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ツインレイ?の記録6

2月3日
15時頃来ると言っていた彼から連絡が来たのは15時半。
これから向かうとのことだった。

その日私は少し緊張していた。
はっきりいって恋をしていた。

それまで二回彼は部屋に来たことがあるが、どちらも私は風邪で弱っていてすっぴんにめがねにパジャマにぼさぼさの髪だった。

この日は朝からきちんと化粧をし、服を着て、コンタクトもしていた。
そんな私を見るのは彼は初めてだっただろう。

そしてやってきた彼は、部屋のドアをノックした。

入ってきたときの彼は、「寒いですね」といかにもな寒そうな顔をした。
あの時、緊張していたのではないかと思う。
彼はマスクをしていなかった。
これまで来るときは必ずマスクをしていたけれど。

私は彼のために買った室内スリッパを見せた。

「黒と青どっちがいいですか?」

「どっちでもいいです」

この時の彼はいつもの戸惑った少し困った顔。
彼が来たことがとにかくうれしくてニコニコしている私とは大違いだ。

腰痛持ちの彼は、この日の前日、腹筋をして、また激しく腰を痛めたらしい。それでも無理をして来たようだった。
時間を守る彼が遅れたのは、もしかしたら来るかどうするか迷ったからなのかもしれない。
もうほぼぎっくり腰と言っていいのではないかといいほど腰を痛めていて、彼は立ってるほうがまだましといった状態だった。

私の部屋は狭くて、テレビとソファーとテーブルのある部屋、奥の寝室、シャワー室とキッチン、それだけだ。

彼は私に出張のおみやげだというお菓子をくれた。
それは私の故郷のお菓子「白い恋人」だった。
私の故郷を覚えていてくれて、私を思い出して、そして買ってくれたことがうれしかった。
さらに彼の地元のお菓子とビスコ。
お互いの子ども時代が重なるようでうれしかった。

とりあえず立ちっぱなしも何なので、彼にはソファーに座ってもらった。
そしてお菓子とお茶を出した。日本から持ってきた柿の種。

コロナ期間、私は日本で暮らしていた。
とある島で古民家暮らしで、その時に彼の部下である紹介者の家族とも会っていて、彼の家がある県にも遊びに行っている。
その時の写真などを見せるため、私は携帯を手にして彼の隣に座った。
一緒に写真を見るのでどうしても距離が近くなる。
彼は腕組みをして少し体をそらす。
そしてずっとお菓子を食べていた。
まるで中学生みたいだ。

話が途切れない。ほとんど私が一人で話していたけれど、ある人の話になった。
私の大切な年上の友人の一人だけど、その人は自分に自信がない。
だから自分のことを卑下するけれど、それに対して私はいつも
「自分で自分のこと下に見たら、周りも下に見るんですよ」
と言っていた。
その話をしながら、私は突然、ハッとした。
それって私のことじゃないかと。
特に男の人に対してがそうだった。
ずっと。

彼にも私は「自分の決めつけた多いですね」というようなことを言われた。

これが最初だったろうか。
この人といると突然ハッと気づかされることが多い。

そもそも初対面の時から、元夫の話もさらっとした。
私の親友でさえつい最近まで知らなかった離婚理由がDVだったことも。

実は元夫のお父さんもそのお父さんもDV気質で親子で遺伝するのか?ということを私が言うと彼が
「たぶん自分(元夫)がされていたからでは?」
と言った。
それに対して私はそんなふうに考えたことはなかったので、少し驚いた。

元夫はかなり変わった人で診断はされてないがおそらくアスペルガーだ。
共感力に乏しく、言葉をありのまま受け取る人で、とにかくコミュニケーションが難しく私は苦しんだ。

そしてこの日はベトナム旅行の時の話をした。

ある夜、元夫はどこに行ったかもわからず帰ってこなかった。
実はこんなことは日常茶飯事で、元夫はとにかく消える。連絡もつかない。
その時元夫は鍵を持っていなかったので、私は鍵をかけて寝るわけにも行かず、連絡のつかない元夫をずっと待っていた。

そして2時に帰ってきた元夫になぜ連絡しないのか?返信しないのか?自分も寝れないから困ると責めるように言った。
しかし相変わらず話が通じないので私は寝れないこともあってかなりイラついて怒った。
すると突然ペットボトルの水を私の頭にかけた。
呆然とする私の頭にさらにかけて、そして笑った。

「え、意味わかんないです」

これを聞いた彼は引いていた。

「いや、だから頭からこうやってね」

私は動作で水をかけられたことを示した。

「いや、それはわかるけど……意味わからないです」

彼は本当に驚いていた。

「しかもね、それでベッドびしゃびしゃだから寝れなくなって、仕方なく向こうのベッドで寝ようとしたら犯されそうになって、逃げたら部屋閉め出されちゃったんですよー」

と私は笑いながら言った。

すると彼が

「……本当は辛かったでしょう?」

と優しい声で言った。

それで私は思わず泣きそうになった。

そしてあわてて話を変えた。

彼は元夫とは真逆。共感力が高く、人に寄り添う優しさがある。

一緒にいると安心する。
これは会う前からだけど、絶対的な信頼感がある。

恋するときめきだけじゃない。
空気清浄機と言ったのもあながちまちがいでもない。
この人といるとホッとして安らげるのだ。

それは、元夫といる時とはまるでちがう感覚で、生まれ育った家でも感じてきたことのない安らぎだった。

その後私は約束通り彼にマッサージをすると言った。
だから先に奥の寝室に行ってくださいと言った。
私はその間にトイレに行きたかったから。

だけど、なぜか私がトイレから出ると、彼はトイレのドア付近に立っていた。
私のトイレとシャワー室と洗面台のあるところのドアはガラス戸で薄く、中の音が漏れやすい。

その時ふと思ったのが、初めてここに来た日、彼は帰りにためらいながらもトイレを借りたことだった。
まあ、当然音は聞こえる。それぐらいドアが薄い。
何となくそれを確認したのかなと思ったけれど、本人がそれを気にしていたとしても、私はむしろあの時に彼に好感をもったのだ。
私の前で自然で素でいてくれるところ、生理現象も隠さずありのままなところを、私はいいと思ったのだ。

でも、この時、トイレから出て彼がすぐそばに立っていたのには驚いた。
そして私は彼が私を一人の女性として意識していることを知った。
一人暮らしの女性の寝室に勝手に入ることはためらわれるということが。

明らかに彼は緊張していた。
その緊張が伝わってきたのか私まで緊張してきた。

そして寝室に二人で入った。

私の寝室にはなぜかベッドが二つある。
私は普段使ってないほうのベッドに彼を誘導した。

そこにうつぶせになってもらう。
腰はやはり痛そうだったが彼は耐えていた。

まずは背中をほぐす。
その時、彼の体に初めて触れた。

マッサージは相性がある。
私は触った瞬間、手がなじむのを感じた。
私のマッサージの師匠は、言葉で対話するのとは別に体と体で対話しろとよく言っていた。

彼の体は初めは緊張していたが、私の手は次第に彼になじみ、体をほぐしていった。
緊張とは別に彼の体はまるで何重にも防具を重ねているかのようだった。
この人はこんなにも防具を重ねて、毎日闘っているのだなと思った。

私は防具を一つ一つ外していくようにマッサージした。
そして最後の一つがはずれかけたその時、彼は突然身を起こした。

「もういいです」

腰が痛くてもう限界ということだったが、あと少しでほぐしきれるってところだったので、

「あと少しなのに。ここでやめるのは不本意です。続けさせてください」

そう私が言うと、

「でも、その判断をするのは私ですよね」

そう言った彼の瞳の奥には明らかに怒りがあった。

彼はそのまま立ち上がる。

「……今日優しくないですね」

私はうつむいてそう言った。

彼は何も言わなかった。

でもまたすぐいつもの優しい人当たりのいい感じに繕って

「いや、もう十分良くなりましたよ。これ以上やってもらうと腰も痛いし、気持ちよかったって段階で終わらせておきたいんですよ」

それは言い訳で嘘だと思った。

「じゃあ、せめて頭マッサージします」

私はそう言って、彼を椅子に座らせた。

片頭痛がすると言っていたから、せめてそれを何とかしてあげたかった。

私は彼の頭を抱きかかえるようにマッサージした。
彼の頭頂部からは甘い匂いがした。
その匂いに驚いて私はくんくんと犬のように匂いを嗅いでしまった。

「なんだかいい匂いがします」

「整髪料かな」彼は言った。

正直、世間一般でいえば「おじさん」と言える年齢の人がこんなにも良い匂いがするものかと驚いた。

「日本で買った整髪料ですよ」と彼は言う。

「へー」

私は彼の頭を胸に抱え込みながら頭頂部に口づけでもするように匂いを嗅いだ。

後ろからマッサージしているので、彼の表情は見えない。

別に私はこの時何か性欲を感じていたわけじゃないし、ただ良い匂いだと思っただけで、その時の自分の好意が不自然だということも何も考えていなかった。

私のマッサージの師匠は、マッサージの時は相手を最愛の人と思って愛を込めてマッサージしなさいと言っていた。
最高のマッサージは最高のSEXにも勝ると。

その意味を私はわかっていなかったが、相手の体がとても身近で愛おしいものになるという感覚がこの時何となくわかった気がした。

しかし、既婚者の彼にとってこれは受け入れがたいものだっただろう。
彼は何とか一線は超えないように必死だったようにも思う。

お互いがお互いの体を親密に思ってはいけないのだ。

マッサージは、されている側も相手を受け入れることを許してくれればさらに効果が高まる。ある意味信頼が必要となる。

でも彼は私に身を委ねることを拒んでいる。
そして防具を外していく私に対して怒りを感じている。

彼はそもそも不思議なことに対して拒否感が強い。

マッサージをすると相手の悪いものをもらうってのは、私に限ったことではなく、わりと人の体に触れる仕事をしている人ならよくあること。

同じところが痛くなったり、調子が悪くなったり。
人混みにいると具合悪くなるとかも同じようなことだ。

だからマッサージの後は肘まで手を洗えと師匠に言われてるし、師匠や別のマッサージの先生は頭のマッサージはしたがらない。頭が一番もらうと言ってた。

でも私はやっている。
頭痛もちの人の頭痛を治したことがあるし、だからこそ彼にもやった。

人の感情やイライラももらうこともあるが、それもシャワー浴びれば治るし、大したことだとは思ってない。

でも私にとっては当たり前なこれらの一つ一つが彼には聞いたこともない話なようで、「そんなことあるんですか?」とおっかなびっくりだ。

私の知人友人はヒーラーだったり感覚の鋭い人が多く、私にとって摩訶不思議なことは日常で、特にそれが特別ですごいこととも思ってないが、彼の世界にはそんな人もいなければ、うさん臭さしか感じないようだ。

ちなみに私にはソウルメイトはたくさんいる。
それこそ魂の双子じゃないかって人もいる。
だから別に魂の縁を感じる人は珍しくもないのだけれど、唯一無二の魂の片割れ、ツインレイとなると、これまで出会ったこともないので、正直よくわからない。

マッサージをしていたこの日、外は大雪だった。
雪の少ないこの地方で、この時期こんなにも雪が降るのは珍しかった。

だから彼は七時には帰ると言った。
道が凍って帰れなくなることを心配していた。

「朝までいてもいいですよ」

何の気なしに私は言った。
別に誘惑していたわけじゃない。
ただ一緒にいたかっただけだ。

これまで二回、彼は夜来て二時間ぐらいいて、22時には必ず帰っていたので、なんとなくこの日も22時に帰ると思っていたから、7時は早いと単純にがっかりしただけだ。

「ほら、雪すでにやまないし、もう帰れませんよ~」

おどけて言う私に

「いや、帰れます」

と敢えてそっけなく答える彼。

「また今度」

その言葉に、私の心がまた反応した。

「私はまた今度って言葉が嫌いです。また今度なんてないんですよ!!!!!」

私の友人、尊敬する人たちは、40代50代でなくなっている人が多い。

「また今度なんて若い人はすぐ言うけど、旅行した場所にまた来ようって次来れることはほとんどないし、今会える人は今しか一緒にいられない人かもしれないんですよ」

どうして「また今度」なんて軽く言えるのか、私は本当に心が過敏に反応した。

でもとりあえずマッサージは終わらせて、私たちは晩御飯を食べることにした。

「お茶碗が足りないから買ったんですが、この黒いデザインのほうどうですか?なんかあってるでしょ?」

彼のイメージの色は黒や深い青、暗めの色。

「あの、気持ち悪いことしちゃったんですけど、私も同じの買っちゃいました」

それはピンクのデザインで、私の部屋のもの、パジャマ、部屋にあるものはピンクが多い。私は明るい色を好む。

晩御飯は肉大根とかぼちゃの煮物。
彼は腰痛でまともに座れないぐらいで、ずっと立っていた。
食べる時も立ち膝のような恰好だった。
私はその隣で食べた。
私が作った料理を彼は「優しい味がする」と言った。

私たちはどちらも少食で、食べる量がほとんど同じ。

マッサージの時も思ったけれど、体の質というか凝りの部分も似ている。
私も腰痛持ちでぎっくり腰の経験は負けないぐらいある。

食後、片付ける時、彼は立ちあがって、一緒に片づけてくれた。
こういうことを自然にできるのを見ると、彼が家庭でどのようにふるまっているかがわかる。
キッチンが汚いから見られたくないと言う私に「慣れてるから」と言うところも、彼が家庭人であることを感じさせる。

私はその時初めて彼に子どもは何人いるのかということを聞いた。

「三人です」

彼の顔がパッと明るくなった。
その顔を見ただけで彼にとってどれだけ子どもが大切なのかがわかる。

正直彼には家庭の匂いがなかったし、子どもが三人いるようにも見えなかった。一番上の子は11歳で下の子は6歳だという。

それ以上は聞かなった。
聞けば聞くほどどんどん語りそうな雰囲気だ。

それだけで、家庭が円満なのはわかった。

私が黙り込むと彼もそれ以上は何も言わなかった。

7時には帰ると言った彼はその時間になってもまだ帰らなかった。

私は彼に帰ってほしくなくて、部屋にある大きな時計を抱えて見えない場所に隠した。

そんな私を見て彼がどう思ったかは知らない。
だけど私は彼の前ではまるで小さな女の子のようになる。

彼はご飯を食べた後もまだ少しいてくれた。

この国の言葉を勉強したがっている彼は、私の言語教材も手に取って見ていた。
私はこちらの言語のドラマを観ているという話をしていたので、そのドラマはこれだと言って、テレビをつけた。

別に深い意味はないのだけれど、それは離婚のドラマだった。
彼に会う前からはまっていたドラマで、全話観終わったし、言語勉強になったから紹介しただけだ。

そのドラマの場面で、妻が夫の浮気を疑い、三つの約束をさせる場面を見せた。一番言語がわかりやすかったから。

・どんな理由があっても絶対に騙さないこと
・できるだけ電話をすること
・出張に行くときは独身の女は同行させないこと。ただし50歳以上はOK

この場面を見ている時、彼の携帯電話が鳴った。
だけど彼はテレビの一点をみつめたまま、電話に出ようとはしない。

携帯はしつこく何度も鳴る。

「出なくていいんですか?」

私は彼に聞いた。

「子どもなんで。この時間いつもかかってくるんです」

そう言って、彼はなおも出ようとしない。
その顔はどこか強張っていた。

すると今度はハンガーにかけられた彼の上着のポケットの携帯が鳴った。

「仕事の電話です」

そう言って、彼はあわててもう一つの携帯をみた。

でも、子どもの電話が鳴らなくなったタイミングで、仕事の電話も鳴るだろうか?

彼はハンガーにかけられていた上着の携帯を確認すると、「じゃ、帰ります」と慌てて帰ろうとした。

もしかしたら七時に帰ると言ったのも、雪だからが理由ではなく、家族から電話がかかってくる時間の前に私の部屋から離れたかったからかもしれない。

私は彼を止めなかった。

でも、何でも思ったことが顔に出てしまう私は、たぶんとても悲しそうな顔をしていた。

「すねないで」

「そんな顔しないで」

彼はそう言って、またいつもの困った顔をした。

そして私の機嫌をとるように

「明日、会いましょう。ご飯食べに行きましょう」

と言ってきた。

嬉しかった。

まさか土日二日連続で会えるとは思わなった。

この日はもう風邪ではないので、私は門まで彼を送ると言った。

「本当ですか?」

と彼は少しうれしそうだった。

そして彼のタクシーが来て、彼が乗って去るまで見送った。

あれから二か月。あれ以来、彼は私の部屋には来ていない。

そしてこの翌日は、私が今も忘れられない幸福な時間となった……。












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