。
 
--:画像診断専門医として、それ以上はありませんよね。欧米両方の資格を持っている専門の獣医師はどのくらいいるのですか?
 
栗原:たぶん世界に50人くらいだと思います。アメリカの画像診断専門医が1000人くらいで、日本人では僕以外に3人います。欧州の専門医は、取れれば僕が日本人としては初めてです。

もちろん、その後も専門医としての挑戦は続きますが、人生のフェーズとしては教育の段階に移行します。今まで僕が切り開いてきた茨の道を、次は踏み固めてくれる人たちを育てていきたいです。
 
前田:以前対談した福島先生(福島建次郎 獣医師/米国獣医内科学専門医)も、栗原先生と同じように「若い人たちのレベルを上げていきたい」ということをおっしゃいました。「すごいな~」と思ってました…(笑)。
僕自身は「教えたい、後進を育てたい」みたいなことはあんまり強い熱というのはなくて…。とか言っちゃうと「大学教員が何を言ってるんだ!」って怒られちゃいそうですけど(笑)。僕にとってのモチベーションって、自分の興味を突き詰めたいという気持ちが強いんです。
 
そこからスタートして、同じように興味をもってくれる人と一緒に深掘りしていきたいなあと。一緒に考えたりディスカッションすると言う形が、僕の性に合うというか、個人的にはとても好きです。栗原先生や福島先生は僕とは違って、もっと獣医業界全体を見ているような感じがして、すごいなあって思っちゃいます。
 
栗原:(福島先生も)たぶん海外にいらっしゃったからだと思います。僕もよく思いますが、人って自分が教えられたようにしか教育できないんですよ。なので、上(恩師や先輩)から学んだことをそのまま伝える…。
 
僕もそういう風に教わっているんです。「どんどんこの知識を広げて行け」とか「こうやって人を教育しろ」と教育されてきたので、それ以外の選択肢がなくなるんです。海外のレジデントを経験した人は、基本的に教え方もだいたい同じやり方になるんだと思います(笑)。
 
良い教育を受けた人は、それ以外の教え方を知らないので自分が受けた良い教育を「しちゃう」んです。それが続いて行けば、僕が目指しているような、動物も飼い主も獣医師も、動物看護師さんも周りの人たちもみんな幸せになる環境ができるんじゃないかなと思っています。
 
何年先になるか分かりませんが、そういう環境の実現をお手伝いしていけたらいいなと思っています。だから、ここまでは獣医学とは挑戦でした。これからは教育にシフトしていきたいです。


教育は、みんなが幸せになる後世に残る「橋」づくり

--:挑戦から教育に変わりますが、その先にあるのはみんなの幸せなんですね。
 
栗原:そうです。獣医になった理由は、動物が大好きだからです。大好きな動物を通して、人は幸せになれると思っています。動物好きにとって、動物がいない人生って考えられますか?
 
動物が大好きだということを「みんながそうなってほしい」というわけではありません。ただ、僕と同じように動物が大好きな人が、“その子”とできるだけ長く幸せな時間を過ごしたいとか、もっと別の動物も迎えたいとか、そういう事のお手伝いをするのが僕らの仕事だと思っています。
 
それに教育って、惜しみないんです。教える時に、「何かを返して欲しい」とは全く思いません。僕に返すより「下の世代に教えて」って言います。それが、僕が一番やりたいことだし。そっちの方が、なんか良いじゃないですか。
 
--:奥義の伝承という感じですね。
 
栗原:ずっと残る橋を造って行くようなイメージです。100年とか300年とか残る大きな橋ってあるじゃないですか。作った人の名前は残らないことが多いと思います。でも、そこに橋は残って、みんなの生活が便利になっているんです。そんなイメージが、たぶん僕が考えている教育です。
 
前田:「栗原橋」とは名付けないんですね(笑)
 
栗原:名付けません!(笑)。もし僕が「これは栗原橋だぞ!」とか言っていたら、全力で殴ってください(笑)。「どこの誰がやったかは分からないけど、このおかげで便利になった、みんなが幸せになったよね」というのが、本来の教育だと思っています。
 
--:色々お話を聞いてきましたが、「獣医療を通じてみんながハッピーになってほしい」ということが栗原先生の目指すところなんですね。前回の藤原先生(藤原亜紀 准教授:日本獣医生命科学大学)の時にも話題になりましたが、画像診断という分野は子育て中の獣医さんがハッピーに仕事を続けられる道でもあるんでしょうか?
 
栗原:そうですね。画像診断医というのは、働く場所に制限されないという最強の武器があります。ZOOMなどのTV電話もありますし、インターネットさえ繋がれば、どこでも働けます。
 
あと、依頼する側の獣医師が感じるストレスも減らせるんです。獣医さんにとって、診断できないストレスって大きいんです。飼い主さんは、動物の調子が悪いから(動物病院に)連れて行くわけです。でも獣医師も原因が分からない時ってあるんです。そんな時は、飼い主さんも動物も、獣医さんもストレスを抱えます。
 
例えば「これはがんです」と言われると、ある程度はあきらめがつくと思うんです。でも、何故か分からないけれど死んでしまうって言われたら「何とかしてあげられないか」って思うでしょう。飼い主さんにとっては、金銭的にも精神的にも負担が大きくなります。

そこに専門医の目が入ることによって、「この病気は診断がつくものなのか、専門医でも分からないものなのか」、ということがわかるだけでも飼い主さんや獣医師が少しは安心できるんじゃないかと思います。


共に育つ "教育"

--:前田先生は "教育" というコトバがあまり好きじゃないと以前おっしゃっていましたよね?
 
前田:そうですね。教育というコトバから「上から教える」っていうニュアンスが感じられて、実はあまり好きではないんです。
 
栗原:なるほど。
 
前田:僕は「一緒に学ぶ、一緒に考える」というようなスタンスが好きなんです。
 
栗原:僕が作ったLIVES(※)という会社でやっている "SAVES" というオンラインサロンのテーマもそれです!専門医と一般診療の獣医さんが、共にレベルアップできるような環境づくりを目指しています。
※League of International Veterinary Educational Specialistsの略で、国内外における獣医師の繋がりを拡大し、獣医療に関する技術・知識の向上を目指す活動を行う。

15年くらい前は、アメリカ専門医って日本に数人しかいませんでした。とにかく専門医の意見は絶対!みたいな感じで、「はは~、(専門医の先生の)おっしゃる通りです」って感じだったんです。でも僕は、専門医ってもっと身近な存在であるべきだと思ったんです。

僕の人生のテーマは「明るく気さくな専門医」なんです。それを友達に言ったら、「それなら明るく気さくなところは既にクリアしてるんだから、後は専門医になるだけでいいじゃん」って言われました(笑)
 
一同:(笑)
 
栗原:(一次診療の)獣医さんが診て分からないから、僕ら(専門医)のところに症例が紹介されて来るわけです。紹介してくれた獣医さんに対して、「何でこんなことが分からないの?」みたいなことを言っちゃう専門医が昔はいたんです。
 
僕はそういう雰囲気を変えたいと思ったんです。せっかく自分のところに相談してくれて、最終的に診断がついたら、みんなハッピーじゃないですか。専門医はもちろん動物も飼い主さんも、最初に診てくれた獣医さんも。もちろん手遅れになってしまう場合もありますが、少なくともその(依頼してきた)獣医さんの勉強にはなるはずなんです。
 
--:それも教育の一環ですね。
 
栗原:はい。(依頼してきた獣医師にとっては)「こういうことが分かっていなかったから、診断がつかなかったのか」という気づきにつながることもあります。専門医にとっても、色々な症例を診ることはとても勉強になるんです。僕が目指す教育も「専門医が一方的に教える」というものではなくて、「一緒に成長する」プロセスなんです。
 
--:「一緒に成長する」となると、画一的で一方通行なコミュニケーションでは難しそうですね。
 
栗原:100人いたら100通りのやり方があって、すごく難しいと思います。それから、とにかく時間がかかるんですよ。自分が持っている知識をカスタマイズして届けないといけないんです。ただ知識を与えるだけだったら「教科書読んどいてね」で良いんですが…。

中には「教科書読んどいてね」の方が良い人もいると思います。でも、それではできない人もたくさんいます。僕の場合は画像診断ですが、まず、その分野を好きになってもらうのが始まりだと思います。早い段階で面白さに気づかせてあげる必要がある人もいます。画像診断って、難しいんだけど、でも楽しいんです。それを共有できる仲間をつくりたい、という想いを持っています。
 
でも確かに "教育" っていう言葉には、前田先生がおっしゃるように言葉としては「上から下に教える」みたいなニュアンスがあるかもしれないですね。コトバってムズカシイ。でも日本語だと教育以外の言葉がなくないですか?
 
前田:僕は「共に育つ・育む」と書いて「共育(きょういく)」という言葉にしたほうがいいんじゃないかって提唱してるんです。
 
栗原:それ、いいですね!!今度から使わせてもらいます!(笑)
 
一同:(笑)

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画像診断を通して、"3人のおじいちゃん" をはじめ様々な出会いに恵まれた栗原先生。難関であるアメリカの専門医資格を取得されるまでには、様々なご苦労があったと思います。それを乗り越えて来られたのは、縁を大切にする気持ちと与えられた運命を受け入れて、その中で最大限の努力をする姿勢でした。

これは学生さんだけでなく、誰にとっても、また、何をするにおいても大切な姿勢だと思います。そして、栗原先生の目指すのが動物はもちろん、飼い主さんも獣医さんも、看護師さんなど周りの方々も「みんなハッピー」な世界というのは、イチ飼い主としても非常に共感する対談でした。

VET X Talksでは、これからも様々な角度から「獣医学研究はおもしろい!」ということを分かりやすくお伝えしていきます。次のゲストも、最先端の研究や臨床に携わる専門家をお迎えする予定です。ご期待ください。

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