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映画の中のワインを考察します⑨『皇帝のいない8月』

もう月末だけど、8月が舞台の作品で見つけたワインをピックアップします。邦画ですが、なんとグランヴァン。ボルドーワインの最高ランクである五大シャトーのひとつ、シャトー・ラトゥール様の登場です。

さてあらすじはというと、大物政治家と自衛隊の反乱分子が極右政権を作るためにクーデターを計画、それを阻止したい政府との攻防戦、というもの。

極右とか、クーデターとか、なんか硬そうで咀嚼できるのかなーって見始めたけど、テロリストたちが鹿児島発東京行きの寝台車を乗っ取って爆弾を仕掛ける、というくだりを中心に進むのでスリル満点、ほぼエンタメです。キャストが昭和世代には懐かしさに涙が出そうな名優がずらり。たとえば実行部隊のリーダーには渡瀬恒彦。狂気を孕んだ眼差しがマジ怖い。その妻、吉永小百合。これがまたどえらいお綺麗で、テレビの枠からはみ出るほどの美オーラが出ていました。

で、そんなパニック的テロ大作戦のどこにワインが出てくるのか。このテロを操る右派の大物政治家、大畑剛造がワイン大好きと言う設定です。

大畑剛造。演じるのは佐分利信


大畑先生、料亭の会合ではもちろん、愛人と過ごす時、風呂上がりなどにもワインを飲みます。お二人が組んずほぐれつする側にもワインボトルがあります。(これはシャトー・ラトゥールではないです。)

上のワインがアップになった時、ラベルにはっきりとBlancheと書かれていたのですが、これが実在する銘柄なのか、撮影用の創作ラベルなのか、よくわかりませんでした。ご存知の方がいたらお教えください。

ちなみに大畑にぐいっと抱き寄せられている愛人役は太地貴和子。高級バーのママでもあるのですが、これがもうなんというお色気。しなやかな物腰、その美しさには妖気さえ漂うような……昔、田宮二郎主演の「白い巨塔」というテレビドラマでも、やはり愛人役だったのを思い出しますが、この色っぽさ、健全志向の令和の地上波ではオンエア不可かもしれません。

さて大畑先生、序盤で他の政治家との会合で供されたワインを「なかなか美味いね」とお気に召していました。

シャトー・ラトゥール 1970

うん、これは美味いはず。繰り返しますがボルドーワインの格付け1級は五つのシャトーしかなく(五大シャトー)そのひとつ、シャトー・ラトゥールです。平たく言えばフランスの最高ランクのワインです。

『ラトゥール』は塔という意味で、ラベルにも塔が描かれています(てっぺんにいるのはライオン)。14世紀、ボルドー地方がイギリス領だった頃、この塔はイギリスの要塞でした。将軍タルボはこの要塞に立てこもってフランス軍と戦ったといわれています。味わいは重厚で端正、ボルドーワインの中でも男性的な力強さが特徴とされています。これは、大畑先生が気に入るわけだ。テロを計画するマチズモがいかにも好みそうな要素が盛りだくさんではないですか。

その嗜好を知る政府は、映画の終盤、このワインに細工をして、愛人ママに届けさせます。テロリストたちの拠りどころである大畑を亡き者にすることが目的です。

そうこうする間にも、実行部隊は蜂起の準備がされ、乗っ取られたブルートレインも緊迫。乗客にはなんと渥美清もいて、まあカメオ出演みたいなものですが、彼が映ると緊張感が完全に緩むという、寅さん効果がすごいです。

そして迎えるラストは壮絶。1978年製作と古いので、ネタバレが出回っているからいいかなとも思いますが、徹底的な壊滅っぷりでした。

今回はワインを切り口にしているので、他の事に触れられなかったけど、ディテールにつけ役者につけ、情報量が多くて、鑑賞後いろんな事が言いたくなる作品です。(ツッコミどころも満載らしいけど)偉大なるワインにふさわしい見応えでした。昭和にタイムスリップしたい方にもおすすめです。

ちなみにシャトー・ラトゥールの1970、楽天市場の酒屋さんで扱っていました。
保存さえよければ、まだまだ美味しくいただけると思います。どなたか飲んだラッキーな方、感想をお聞かせください。


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