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X Talk 3.1- きっかけは「何となく」

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。三人目のゲストとして佐伯亘平先生をお迎えしました。

佐伯先生は東京大学獣医学専攻をご卒業後、同大学院でイヌの乳がんに関する研究に取り組まれました。その後、東大の動物医療センター・外科勤務を経て、カリフォルニア州のBeckman Research Institute, City of Hopeにポスドクとして留学。現在は、故郷の愛媛県にある岡山理科大学(今治キャンパス)の獣医学部で研究と教育に携わっておられます。

ホストの前田真吾先生とは、東大の動物病院で内科医と外科医として共に治療にあたったこともあります。

前田先生が少し先輩ですが、同世代のおふたりは波長が合うようです。和やかな雰囲気の中、挫折も含めた経験や環境から学ぶ大切さ、“何となく”といった直感に従う姿勢などがざっくばらんに語られます。ベット・クロストークスの3rd シーズンでは、懐かしい思い出から将来の夢までを4回にわたってご紹介します。

内科と外科の同世代コンビ

--:すごく和気あいあいとした雰囲気ですね。
 
佐伯亘平先生(以下、敬称略)一緒に働いていた時代もあります。付き合いは、いつ頃からでしたっけ?
 
前田真吾先生(以下、敬称略)僕が2009年に東大の大学院に来た時、佐伯君は(学部の)学生だったよね。その頃は、「顔は知ってる」というくらい。
 
佐伯:そんな感じですね。大学院でも僕が外科で前田先生は内科でしたから、あまり接点はなかったですね。前田先生は、大学院を出られた後(東大で)ポスドクをされていましたよね。教えていただきたいことがあって、当時いらした放射線動物科学研究室を訪ねたのを覚えています。それが最初だと思います。その後、現在の臨床病理に行かれましたよね。
 
前田:臨床病理の助教になったのは、たしか2015年。もう8年も経つんだね…。
 
佐伯:僕が軟部外科の特任助教になったのが2016年です。それから2018年くらいまでは、病院(東京大学動物医療センター)でも一緒に働きましたね。
 
前田:思い出した!佐伯君が外科に来てから、手術をお願いする時は「佐伯君、お願い」って、いつも投げてたんだ(笑)

佐伯:ビシビシしごかれました(笑)

前田:思い出してきた。外科の特任助教になったばかりで(教員になりたての若手だったので)手術を依頼する内科の先生があまりいなくて。それで僕は積極的に佐伯君にお願いしてたんだった。

--:内科と外科の “コンビ” でお仕事をされていたわけですね。いわゆる “相方”(笑)
 
前田・佐伯:そうですね!(笑)
 
佐伯:研究テーマも共通でしたよね。
 
前田:特に膀胱がんは、もともと外科が研究してたのを「僕もやりたいです!一緒にやってもいいですか?」ってお願いしに行ったよね。
 
佐伯:ですね。だから、リソースの共有もできて良かったです。
 
前田:佐伯君は(外科と内科の間を取り持つ)緩衝材の役割もしてくれた。
 
佐伯:そうかもしれません(笑)
 
--:“外科と内科”と聞くと、小説やドラマの「白い巨塔」のように「部門間の壁があったりするのかな?」と思ってしまいます。東大の動物医療センターは風通しが良さそうですね。
 
前田:大学によってまったく違うと思いますが、東大はかなり良いですよ。
 
佐伯:外科と内科は、信頼して、お願いし合うような関係ですね。岡山理科大学も良いですよ。(研究者が)みんな “ごちゃっ” と集まっていて、何かあればすぐ相談できる雰囲気です。
 
前田:東大もそんな感じです。内科は3つの診療科に分かれていますが、自分の領域じゃない病気については意見を聞きに行けるし、逆に相談を受けることもあります。手術が必要になれば、すぐ外科に相談します。

進路選びは直感も大切

--:佐伯先生のご専門である軟部外科というのは、悪性腫瘍つまり “がん” を診るお仕事ですか?
 
佐伯:はい。研究しているのはずっと腫瘍です。東大大学院の獣医外科では研究テーマが3つあって、そこから選ぶんです。麻酔、再生医療、それから腫瘍です。

--:腫瘍を選んだ理由は何ですか?そもそも外科を選んだのは?
 
佐伯:外科に行った理由は結構あいまいなんです。獣医になった理由もあいまいと言うか…。
 
前田:僕もそうだよ(笑)。案外、雰囲気だったりするよね。そんなことないのかな(笑)
 
佐伯:僕はシンプルに、「獣医さんになりたい!」っていう気持ちで獣医学科を選びました。
 
--:東大の場合、学部卒業後に獣医師にならない方が多いと聞きました。佐伯先生は珍しいケースなのですか?
 
佐伯:はい。高校生の頃は北海道大学に行こうと思ってたんです。「動物のお医者さんといえば北大」というイメージが強かったので。
 
前田:日本の獣医界ではトップのイメージがあるよね。北大って。
 
佐伯:東大の良いところは進振り(しんふり)というシステムがあって、2年生の段階で色んな学部を選べるんです。獣医にもなれるし、そのほかの可能性も探れるので、「東大が良いな」と思うようになりました。そんな少し “フワッとした” 流れで…。実際に進学してみたら、先生方は優秀で面白いし、東大を選んで良かったと思います。
 
その後の研究室選びも、正直なところ特に強い思いはなかったんです。基礎研究にも興味はありましたが「やっぱり臨床でしょ」という気持ちでした。で、「臨床と言えば手術!」、「手術って、かっこいい」って。そんなぼんやりとした憧れだけで、外科を選んだんです。
 
前田:いいねぇ(笑)!「かっこいい」とか「憧れ」って大きなモチベーションだよね。それで外科を選んだんだ。
 
佐伯:はい(笑)。それで、先ほどお話した3つの分野から研究テーマを選ぶんです。当時、東大の外科にいた先生から、「腫瘍をやろうよ」と誘っていただきました。それがすべての始まりです。
 
前田:僕も「何となくここまで来ちゃった」って感じなのは同じだな(笑)
 
佐伯:誤解を招く表現かも知れませんが、 「何となく」ですよね。そもそも、大学院に行くかどうかも悩みました。
 
前田:悩むよね。佐伯君は何で決めたの?
 
佐伯:学部時代に「研究って面白いな」って思ったんです。
 
前田:学部時代は何の研究をしてたんだっけ?
 
佐伯:イヌの乳がんです。そこから研究に興味をもったんですが、学部時代は大したことができませんでした。臨床がやりたくて獣医学部に入ったので、大学院に行くかどうかは悩みました。でも、もう少し(臨床と研究)両方やれる可能性を残そうと思って、外科の大学院に進むことに決めたんです。
 
--:「何となく」という表現ですが、選択肢の中から直感で「これだ!」というものを選んでこられたのだと感じます。進路を決めるにあたっては、頭で考えるのと同じくらい感覚も大切だと思います。
 
前田・佐伯:ほんとに、そうかもしれないです。
 
佐伯:その時の気持ちに素直に従ったという感じです。結果、その選択に後悔はありませんね。

きっかけは好奇心と縁

--:研究のどんなトコロを面白いと感じたのですか?
 
佐伯:「分かっていないこと」を、自分で見つけていくのが面白かったんです。「研究で世界を変えてやるぜ!」みたいなことは、まったく考えていませんでした(笑)。ヒトの研究で分かったことが、「じゃあ、イヌではどうなんだろう?」くらいの感じでした。それでも、「誰も知らないことを見つけていく」面白さがありました。
 
今は「病気を治したい」とか、少し先を見据えた研究に取り組んでいます。あの頃は単純に、新しいことを知るのが面白かったんです。
 
前田:やっぱりそれが(研究の)本質だと思うな。水野先生(山口大学・水野拓也教授)もそうおっしゃっていたし、前回は茂木君(ボストン大学・茂木朋貴先生)とも話したんだけど、みんな、そう言うんだよ。どんな小さな発見も、その時点では誰も知らないわけじゃない。それ(を見つけるの)って、やっぱり快感だよね。
 
佐伯:あー…。たしかにそうかもです。「これは本当なんだろうか?」とか「これって、自分しか知らないんだろうな」っていうことが、(研究の面白さの)根源にあるような気がします。
 
前田:突き詰めれば、それが研究の一番の魅力だと思う。
 
佐伯:「病気を治したい!」といった感情は、自然に生まれてきますからね。“獣医師”という仕事に就けば、そこで出会った問題(=病気)は「解決したい」と思うようになります。

佐伯:ところで前田先生は、研究テーマってどう決めました?
 
前田:学部時代の恩師の先生(岐阜大学・前田貞俊教授)がアレルギーを研究していたので、イヌのアトピー性皮膚炎のテーマをもらったのがはじまりだったなあ。僕も研究者になろうとは当時まったく思ってなかったんだけど、そこで「研究って面白い!!!」って感じて今に至っちゃってる。

佐伯:たしかに、一緒ですね(笑)

--:佐伯先生の大学院時代の研究テーマは腫瘍ですか?
 
佐伯:大学院でも、学部のときと同じくイヌの乳がんです。
 
--:「大したことができなかった」とおっしゃった学部時代の研究を突き詰めたいというお気持ちもあったと思いますが、乳がんの研究を続けようと決めた理由は?
 
佐伯:大学院でのテーマ選びって難しいんです。「乳がんを研究したい」という強い気持ちがあったわけではありません。学部の時に乳がんの研究を始めたのも、きっかけは何だったのかなぁ…。
 
とにかく僕は微小環境がやりたかったので、免疫細胞を調べていました。だから色んな腫瘍を調べたんです。乳腺腫瘍は症例数が多かったので、差が分かりやすくて研究に適しているんです。
 
--:博士論文のテーマも、イヌの乳がんですね?
 
佐伯:それも、“たまたま”な部分が大きいんです。研究室に、文科省(文部科学省)から提供された“阻害剤”のスクリーニングキットがあったんです。新しい治療に使える薬を探すために、がんの薬がひとまとめになっているセットです。申請すればもらえますが、当然、支給されたら使って報告しなきゃいけません。

研究室にあった乳がんの細胞株にそのキットを使ってみたところ、興味深い結果が得られました。博士論文のテーマとして研究することになったのは、そんなキッカケなんです。何かの縁かもしれませんね。

“超絶挫折”の時代

前田:大学院時代に海外留学もしてたよね?
 
佐伯:そうだ!話していると色々思い出しますね。大学院に行ったのは、“がん幹細胞”をやりたかったんです!学部を卒業する頃は、「がんを治す」ことに興味を持っていたんです。大学院に進学した時点でのテーマはがん幹細胞でした。
 
それで、1年の時にエジンバラ大学(イギリス)に留学したんです。獣医学で初めてがん幹細胞の研究をやっていたラボで、論文も何本か発表していました。「勉強したいです」ってメールを送ったら、受け入れてもらえました。
 
--:行動力がありますね!
 
佐伯:若かったんでしょうね(笑)でも、この留学は“超絶挫折”の時代でした。半年くらいでしたが…。
 
--:どんなご苦労があったのですか?
 
佐伯:これこそ、VET X Talksで僕が皆さんに届けたい話です!

ここまでのお話では、順風満帆に思える佐伯先生の獣医学研究人生。この後、壁にぶつかったようです。次回は、「皆さんに届けたい」と言う、佐伯先生の"超絶挫折"時代についてお話を聞きます。その挫折からは、学んだものも大きかったそうです。

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