𝓐𝓘音楽時代の夜明け
ごく一部で話題になっているかもしれないんですが、Spotifyでこのようなプレイリストが発見されました。
一応Spotify公式で作られたリストのようで、名前は「Synthwave Chill」となっています。で、このプレイリストの内容はというと、全然知らないSynthwaveアーティストの全然知らない曲ばかり、それぞれのアーティストを見ていると、2023年に2~3曲ほどリリースしただけでほとんど再生数もない、というような代物。
SpotifyがAI生成の曲を架空のアーティスト名で大量に作ってプレイリストを作っているという噂は以前からありますが、とうとうSynthwaveでもやりはじめた模様です。いかにもAIで作ったような楽曲、AIで作ったようなジャケット、AIで作ったようなアーティスト名と曲名です。
一応このプレイリストの中には、Hotel PoolsやEmil Rottmayer、A.L.I.S.O.Nなどといった実在のアーティストも申し訳程度に含まれています。こうやって申し訳程度に入っているのを見ると、余計に「やっとるな」と思ってしまいます。紛れ込んでいる実在アーティストがChillsynthの第一線級の人達ばかりなので、その他の聞いたことのない名前とのギャップにやはり違和感があります。どうせやるならもうちょっと微妙な知名度の人達を選べば良いのにとは思います。
まあこういうのがあるというのは分かったので、今後は新しい音楽を探索するときはあんまりSpotifyを使わずにほかの配信サービスとかYouTubeとかBandcampとかを横断的に見るのが良いでしょう。とはいえSpotifyは、昔の音楽を探索するにはかなり便利ではあります。おそらく過去の音楽、70年代、80年代、90年代の名曲といったプレイリストにAIによるフェイクを紛れ込ませるというようなことはしないでしょう。それをやったら歴史改竄です。(Synthwaveにしても浅いとはいえ歴史はあるのでフェイクを入れたら歴史改竄かも)
しかしこれ、Spotifyにとっては低コストでコンテンツの量を増やせるという意味でメリットがありますが、ユーザーにとって何かメリットはあるんでしょうか?少なくとも私にとっては何もないです。
このプレイリストの一つの突っ込みどころは、「A.M. Attack」という名前のアーティストです。知らない人のために一応説明すると、Synthwaveの最古参の部類に入るアーティストに「FM Attack」という人がおり、初期のSynthwaveシーンを代表する名前なんですが、しかしFM AttackではなくA.M. Attackがこのプレイリストの中に居るわけです。なんとなくこのリストに入っている聞いたことのない名前のアーティストを見ていると、それは「既存のSynthwaveアーティストの名前を色々AIに学習させたうえでAIに考えさせた名前」なんではないか?と推測できます。AIが考えた「それっぽい架空のSynthwaveアーティスト名」の中にA.M.Attackがたまたま生成されてしまったと。この名前は普通の感覚では架空のアーティスト名というよりパロディですが、AIにはその違いは判らない。そしてSpotifyの担当者もあんまりSynthwaveに詳しくないためか、偶然パロディ的な名前が生成されたことに気づかずそのまま採用してしまった、ということかも。
𝓛 𝓞 𝓕 𝓘 音 楽 ・ 𝓐 𝓘 副 業 ・ 収 益 化
しかしこの調子でAI生成コンテンツが増え続けるとどうなるんでしょうか?今現在でも我々が一生かかっても消費しきれない量のコンテンツがあり、それは増えることはあれど減ることはありません。そこにAI生成でコンテンツが際限なく増えたら我々は一つ一つのコンテンツに費やせる時間は限りなくゼロに近づくんじゃないでしょうか。いったいどうしたもんか?というようなことを毎度思うんですが、そんなことを考えていた矢先にYouTubeを見ていたら「AIにLOFI音楽を作らせて動画もAIで作らせるやり方を解説」といったような内容の動画が目についたのです。気になったのはサムネイルに目立つように書かれた「AI副業」の文字。まあ普段は副業の2文字が出た時点でそんなコンテンツは見ないのですが、なんとなく怖いもの見たさで見てしまいました。内容は実際にタイトルの通りですが、関連動画に出てくる動画も同じようなタイトルの似たような動画ばかりで、そのどれもに「AI副業」「収益化」「スキマ時間」「月10万」などといった言葉がタイトルやサムネイルに含まれています。複数のアカウントがこのような動画をアップしていました。ちょっと覗いてみただけのつもりが恐ろしい界隈に迷い込んでしまったようです。
私が見た一つの動画は、AIにプロンプトを入力して出てきた音楽と動画を動画編集ソフトに読み込んで動画として完成させるというもの。しかし面白いのはその操作の解説が、箸の上げ下げまで指示するかのように懇切丁寧なことです。「次にこのページを開いていただいて、このボタンをクリックしていただきます。そしてこちらをコピーしていただき、ここにペーストしていただきます」といったような感じで妙に丁寧かつビジネスライクな口調で「していただく」というような言い方を多用するのも気になりました。裏にマナー講師でもついているんでしょうか?そんな調子で高齢者に電話越しでATMの使い方を指示するかのような事細かな解説が続きます。
LOFI音楽?
しかしそれよりも気になったのは、「LOFI音楽」ってなんやねん?という所です。どの動画も当たり前のように「LOFI音楽の作り方」などと言ったように書いてありますが、別にサンプリングレートを下げたりビット深度を下げたり高域をEQでカットしたりスピーカーをマイクの代わりにして集音したりというような事が解説されているわけではありません。
この「副業や収益化に興味を持つ人たち」の言っている「LOFI音楽」とは、どうやら「アニメ絵の女の子が机に向かって勉強などをしているシーンがループする動画にぼんやりとした音楽が付いているやつ」という認識のようです。要するにLo-Fi Hiphopの事を言っているようです。なぜLo-Fi Hiphopと言わずにLOFI音楽と呼ぶのか、正確な理由はわからないですが、なんかWikipediaの事をWikiと呼ぶような適当さを感じます。
私はこないだ書いた記事の中で「ジャンル警察みたいなことはやりたくない」と書いたばかりですが、しかしこのLOFI音楽という言い方は何とも気になってしまいます。Lo-Fi Hiphopとは言い切らずにふわっとした感じで誤魔化したいということでしょうか。私もこないだ書いた記事で「2024年のインターネット音楽」というめっちゃ雑なふわっとした分類をしてしまったので人のことは言えないんですが。
「LOFI音楽」で検索すると、このようにやはりAI、副業とか収益化というワードが関連付けられています。そっち方面の人たちの業界用語みたいな感じになってるんですかね。
まあ一言でいえば、LoFi Hiphopが「LOFI音楽」と名前を変えられて、何かしらのビジネスの商材になっている模様です。
実際に「LOFI音楽」についての記事を読んでみました。当たり前かもしれませんが、記事の内容のほぼ100%がAI生成されたコンテンツでした。AIで作った音楽とAIで作った画像で動画を作り、それを紹介する文章をAIに書かせる。本当に最小限の労力だけで作られた、徹底的に合理化されたコンテンツ。実際にそれを目の当たりにすると、「コンビニに買い物に来たら店員も客も全部マネキンだった」みたいな感覚を味わえます。
書かれているのは紛れもなく日本語で文法の破綻もない自然な文章ですが、ほとんどが何の意図も感じられない不思議な文章で水増しされています。ビジネス文書の例文集だけを見ながら書いた文章のような当たり障りのなさ。日本語の文法とビジネス文書のマナーだけを完璧にマスターしたチンパンジーに書かせたような文章。同じような文章、同じようなイラストが繰り返され、さらにそのような記事が複数作られていました。
他の音楽にあまりない特徴かもしれませんがこの「LOFI音楽」は、なぜか効用を前面にアピールします。その効用というのは「集中力向上」とか「リラックス効果」といったもので、まるでサプリメントのような扱いになっています。これはおそらく元になっているLoFi Hiphopの有名なYouTubeチャンネルのタイトルにある「relax/study to」というのを拡大解釈して取り入れたのではないかと思われます。
しかしこのLOFI音楽を作っている人たちの語り方を見ると、まるでLOFIという言葉に「ヒーリング」とか「デトックス」とか「アロマテラピー」のごとく「なんか知らないけど体に良いもの」みたいな意味があるかのような不思議な使い方をしています。
中には「リラックス効果のある○○Hzの周波数が入っています」というような動画もありました。商魂たくましいですね。ほかには「筋トレのBGMにLOFI音楽」なんていうのもありました。もうなんでもありですね。
さてこのような「LOFI音楽」ですが、音楽としては実際のところどうなんでしょうか?私はこの数年ほどこのnoteで沢山の音楽作品をレビューしたり紹介したりしてきましたが、読んでくれている人はわかってもらえると思いますが、基本的に酷評をしたことがありません。それはどんな音楽でもそれを作った人がいるし、公の場で人を攻撃したくないからです。しかし今回は人ではなくAIの作った音楽でありその音楽の良し悪しは全部AIの責任です。なので言ってしまう事ができます。ずばり何の価値も意味もない音楽です。水増しのためだけに存在しているコンテンツです。AIが作っているので素人が出鱈目に音符を並べて作ったのとは違い一応音楽として破綻はしていないですが、例えていうなら「なんかかしこまったお手紙が来て、読んでみたらビジネス例文集のような改まった回りくどい挨拶から始まり、そのまま読み進めてみると最後まで挨拶で終わってしまった」みたいな感想でした。ちょっとましな部類のものは、ダイソー以外の100円ショップで流れてそうなBGMくらいのクオリティはあります。聴く人に一切何の印象も与えない虚無の音楽としては完璧です。10年くらい前のVaporwaveとかの文脈において、スーパーやホームセンターの店内で流れているようなBGMみたいなそういうしょぼい曲を、あえて面白がるというのが主流に対するカウンターとしてあったと思います。しかしこれはそのような視点で別の意味を見出すことも難しいです。
意外な発見ですが、これらのAI製「LOFI音楽」を聴いた後に改めて本家のLoFi Girlのチャンネルを聴いてみると、なぜか妙にハイファイに感じられました。
これは別にAIが作った音楽だから悪いとか、人間が作った音楽は良いとかそういう単純な話ではありません。いつの日かAIがとても凄い音楽を作り出す可能性は常にあり得ると思います。しかし最初から水増しのためだけに作られたコンテンツがたまたま良いものになる可能性は低いでしょう。
私はこれを「LOFI音楽」と呼ばずに、いっそ「LOFI」を取り払ってただ単に「音楽」と呼びたいです。そのほうがディストピア感が出ると思うので。
LOFI音楽の作り方を指南する動画では、一応「LOFI音楽とは何か」という説明が最初のほうにあることが多いようです。そもそもそれを知らない人に作らせるという前提が間違っているとは思いますが。たいていはWikipediaの記事の引用かもしくはChatGPTの出してきた答えを元にしていると思われるのですが、LOFI音楽の起源は1990年代というような事が言われています。Wikipediaに書いてあるのは手法の話で、80年代の音楽に対する反動として90年代にそういう手法が意図的になされることが多くなったという話であり、90年代のオルタナティブロックについての話だと思われます。しかし音楽に興味のない人にとってはこのWikipediaの記述とLoFi Hiphopには直接の関わりはないというのはわからないでしょう。
そもそもLoFi Hiphopの「LoFi」の部分が固有名詞か何かだと思っているような節があります。なのでHiphopが抜け落ちて「LOFI音楽」としてLOFIの部分が独り歩きしているんでしょう。
このAI副業の人々がどの程度WikipediaのLoFiの解説を理解しているのかわかりませんが、少なくとも音質のフィディリティの高低の話として認識しているわけではなさそうです。どっちかというと「手を抜いて作った音楽」と捉えている雰囲気はあります。もっとも音楽に興味のない人々からすれば、歌の入ってない曲は全部手抜きに聴こえるのかもしれませんが。まあとにかく、LOFI音楽なら安っぽい音楽でもOK、AIで作った曲でもOKという前提で話がすすめられています。
音楽に限った話ではないですが、作品の中の余分な要素をそぎ落として、作家が受け手に強調したい主題にフォーカスさせるという目的で、結果的にシンプルな要素だけで構成された作品を作ることはよくあります。しかしそれを見たビジネスサイドの人が「手抜きでも売れるんや!」と誤解して手抜きコンテンツで二匹目のドジョウを狙うというパターンもよくあり、あらゆる芸術の歴史の中で何度も繰り返されているんじゃないでしょうか。
これらの作り方指南においては、不可能なまでの極端なコストパフォーマンスが追求されます。それは「なんの才能もない人が無料のサービスとツールだけを使って最短で月10万稼げるコンテンツを作る」といった具合です。このあたりでなぜ色んな音楽がある中でLofi Hiphopがターゲットとなったのかが推測できます。つまりLOFI音楽は手抜きの安っぽい音楽であるという前提なので素人がAI生成で作っても問題ないという認識なんでしょう。音楽についての才能や技能はないけども、AIを使えばゴーストライターを雇わなくても佐村河内さんのようになれるのではないか?という甘い考えを持った人をターゲットに、「LOFI音楽なら手抜きでも行けるから簡単に作れるよ」と勧めることができるので、この「LOFI音楽」が商材として選ばれたのだと思われます。そういうターゲットを呼び寄せて、そのあとどうするのかは知りません。
昔のバンド募集雑誌で、「当方ボーカル、全パート募集、完全プロ志向」というのがよくネタにされますが、そういうのって一応ボーカルは自分でやろうとしていた意思がある分まだマシだったんだなと思わされます。
真のディストピア音楽
このように、人に聴かせることをほぼ想定していない、体裁として音楽の形をしているだけのコンテンツが実際に存在しているわけですが、初期のVaporwaveのアーティストや批評家が(皮肉として)想定していた、「人類滅亡後のショッピングモールでエスカレーターだけが永遠に動き続けて云々」みたいなビジョンが思わぬ形で微妙に現実化してしまったんじゃないでしょうか。実際のディストピアというのはこんな感じで思わぬところから現れるのでしょうか。加速主義を知らないであろう人たちが加速主義を実践しているというか。この先の時代は、このように生産はされても消費はされないタイプのコンテンツが人知れず作り続けられるのかもしれません。これを目の当たりにした上で改めてVaporwaveについて考えると、やっぱりVaporwaveはれっきとした「作品」だったんだなと思い知りました。
LoFiという言葉を使いづらくなる
私はあんまりLoFi Hiphopに詳しくないので、実際のLoFi Hiphop界隈の人々がこの「LOFI音楽」に対してどう見ているのかよく知りませんし、そもそも把握しているのかどうかも知りません。
しかしこのままでは、真っ当なアーティストが「LoFi Hiphop」を作っていると言った場合に、それをAI副業で収益化を狙っている、あるいはAIで安っぽい音楽を作っている、という風に誤解されてしまう可能性が出てきそうです。LoFi Hiphop以外にも手法としてLoFiなサウンドを作ることは非常によくありますし、私自身も自分の曲をBandcamp上で売ってますがこれのタグにLoFiも入れてあるので、LoFiに変なイメージが付いたり言葉の意味が変容したりするのは困ります。どうしたもんですかね。
まあでもこの「LOFI音楽」はそのうちいつの間にか雲散霧消してしまうのではないかとも思っています。消えてなくなるとすれば、それはおそらく業者の人たちが新しい商材を見つけた時でしょう。