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事実と小説、事件と事故は似て非なる


目が覚めたら病院のベッドの上にいた。


こんなことって本当に現実にあるものなんだと思う暇もなく、「ここはどこですか?」とすっとぼけたセリフをはいた後に、急に襲ってくる吐き気。

「気持ち悪いです!」とうったえると、看護婦さんは慌ててプラスチックのおもちゃのバケツのようなもの持ってきて思う存分吐かせてくれた。

吐き気が少し収まった頃に、「自分の名前と住所はわかりますか?」と、まるで子供にするような質問を浴びせる医師。そんな簡単なことわかるに決まってるだろうと、もう10年以上も付き合ってきた自分の名前と住所を半分上の空で答えると、「今日は何日かわかりますか?」という追加質問。

「日にちはわかりませんが、それは私が日にちに興味がないからであって、たぶんどんな状況で聞かれてもわからないと思います。ただ今日は、金曜日だと思います。」確かそんな風に答えたと思う。中二病特有の感じの悪さ全開だけど、本当に中二だったんだから仕方ない。


「わかりました、もう何も考えなくてもいいよ」と、医師に告げられ何が何だかわからないまま車いすに乗せられて、ゲロ容器を抱えたまま病院内を移動させられる。CTスキャンだかMRIだかわからないけど、大きな機械に入るよう促され、絶対に動かないでと言われたにも関わらず、装置の中で気持ちが悪くなってしまい動いてしまう。人は仰向けで吐くのは困難なので仕方ない。



どうやら、ここは病院。なぜこんなところにいるのかは未だに不明。検査が終わった後、また尋問が始まる。

名前、住所、電話番号、親の名前や学校名など面接にしてはつまらない質問をされた後、最後に今日は何日か?という質問。

ん?デジャビュ?日にちに興味はないと言ったはずなのに。仕方ないから、もう一度丁寧に説明する。

何やら満足そうな医師の顔を確認し、ようやく私のターン。


「なぜ私は病院にいるのですか?」


君は学校の階段から落ちたのだと教えてくれた。


なんのことかわからない。記憶がない。


階段から落ちた?この私が?解せぬ。。。と、主人公モードに入っているのに、「行きますよ~」と白衣の天使に車いすをおされ、ベッドに移動させられると、そこには母親が立っていた。見慣れた顔だ。
なれない場所で会ってしまって二人で目を合わせて、気まずそうに私たちは笑った。



吐き気も収まってきてようやくまともに話せるようになってからわかったことは、友だちと移動教室へ向かう最中に学校の階段から落ちたということ。10段くらいだったけど、頭を打って脳震盪をおこしたこと。救急車で運ばれたこと。残念ながら、何も覚えていなかった。

へぇ大変だったんだねぇと他人事のように聞いていると、学校の先生が私の荷物を持ってきてくれた。パンパンにふくらんだカバンを見て、せっかく学校に置きっぱなしにしてた普段あまり使わない教科書まで持ってきやがったなと察した。


それもそのはず、来週からは期末試験が控えていた。脳震盪とかおこしちゃって私、試験大丈夫かなと思ったけど、よく考えたら普段から成績は中の上くらいだったから、いっそ覚醒して上の下くらいの成績になればいいのにと思った。


その後、警察の人が話をしたいとやってきて、誰かに押されたということはないかと確認していった。何にも覚えてないけど、それはないんじゃないかなと思った。私の中学校生活はうまくいっていた。


結局、何も思い出せないまま次の日に退院した。

週明けの登校は死ぬほど気まずかったし、大丈夫かという質問攻めにまた吐き気を催したけど、試験は、いつもと変わらない出来だった。


余談になるが、実は、私が階段から落ちた日、学校には2台の救急車が来たらしい。

1台は脳震盪を起こして痙攣する私の分の救急車。

もう1台は、私が階段から落ちたことを聞きつけた誰かが、階段から落ちて死んだかもしれないと、私の友だちに言ったら気絶しちゃった友だちの分の救急車。

不謹慎だけど、私にもそんな友達がいたことが嬉しかった。

残念ながら20年以上たった今では、その気絶しちゃった友だちとは疎遠になってしまった。でも、一緒に移動教室に向かっていて、警察から「押してないよね?」と事情聴取及び現場検証に付き合わされた友だちとは、長期休みにはランチしながらおしゃべりするくらいの縁は続いている。


まぁ、そんなもんだろう。

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