怪奇回想録①/電話

ご無沙汰しております。
寒くなってきましたが、
皆様は如何お過ごしでしょうか。

私はよく、父方の祖母宅で数々の不思議な体験を
経験しました。
色々と私を守ってくれた今は亡き祖母との思い出を
整理するために、少しずつ体験した事を此処に
書き溜めていこうと思います。
怖いと感じる方も居ると思います。
苦手な方は読むのを、ご遠慮ください。


*****怪奇回想録/電話


 父と母は小さい町の出身で、小さい町の中でいくつかの地区に分かれていた。
それぞれの実家も隣同士の地区で、小学生の私は歩いて両家の実家を行き来していた。
 父方の家は代々大工の家系で、祖母の自宅は戦争でなくなった祖父が親から譲り受けて自分で整備していたと、祖母は話していた。

 家は木造二階建て。
玄関を真ん中にして、右側に六畳二間部屋。左側に台所と居間。そのまま廊下を進んで、浴室・トイレ・六畳の部屋があり、二階に続く階段がある。
二階の階段を上がれば、三つの部屋の扉が見える造りだった。

 私は玄関から入って右側の六畳二間部屋で過ごすことが多かった。
畳二間は襖で仕切られていたが、襖を閉めることはほとんどなく、十二畳を広々と私は使っていた。
一番奥には仏壇がありその上に歴代の祖父母たちの遺影が飾られていた。

 小学校三年生の頃には足の悪い祖母に代わって、玄関にある電話の対応もしていた。
祖母宅の電話は、今ではあまり見かけないダイヤル式の黒電話だった。着信があれば大きい音で「ジリリリリリン、ジリリリリリン。」と家中に響き渡らせていた。

 その日も私は祖母の家で過ごしていた。

ジリリリリリン、ジリリリリリン。

 私は玄関の黒電話に向かって走った。

「もしもし。」
『………。』
「?…もしもし。」
『………。』

話しかけるが無言が続く。
(イタズラ電話だ。)と思い、受話器を耳から離そうとした。

『#$%&*……“#$%&*。』

相手が何かを話し始めた。
上手く聞き取れなかった。

「もしもし?」
聞き返してみた。

『もしもし。』
女の子の声だった。

同級生からの電話だろうかと、疑問を抱きつつ会話を続けた。

「もしもし、聞こえますか。」
『もしもし、きこえますか。』

「どちら様ですか?」
『どちらさまですか?』

何を言っても、女の子は自分と同じ言葉を鸚鵡返しするだけだった。
クラスの女子を次々と頭に浮かべるが、今話している声の持ち主は該当しない。
(変な子だ。きっと、イタズラだ。)と思い、受話器を耳から離そうとした。

『ねぇ。』

相手が問いかけてきた。
直ぐに受話器を耳に近づけた。

『ねぇ、ねぇ。』
「何?」
『おたんじょうびは?』
「?……○月七日。」
『…………。』

一時の沈黙。
何だか空気が重く感じる。
ずっと立っていたせいか、足先が冷たい。


『みぃぃつけたああああああああああああ。』


「⁉︎」

身体がビクリと動いた。
先程まで話していた女の子の声ではなかった。
男性でもない、女性でもない、老人でもない、なんだか色々な声が混じっていて、それらが一つの音になっていた。

今まで聞いた事のない音の主が、自分を探していて、今【みつけた】と言っている。
言い知れぬ事実に恐怖し、受話器を持つ手に汗が出る。
心音が全力疾走した時みたいに速い。

(こわい。)
(探してたの?何で?)
(これ、誰?これ、何?)

様々な気持ちが自分の脳内を駆け巡る。
身体は動かない。
電話を切れない。

(どうしよう……、どうしよう……。)

その間も音の主は喋り続けている。

『いたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいた……。』

気付けば、【みつけた】は【いた】に変わっていた。
掌の汗が増す。
心臓の動きが更に速くなる。

自分は、見付かってはいけない者に見付かってしまったのだ。

(どうしよう……、どうしよう……。)

考えても答えは出せない。

『ねぇ。』
「‼︎‼︎」

急に女の子の声で話しかけてきた。

『いま、なんじ?』

ちらり……と目だけで電話横にある時計を見た。
答えたくないのに、口が勝手に動く。

「四時四十y……

ガチャン……ツーーー…ツーーー…ツーーー…

電話が切れた。
目を戻すと、黒電話の本体に祖母の手が置かれていた。
一気に息を吐いた。
呼吸をする事も忘れていたのだ。

祖母が怒りの形相で私を見ている。

「何と話していた?」

祖母は音の主を【誰】と言わず、【何】と表現した。

「わからん……。」

喉がカラカラして、喉奥が痛い。
やっと、黒電話に受話器を戻す事が出来た。

両手と両わきに、じっとりとした汗をかいていた。


 居間で祖母が淹れてくれた熱々の緑茶を飲んだ。
炬燵がゆっくりと冷え切った足先を温めてくれて、明後日の方向にいた心がゆっくりと自分の中に戻ってきた。

ポツリ…ポツリ…と私は電話のことを話した。
私の話を聞き終わった祖母は、電話の呼び鈴は聞こえなかったと伝えてくれた。
呼び鈴は鳴っていないのに、玄関で話し声がする。
嫌な予感がした祖母が玄関に向かうと、直立不動の真顔で受話器を握る私を見付けたと言う。

 その日から、祖母宅では夕方の四時半〜四時四十五分の十五分間は電話に出ることを禁止された。
あの後も何度か、その時間になると電話は鳴った。
私も祖母も出なかった。

「鳴ってないよ。」

祖母は決まって、私にそう言ってくれた。

*****山中雪子*****

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