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X Talk 4.4- “共育”に大切な「知る」と「分かる」

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。4人目のゲストとして、岐阜大学の前田貞俊先生をお迎えして
います。

前回は「自分で考える」姿勢の大切さという、人生にも役に立つお話が聞けました。最終回の今回は、「知る」ことと「分かる」ことの違いと言う、またちょっと哲学的なお話から、テクノロジーが結んでくれる出会いについて語っていただきます。


時代に合わせた分かりやすさ

--:最近は、考えることを省略する傾向が強いのでしょうか?
 
前田貞俊先生(以下、貞俊先生)課題を与えられた時、学生さんはまず、何を解決しなければいけないかを考える必要があります。「この部分に問題がありそうだ。まずここを明らかにしないと次のステップに行けないな」というような。昔の学生は、10分くらい考えると、ある程度それができていた印象があります。
 
今は、それができない傾向があります。じっくり腰を据えて、問題を深く考えることに慣れていないようです。大学の低学年のうちに、そこに気付かせてあげないといけないといます。
 
前田真吾先生(以下、真吾先生)“正解”を(すぐに)求めちゃうんですよね。
 
貞俊先生:今が情報化社会というのは分かるけど、何でこういう傾向になってきたのかな?前田君はどう考えてる?
 
真吾先生:コスパ(コストパフォーマンス)とかタイパ(タイムパフォーマンス)にとらわれすぎなのが一因ではないでしょうか。
 
貞俊先生:なるほど。じゃあ、今の時代は難しいことを分かりやすく簡単に伝えることが大切なんだろうね。池上(彰)さんがテレビで人気なのは、そこが理由かもしれないね。研究の楽しさや大切さも、「時代に合わせてわかりやすく」若い人に伝えることが必要ってことだね。なるほど…、その一環がこれ(VET X Talks)ってことなんだね(笑)
 
真吾先生:そうですね(笑) これはコスパはよくはないかもしれませんが…(笑) 草の根活動です。


「知る」ことと「分かる」こと

貞俊先生:でも、「自分で追求したい!」という欲求を(学生に)持たせるのも大切だよ。今は知りたいと思ったら、簡単に知れちゃうから。で、知った気になっちゃう。
 
真吾先生:そうなんですよ。僕もそのことについて最近よく考えます。「知る」と「分かる」って、混同しがちですけど、実は全然違いますよね。
 
「知る」って、Googleで検索したり、今ならChatGPTで質問すればだれでも簡単に知った気になれます。一方で「分かる」っていう状態は体験をともなう必要があるんじゃないかなって思うんです。

例えば、世界中の観光地もググればすぐに写真が出てきて「こんな場所なのね」と知った気になれます。でも、実際その場所に行かないと味わえない“温度”や“湿度”、“空気”があるはずです。だから真に理解するという意味での「分かる」というところまでいくには、ある程度の労力と時間が必要なんじゃないかと。
 
貞俊先生:なるほど…。たしかにそうだね。僕の場合、「知る」と「分かる」の違いを考えるきっかけをくれたのは学生だな~。例えば「なぜこのアトピー性皮膚炎の症例にアポキル(JAK阻害剤)を使うの?」って聞くと、最近の学生はキーワードだけ言う傾向があるんだよね。痒みがあるから、とか、アトピーだからですとか。
 
それが「知ってる」だけっていう状態なんだよね。その背景を理解する、というトコロには至ってないんだよね。「痒みがあるのはこういう作用が原因で、それを阻害するためにこの薬剤をこうやって使う」というようなところを “理解”しなくても、どう対処すべきかは「知ってる」。これも情報がすぐ手に入る環境になったからだろうね。
 
真吾先生:そうですね。たしかにキーワードだけ覚えるっていうのは、情報化社会の弊害なのかもしれません。もうちょっと言うと、受験勉強の弊害でもあるかもですね。これからAIが発展していったら、この傾向はもっと加速していくのかもしれませんね。
 
個人的にAIの一番の弊害は「AIがその答えを出すまでのプロセスがブラックボックスになっている」というところだと思っています。もちろんAIと共存してうまく活用していけば、ものすごい効率化ができると思います。一方で、人間はどんどん考えなくなってしまうような気がしていて…。前田先生は思考のトレーニングについて、今後どうしていけばいいと考えていますか?
 
貞俊先生:方法の一つは、海外の医学教育にヒントがあると思うよ。かなり昔から、PBL (Problem-based Learning)というやり方が導入されていて、これがすごくいいんじゃないかと思う。例えば、「高熱の患者が緊急搬送されてきました。臨床データは、こんな内容です。あなたなら、この後どのような対応をしますか?」という課題が出る。色々調べていいから、学生が自分で考えて解決策を提案することが重要視されている。
 
--:まさに、「なぜ?」というところを自分で「考える」。つまり理解する = 「分かる」ためのプロセスですね。
 
貞俊先生:もう一つは、獣医学って比較生物学ですから「何で種によってこの違いが生じるの?」っていうシンプルな疑問を大切にしてほしいとも思います。学生とは、色々な角度からディスカッションすることも大切にしています。
 
先日、Cell*というジャーナルに「トナカイの角はなぜ再生スピードが速いのか」という論文が載ったんだよ(Sinha et al. Cell 2022; 185(25):4717–36)。角と背中に傷を付けて修復の過程を観察すると、角は瘢痕形成せずに治癒することが分かったんだって。この研究の出発点はトナカイの角だったんだけど、出口としてはヒトに瘢痕形成させずに(傷を)修復させる治療に繋がるんだよ。すごくおもしろいよね。だから、観察って大事なんだよね。
(* ライフサイエンス分野における世界最高峰の学術誌)
 
観察して、「何でこういう違いが起こるんだろう?」っていうシンプルな疑問を大切にする。それを「まぁ、どうでもいいんじゃない?」とうやむやにせずに、突き詰めていくのが大事だよね。


テクノロジーが結ぶ建設的な出会い

貞俊先生:今の学生たちがすごいと思うのは、そういう刺激を与えていくと、“グーッ”と成長するのが分かる。その成長スピードって、我々の時代では見られなかった速さだよ。素晴らしいものがある。
 
--:そこには、情報化社会の良い点があるかもしれないですね。
 
貞俊先生:そうですね。
 
真吾先生:さっきは情報化社会のネガティブな面の話になりましたが、当然、良い面もたくさんあるわけです。研究の楽しさを知ってもらうには好都合だと思います。僕の研究室に来てくれる大学院生はほとんどが外(東大以外)からですので、情報発信は大切です。Twitterも始めましたが、おもしろいですよ。
 
貞俊先生:若者と繋がれるのは良いのかもしれないね。
 
真吾先生:会ったことがない人と知り合いになることもあります。獣医師の先生だけでなく、研究者も結構Twitterをやっていて、医学の先生から興味をもって頂くこともあります。実はTwitterがきっかけで共同研究をやるようになった先生が何人もいます。
 
貞俊先生:へ~、意外!僕はまったくやってないんだど、思いがけない出会いや共同研究への発展もあるんだね。
 
真吾先生:すごい業績のある先生からメッセージを頂くこともあります。意外に、イヌやネコに興味をもっている(医学)研究者は多いんだなと感じます。うまく使えば、良いツールだと思います。
 
貞俊先生:僕もやろうかな(笑)さっきも言ったけど、とにかくMedical Science(医科学)分野の研究者とコラボレーションできる機会を常にうかがってるんだ。
 
--:20年をかけて実現に至ったトランスレーショナルリサーチセンターと、手軽に世界と繋がれるインターネットテクノロジー。それが融合することで、可能性はさらに広がりそうですね!スピードが大事とおっしゃっていましたが、新大陸での宝さがしが加速することに期待しています!
 
貞俊先生:期待してください!


前田貞俊先生にとって、獣医学研究とは

--:では最後に、前田貞俊先生にとって「獣医学研究とは?」を教えていただけますか?
 
貞俊先生:そうですね…。僕にとっての獣医学研究は、比較生物医学を通じて、愛情、情熱、執着心の大切さを教えてくれるもの、ですね。
まだまだこれから。パッションを燃やして走り続けたいと思います!

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前田貞俊先生のエネルギッシュな話しぶりから、ご自身の信じるSharing Medicineを粘り強く追及してこられた情熱を感じることができました。おふたりの対談からは、今の時代に軽視されがちな、じっくり考えることの大切さを改めて認識することもできました。
  
最後に貞俊先生が、真吾先生との出会いを振り返っておられました。「あの時、僕は助手だったよね?『あれやりたい』とか『これやりたい』ってアクティブだったな。学生にもいろんなタイプがいるから面白いよね。だからやっぱり、色んな経験をさせてあげるのは大切だなと改めて思うよ。」
 
私の学生時代は遥か昔ですが、“色んな経験”にはこれからも挑戦していきたいなと、改めて思いました。"新大陸"にはたどり着けなくても、止まったらつまらないですから。

VET X Talksでは、これからも様々な角度から「獣医学研究はおもしろい!」ということを分かりやすくお伝えしていきます。次のゲストも、最先端の研究に携わる専門家をお迎えする予定です。ご期待ください。

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