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X Talk 6.1- 呼吸器疾患に悩む動物たちを救いたい!

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。6回目のゲストには、東京都武蔵野市にある「日本獣医生命科学大学(日獣大)」の藤原亜紀准教授をお迎えしました。藤原先生は「アジア獣医内科学専門医」として動物たちの治療を行いながら、臨床研究と大学院生・学部学生の教育にも携わっておられます。
 
東京大学の大学院時代は、このシリーズのホストである前田真吾先生と机を並べ、共に博士号取得をめざした同期だそうです。当時の研究テーマはイヌのリンパ腫。現在は、イヌとネコの呼吸器に関する多くの症例を分析し、診断・治療に役立つツールの開発に取り組んでおられます。
 
初の女性ゲストということで、これまでとは少し違った視点からもお話を聞くことができました。4回にわたってご紹介します。



たくさんの動物たちを救うために

--:藤原先生は臨床研究に熱心だとうかがいました。前田先生も同じですが、藤原先生も臨床だけでなく、研究だけでもなく、どちらにも携わっておられるのはなぜですか?
 
藤原亜紀先生(以下、敬称略):臨床だけだと、目の前の子(動物)しか助けられませんよね。臨床現場で「おかしいな」と思ったことを解決して、自分が直接診ていなくても、世界中で同じ病気に苦しんでいる子たちを助けるための研究が大切だと思います。特に私の分野は論文数なども限られているので、環境の整った大学で研究を続けています。
 
--:具体的には、どんな分野ですか?
 
前田真吾先生(以下、敬称略)今は呼吸器をやってるんだよね?
 
藤原:そうそう、今は呼吸器疾患がメインテーマです。呼吸器って、消化器や循環器に比べるとマイナーな分野なんです。日本では、大学で動物の呼吸器を研究している人は5人もいません。論文もほとんど出ていないんです。

--:海外ではどうですか?

藤原:海外の論文は少しありますが、日本とは人気のある品種が違うので罹りやすい病気も全然違うんです。特にイヌの場合、病気の種類や頻度が(犬種によって)かなり違います。
 
「この犬種に、こういう病気が多い」というのは、経験則でしかありません。科学的な検証が必要です。取り組んでいる研究が論文化されれば、ほかの獣医師にとっても診察がしやすくなるだろうと思って始めました。
 
前田:疫学ってことだよね?疫学調査は臨床研究の出発点だし基本だけど、意外と軽視されている気がするね。
 
--:イヌとネコの呼吸器疾患では、基本的なこともよくわかっていないのですか?
 
藤原:そうです。「どんな病気がどんな品種に多いのか」という基本的なデータも日本にはありませんでした。その情報を集めることからスタートして、それについてはイヌもネコも調査がだいたい終わりました。


一次診療に役立つツールづくり

藤原:呼吸器の場合、診断のためには全身麻酔をかけて鼻や気管に内視鏡を入れることが多いんです。麻酔にはリスクがあります。それから、設備が整った施設が少なかったり、費用の問題もあったりするので、すべての飼い主さんが選択できるわけではありません。

そのような状況なので、一次診療で診断に役立つツールづくりに取り組んでいます。非侵襲的な検査だけである程度の診断ができる、アルゴリズムのようなモノを作っています。「こういう場合は腫瘍が隠れている可能性があるから、大学など精査ができる施設に行って麻酔をかけて検査した方が良い」など診断予測モデルのイメージです。

前田:非侵襲的な検査というと、レントゲンとか?
 
藤原:レントゲンもだけど、咳や鼻水が「いつから、どんな感じで出ているか」とか、臨床徴候も重要だね。
 
前田:なるほど、症状や稟告はたしかにめちゃくちゃ大事だね。
 
--:飼い主さんへの聞き取りということですか?
 
藤原:呼吸器疾患は問診がすごく大切です。例えば「鼻水が出ます」って飼い主さんがイヌやネコを連れて来たら、「いつから、どんな色の鼻水が、右左どちらから出ているのか。くしゃみなど他の症状もあるのか」とか、かなり細かく聞きます。そうした詳しい情報を、今は私の頭の中にある診断予測モデルに当てはめています。
 
問診の結果、必要だと判断すればレントゲンを撮ったり、超音波で喉を診たりします。麻酔をかけない(非侵襲的)検査でも、だいたいの診断予測はできるんです。ただ、専門でない病院だと「麻酔をかけない検査ではうちじゃ分からないから、大学病院に行ってください」となることが多いんです。

でも、(時間や費用の問題もあり)すぐに大学病院に行く飼い主さんばかりじゃないですよね。予測モデルに当てはめて「大学病院に行った方が良い」という結果が目に見える形で出れば、連れて行く飼い主さんも増えると思います。
 
--:二次病院が近くに無かったりすると、「しばらく様子見で…」となる場合もあるかもしれません。二次病院を受診する動機づけとしても、診断モデルは役立ちそうです。“ツール”というのは、色々な症状を選んでいくと診断が導き出せるようなモノですね?
 
藤原:そうです。YES・NOで選んでいくイメージです。呼吸器の場合、「この病気は、こういった臨床徴候が出る」といった情報もほとんどないんです。今は経験値で診断しているので、科学的にデータ化すればみんなの役に立つと思います。消化器や腫瘍などと比べると、まだ本当に基本の段階ですけど…。カルテを数千頭分集めたりしています(笑)
 
前田:今は、勘に頼っているの?
 
藤原:そうだね。その勘が正解なら良いんだけど、科学的確証がないから証拠を見つけなきゃ。
 
--:それがあれば、一次病院で「専門医の診断を受けた方が良いです」とか、「このような処置をしましょう」などの判断ができると同時に、飼い主さんも理解しやすそうです。動物も飼い主もハッピーになるツールですね!
 
藤原:そうなると良いですね!そのほかの研究としては、肺や鼻の細菌叢を調べています。最近は腸内細菌がよく話題に上りますが、呼吸器にも細菌叢が報告されています。

腸内細菌は便をとれば調べられますが、鼻や肺の場合は簡単ではありません。全身麻酔をかけて検査をする時に、検体も採取して細菌叢と病気の関わりを調べています。


他分野との連携の大切さ

--:100%理想的な職場というのは難しいと思いますが、今はハッピーな環境なのですね。
 
藤原:そうですね。やりたいことを100%仕事にできる人って、たぶんいないと思うんです。好きなことをやるためにちょっと我慢しなくちゃいけないとか、希望しない仕事をすることもあると思います。でも、今は一番したい臨床ができています。

--:症例をたくさん集められるという点で、大学で臨床をするのが理想的ななのですね?

藤原:それだけでなく、他の先生方に助けて頂けるというのも大切です。私の仕事には他の分野の協力がとても必要です。呼吸器の場合、心臓の疾患が関係するケースがあります。そうした疑いがあるときに、循環器の先生にすぐに診てもらえるのはありがたいですね。鼻腔や喉頭などの腫瘍が関係することも多いので、すぐに放射線治療をしてもらえるなど、連携しやすい環境で働けているのがありがたいですね。

--:同じ病院に信頼できる先生方がいるのは大きいですね。

藤原:そうですね。それ以外には、学外の交流も大切です。呼吸器疾患はまだ専門とする人が少ないので、呼吸器を専門としている学外の先生方との情報交換にも助けられています。それから、臨床にも研究にも理解がある東大時代の先輩・後輩・友人にも、色々と協力してもらっています。

いずれにしても、「すぐに臨床現場に還元できそうな分野で何かできないかな」といつも思っています。

できるだけ多くのイヌやネコを呼吸器疾患から救うための研究を続けておられる藤原先生。「診断ツール」ができれば、動物たちや飼い主さんが救われると同時に獣医療全体の確実な進歩にもつながりますね。藤原先生の研究結果が発表されるのが待ち遠しいです!

さて次回は、獣医学研究と臨床におけるジェンダー問題を考えます。VET X Talksでは初めての話題です。まず、藤原先生ご自身の経験談を聞いてみようと思います。

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