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日本の漆器 4大産地 :後編

前回のnoteでは、「日本の漆器 4大産地:前編」として、4大産地のうち「紀州漆器(和歌山県)」と「会津漆器(福島県)」をご紹介しました。


本日は、残り2つの産地、「越前漆器 (福井県)」と「山中漆器 (石川県)」をご紹介いたします。

❖越前漆器

越前漆器は、「ものづくりの街」と呼ばれている福井県鯖江市周辺を中心に作られている漆器です。
その興りは古墳時代の末期に当たる6世紀ごろ・・・なんと約1500年前!

第26代継体天皇がまだ皇子だった頃に、破損した冠の修理を片山集落(現在の鯖江市片山町)の塗師に依頼。塗師は冠を修復するとともに、黒塗り椀を献上したところ、その出来栄えを皇子が絶賛。以降、片山集落を漆や漆器の産地として奨励したのがはじまりだと言われています。

もともと、漆の産地として著名であった越前。ウルシの木に掻き傷をつけながら漆液を採取する「漆掻き」を生業とする職人も多く、江戸時代の日光東照宮建造の際には、大量の漆の採取を越前に命じたとされています。最盛期には国内の漆掻きの大半を越前が担っていたこともあり、漆器の一大産地として名を知られるようになっていきます。

越前漆器の特徴は、漆の落ち着いた光沢と気品ある華やかさです。江戸中期頃までは越前漆器の特徴と言えばその堅牢さにあったのですが、江戸末期になると、京都から蒔絵の技術を取り入れ、輪島からは沈金の技法も導入して華麗な装飾性を帯びるようになりました。

現在では大量生産も可能になり、国内の外食産業用、業務用の80%以上を生産。婚礼などのお祝いごとなどに使用されているほか、菓子器、弁当や重箱、茶道具から日用品としての箸、汁椀までバリエーション豊かな漆器が産み出されています。

■越前漆器紹介サイト


❖山中漆器

山中漆器は、石川県加賀市の山中温泉地区で作られている漆器です。
その始まりは約400年前、安土桃山時代の天正年間。

加賀市山中温泉の上流にある真砂(まなご)という地域に移住した職人集団が、木地をくり抜く技術である「ろくろ挽き」で生計を立てたことから、漆器の生産に発展した、とされています。

江戸時代中期には、湯治客への土産物としてお椀やお盆を販売するなど、温泉とともに発展。京都や会津、金沢から塗りや蒔絵の技術を導入して、独自の技法が発展していきます。

太平洋戦争により一時的に中断した時期を挟みながらも、山中漆器の伝統技法は一貫して高い評価を得ており、全国に「親しみある大衆的な塗り物」として支持される一方、その繊細な木地の加工技術や、優雅な蒔絵の美しさは、一級の芸術品として認められています。昭和30年代からは、プラスチック(合成樹脂)の素地にウレタン塗装を施した近代的な合成漆器の生産にいち早く取り組み、飛躍的に生産量を伸ばして大量生産の時代に入り、現在では伝統漆器と合わせた生産額では全国一番の生産量を誇ります。

その特徴は、やはり木地にあります。

漆器の木地には椀などの丸物木地をろくろで挽く「挽物木地師」、箱物を造る「指物師」、板物を曲げ加工する「曲物師」の3つがありますが、特に挽物木地の分野では、職人の質・量ともに他産地の追随を許さずに国内トップの地位にあります。山中漆器独自の「樅木取り」は、木質の狂いや歪みが少なく、また木地の表面に筋をつくり加飾する「加飾挽き」の伝統技法は、「糸目筋」「ろくろ筋」「びり筋」など50種類ものバリエーションがあり、その美しさもさることながら、滑りを防ぐ実用的な側面も評価されています。

■山中漆器紹介サイト


弊社では陶器・磁器はもちろんのこと、漆器の取り扱いもございます。

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