X Talk 4.1- 獣医学がヒトの病気を治す
Season4は、そんな旧知の“マエダ・マエダのおふたり”に、獣医学研究の目指すべき道について語り合っていただきました。ざっくばらんに、でも熱く。
“トランスレーショナル” というアプローチ
前田真吾先生(以下、真吾先生):前田先生、お久しぶりです!最後にお会いしたのはコロナ前でしたね。久しぶりに膝を突き合わせてお話しできてワクワクします。変わらずエネルギッシュでお元気そうですね。うれしいです!
前田貞俊先生(以下、貞俊先生):元気ですよ!前田君の活躍も聞いてます。早速だけど、うち(岐阜大)に「One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター」ができたのは知ってるよね?
真吾先生:はい!メチャクチャ良いと思います!
貞俊先生:“トランスレーショナル・リサーチ(*1)”って、一部の獣医学研究者がやりたいと思っていたことだけど、ようやく色んな研究者に少しずつ浸透してきた気がするね。医学の先生とか、薬学の先生とか。
でも、前田君は知ってると思うけど、実は昔からやってたんだよね。研究がなかなか創薬につながらなくて注目されなかったけど、ようやく光が当たってきたと感じてます。
真吾先生:僕は(前田先生の影響もあって)トランスレーショナル・リサーチの可能性はすごくあると思っています!
貞俊先生:そう言ってくれる研究者はあんまり多くなかったよ(苦笑)。状況が変わったのは、「もっと実用化(≒創薬などヒトの臨床に役立つ結果)を目指した研究をやりましょう」という意識が高まったことだね。「研究に始まって研究に終わる」のではなく、「出口(≒ 目的)を明確にしましょう」となったことで、理解が高まってきたんだと思う。
--:良い方向に向かっているわけですね?
貞俊先生:ただ、今でもその言葉(トランスレーショナル)から研究者が想像するのは、マウスやラットなどのげっ歯類(を使った研究)だと思います。人間の治療に活かすには、もっとヒトに“近いトコロ”で研究しないと、治験の段階でとん挫しちゃうと思います。
鍵は"自然発症"
--:げっ歯類のデータは、ヒトの治験に“トランスレーション”できないのですか?
貞俊先生:イヌやネコは自然発症で病院に来るわけです。ヒトもそうです。この自然発症というのがとても重要で、人為的に病気にしたマウスよりもヒトの治療につながる可能性があります。
--:これまでも注目されるべきだったアプローチのような気がしますが…。
貞俊先生:イヌのアレルギーを研究していた時、「ヒトの花粉症治療のモデルになりそうだ」と思いました。興味をもってくれた(ヒトの治療に携わる)研究者はいましたが、残念ながら“システム”として成り立つことはありませんでした。
真吾先生:僕は学部生の頃から、「なぜなんだろう?」と思ってました。マウスの研究が(学術的に)高い評価を得るのに、イヌやネコの研究は評価されない…。15年くらい前のことになりますが(笑)
あの頃から、前田先生は今のようなことをずっとおっしゃってましたね。トランスレーショナルリサーチセンターができて「あの頃先生が思い描いていたことがようやく結実したんだ」、と感じました。というか、時代が追いついたんですよね。
貞俊先生:“トランスレーショナル”という考え方が理解されつつあるのは確かだと思う。それでも、自然発症したイヌやネコから学ぶことの意義に興味を示してくれる人はまだ少ない。それに、医学とか薬学といった(異分野との)共同研究って、なかなかうまくいかないんだよ。単発のプロジェクトはあったかもしれないけど、組織的にやる試みは初だよね。
--:自然発症という点で、イヌやネコの研究はヒトの治療にトランスレーションできる部分が多いのですね。
貞俊先生:「イヌではこうでした」から始まって、「この場合はイヌもヒトも共通です。だから、この共通したところが病態の本質である可能性がありますよ」とつながっていきます。
「そこをターゲットにした抗体薬をつくりましょう」となった時、まず(コスト的にハードルの低い)動物用医薬品で承認を得ることから始めるのが、"急がば回れ"で早いと思います。それを予見データとしてヒトの治験に進む、という効率の良い流れが作れるはずです。
生物としての違いも大きすぎるので、マウスで得られた知見がヒトに当てはまらないケースはたくさんあるんです。だから、マウスとヒトの間に、イヌやネコ、それも病気を自然発症する動物で試験することで、橋渡し(=トランスレーション)しましょう、という考えです。
システム化することの重要性
--:今まで成功例はまったくないのですか?
貞俊先生:そんなことはありません。うまくいった例として、網膜疾患があります。遺伝性網膜変性疾患はヒトにもある病気です。アメリカでは様々な遺伝子治療をイヌで評価し、ヒト用の治療薬として上市しています。
真吾先生:そうなんですね!そんな事例があるなんて、勉強不足で知りませんでした。遺伝病の原因遺伝子を探す研究では、犬はすごく注目されていますよね。イヌのヒトに共通する遺伝病としては、原発性線毛機能不全症という病気もあります。イヌの遺伝子解析によって、CCDC39という遺伝子の異常が原因なことが分かりました。それがヒトでも同じだということで、"NatureGenetics"というトップジャーナルに論文が出た例もあります。
遺伝病だけじゃなくて、リンパ腫(血液のがん)に対する分子標的薬では、先にイヌで臨床試験をやって、ヒトの医薬品がスピード承認された例がアメリカにあります。たしか、"イブルチニブ"というブルトンキナーゼ阻害剤だったはず。
経済誌のフォーブスに、“理想的なトランスレーショナル・リサーチ”として紹介されていて、僕が目標にしている研究です。
貞俊先生:というように数は少ないけど、成功例はゼロではありません。でも、これまでは同じ大学に(ヒトとイヌ・ネコについて共通点のある研究を)やってる人が“たまたま”いたなどのケースだと思います。これからは、“システム”として構築し世界的に展開していくことが大切です。
真吾先生:多分(リンパ腫の件は)ラッキーもあったんじゃないかと思います。"ムーンショット(*2)"などで検討していると思いますが、システム化はアメリカでもそんなに進んでないようです。
貞俊先生:イヌの加齢研究がヒトの老化プロセス解明につながるという論文がNature(*3)に掲載されたこともあったね。(動物とヒトを結び付ける研究も)あるんだけど、システム化して実施した研究の成功例は少ないよね。
良いトコロまで行くんだよ。権威があるジャーナルに載るような結果が出る。だけど、その後が続かない…というのが、ここ15年くらい。
Beyond Species:種を越えて
真吾先生:確かにそうですね。
貞俊先生:理由は明快でさ。基本的には、医学側(の研究者)は“ホモサピエンス”と、動物モデルとしてはマウスとラット以外に興味がない!だから、その認識を打破しなきゃいけない。
我々(獣医学研究者)が扱っている内容を、医学研究者に理解してもらうことが必要なんだよ。さらに、「(動物の場合に)分子レベルでどこまで分かっているか」という情報が、研究者だけでなく臨床獣医師のような現場レベルでもすぐに調べられる仕組みも構築すべきだと思う。
真吾先生:先生がずっとおっしゃってきた“Sharing Medicine”ですね!
貞俊先生:そうそう。トランスレーショナル・リサーチのさらに向こう側に行きたいよね。“One Medicine”と“One Health”を明確に社会実装できる考え方に発展させて、“Sharing Medicine”の確立を目指そうと思ってる。
Sharing Medicineというのは「動物医療も医療も、共有できるトコロは共有しましょう。研究段階から最後の創薬まで、一緒にやりましょう」っていう考え方。前田君が提唱している “Beyond Species”も同じだよね。
真吾先生:僕が言っているBeyond Speciesと先生がおっしゃっているSharing Medicine、根底は同じだと思います。比較生物学から始まって、それが比較医学になり、さらに種を越えてOne Medicineになる。
貞俊先生:その次が、Sharing Medicineということだよね。でも(獣医学領域には)お金がないから、具現化するためには色んな問題がある。例えば抗体がないとか、遺伝情報が完璧じゃないとか…。抗体だって、その気になれば1~2か月で作れちゃうんだけどね。
真吾先生:そうですね。お金があれば…。
貞俊先生:スピードもすごく重要!でも、それも人とお金を投入しないといけない。じゃぁ、それをどう確保するか。医獣連携の研究センターを立ち上げることが、そこにもつながると思うんだ。
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