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ツインレイ?の記録14

3月22日
その日、私は緊張していた。
最後に会ったのは2月4日。
それから一か月半経過している。
授業中もそわそわと落ち着かない。
結局前日あまり寝れなくて、韓国人の友人に
「友だちだからはっきり言うけど、今日は肌のコンディションが悪くて化粧ノリも悪くてきれいじゃない」
と言われたぐらいだ。

授業後、タクシーで日本料理のレストランに向かったが、その間も落ち着かず、タクシー運転手の女性に自分はそんなにコンディションが悪いのか確認したぐらいだ。

まるで久しぶりのデートのような気分だ。
あの一か月半前の夢のような時間をまた体験できるのだろうか。
あの時のように少年のような顔で優しい瞳で私を見つめてくれるんだろうか。
もしそうじゃないならどうしよう。
そんな不安を抱えていた。

私は時間ちょうど指定の場所
に着いた。
彼に連絡すると「今行きます」とすぐ返事がきた。

私はすでに店の中に入っていた。

彼は少し遅れて来た。

不思議なのが、彼が来ても「来た!」みたいなドキドキ感がなくて、
うまく言えないが、すっと目の前に現れる感じというか、
待ちわびた開演と同時に憧れのスターが目の前に現れて興奮の絶頂になるというのとは真逆の感じで、それはいとも簡単に何の感情も抱かせず目の前にいるという感じで、久しぶりなのに「あれ?」という感じだ。

これ、好きな人とかならもっとドキドキするんじゃないか?と思うのだが、なんていうか親とスーパーで会ったとか友だちが教室に来たぐらいに、日常の一部みたいな、うまく書けないが、とにかく「あれ?なんか恋じゃないの?」というよくわからない感覚だ。

そして奥の座敷の個室を案内され、彼は手前に座り、私は奥に座った。
薄暗い照明だったが、私は肌のコンディションが悪いと友人に指摘されたこともあり、薄暗い方に寄って座るというか、つまり彼の真正面には座らないようにしていた。

久しぶりに会った彼は少し白髪も増えていたように思う。
顔に疲労が色濃く出ていた。
本当に体調不良で忙しかったんだろう。

一か月半前、初めて二人でごはんを食べた時に比べて、明らかに老け込んだというか、あの時感じた少年のような印象はもはやない。

彼は疲れていた。
そして、目の前の彼は、相変わらずのポーカーフェイスでいたって普通に見えた。
何だか私はがっかりしていた。
私はどこかで出張前に無理やり予定を入れるのだから、少しは私に会いたい気持ちもあるのではないかと図々しい期待を抱いていたのだ。

みるみるテンションが下がっていく。
彼はメニュー表を開きながら何を食べるか私に聞く。
私は日本酒が飲みたくて、それだけは頼んだが、食べるものに関してはほとんど「これ、おいしいですよ」と彼が勧めるものに合わせていた。

そして料理を待つ間、私はずっと気になっていたことを彼に聞いてみた。

「あの、もしかして、一緒に食べにこようって約束忘れてました?」

「忘れてませんよ」彼は即答。

「じゃ、私が土日どちらか都合つきますと日曜に私が伝えているにも関わらず、木曜夜に私から連絡するまで何の返事もしなかったのはなぜですか? 私が連絡しなければ流したんですか?」

まあ、これに近いことを私はド直球で聞いている。

すると彼は

「木曜に出張決まったんで」

と言い、長々といかに今自分の仕事が忙しい状態かを語り始めた。

これに対して私は日本人感覚として、「まず謝れよ」と思ってしまった。友だち同士でもこちらから都合を伝えているのに無反応のまま、さらにこちらから確認するというのは私の感覚ではアウトだ。
すぐに返事ができないならせめて今言った事情を先に伝えてほしいと思った。

ここでも腑に落ちないのは彼は本来周りに非常に気を遣える人なのにということだ。実際、最初の頃は私に対してもそうだったと思うし、連絡は本来マメな人だと思う。

さらに私が残念に感じたのは、彼がちっとも楽しそうに見えないということだった。

まあ、これはお互いさまというところもある。
私も極度の緊張で、日本酒を口にして初めて「あーやっとテンション上がってきたー」と言うぐらいだ。
連れてきてもらって、テンション下がってた自分も大概失礼だと思う。

彼は本当に忙しそうで、食事している間も、仕事の電話がきたりしていた。

「すみません、今、ごはん食べてるんで」

と彼はすぐに切ってくれたが、何となく落ち着きがない。
仕事のことが頭にあるといった感じだ。

私も私であまり食べれない状態でいた。
うちでいっしょにご飯を食べた時も、マックでいっしょにハンバーガーを食べた時も、この人と一緒に食べるとおいしいと思って、この時だっておいしかったけど、それ以上になぜか緊張していたのだ。

彼も水ばかリ飲んで全然食べないし、頼み過ぎたお刺身やお寿司が一向に減らない。

そもそも「これ食べますか?」と聞かれるから彼も食べるのかと思いきや、向こうはほとんど手をつけないし、お互い少食なので本当に減らない。

それにこの日私は彼に伝えたくて、思っていることを伝えたくて、終始そのことに心を奪われていた気がする。

たとえば、コスタリカの大学の面接準備を手伝ってくれたお礼をしながら、

「私にとってコスタリカは最初なぜ惹かれたかわからないけど、調べたら理由はちゃんとあって、今回ダメでもその国は存在してくれるだけでもよくて、私にとってあなたはコスタリカです」

などと言うと

「意味わかんないです」

といつもの困惑顔をされた。

ただ、私が父親との関係について少し話した時、彼は

「やっぱり自分は親として聞いてしまう……」

と言った。

私はどこかでもっと自分に同情してほしい、慰めてほしいというあさましい心があったせいで、この反応にはちょっとがっかりしたが、ただ、彼は神妙な顔で聞いていた。

そしてもう何の話からそうなったのかも覚えていないが、彼が初めて私の部屋に来たとき、マッサージを拒絶したときの話になった。

「あの時、怒ってましたよね」

私がこう言った時、彼はハッとしたような顔をした。
あの顔が今も忘れられない。
どうやら本人自覚がなかったようだが、その時の自分の感情を認めている。

あの時、私たちの雰囲気は危うかった。
マッサージをしながら、彼に触れる私の手には愛おしさがこもっていた。
彼が私を拒絶したとき、その目には怒りがあった。
私は確かに感じていた。

あの怒りは、私に向けられたものであると同時に、彼自身に向けられてもいたと思う。

これ以上近づかないでほしい、近づけさせないでほしいという強い怒りを感じたのだ。

実際「優しくないですね」と言った私に対して彼は無言だった。

すぐいつものように優しくそつのない態度でとりつくろったが、彼が何重にも重ねた防具を取り去ろうとした瞬間、彼は強く拒絶し、怒ったのだ。

「私は防具をとればあなたは楽になると思ったけれど、そうしたくない人もいるんだってことをあの時初めて知りました」

さらに私は思っていたことを聞いてみた。

「初めて会ってから私たち毎日連絡取ってましたよね。でもだんだん返事もくれなくなったし、最初のマメさがなくなった。どうしてですか?」

「波があるんです」

彼はまた謝りもせずにそう言った。

「本当に何もできなくなってて、何も考えてなかったです。毎日テレビをつけてぼんやりして、頭の中からっぽにしてました。そしてただ家族の記録を毎日ひたすら書いてました」

そんなふうに突然スイッチが切れたように何もできなくなることはこれまでもあったという。

「まあ、そんな時ありますよね。そんな時は何もしないのが正解ですよ」

と私も答えた。

彼に会えなくなっていた一か月半、私は自分の中のトラウマ、インナーチャイルドと向き合っていたが、この人はずっと家族と向き合っていたらしい。

『人はもろくて弱いから何かにすがらなければ生きていけない』

という言葉を聞いたことがあるが、彼にとってはそれが「家族」で絶対的なものなのだろう。

この時は、なんだか私たちはギクシャクしていた。
前の時のように彼のほうからたくさん話してもらいたくて、私は時々黙るが、黙るたびに彼は時計を見て、帰る時間を気にしている。

それが本当に悲しかった。

前回は時間を忘れるぐらい彼はよく話して、楽しそうで、時計を見ることなんてなかったのに。

それと本当にどうでもいいことだけど、彼がずっと飲み続けているポットの水がなくなったので、私が店員に頼んだが、彼は「すみません」も「ありがとう」も言わなかった。

私が細かくこういうことを書くのは、彼は本当に周りによく気を遣う人だから、その一つ一つの私への態度が不思議でたまらないからだ。

私をぞんざいにするつもりはないのだろうけど、結果的に気を遣わない。
でも気を遣わないわりには忙しいのにわざわざ約束した店に連れてきてくれる。

本当に彼の言動は理解しがたい。

結局、料理をほとんど残したまま、彼は「帰りましょう」と言ってお会計をしに行く。

私は彼と外に出る。

この時、私は彼に「気分にむらがあるところとか、何もできなくなる時があるって同じですね」なんて、共感的態度を示したが、彼はどこかわずらわしそうだ。

「あなたはすごく共感してくれますが、自分は正反対な人のほうがいいです」

そんなことまで言われた。

極めつけが、外を出て歩いてても、彼はほとんど私の話を聞いていないということだ。

そのくせ「ここは???が出資している建物ですよ」とか「あの店の焼肉もおいしいんですよ」とか言いながら速足でどんどん歩いていき、仕舞いには自分だけタクシーがきて、私がまだ話しているのに「それじゃ」とさっさと帰ってしまった。

夜に路上に私は一人ぽつんと取り残され、しばし呆然とした。

まもなく私のタクシーも来たとはいえ、この国で私は誰からもこんなことされたことはない。

日本ではどうだっけ?としばし考えるが、やはり私が女でも、たとえば自分より若い後輩の女の子とかは心配なので先にタクシーに乗せたり、見送る。

実は私は彼より年上なのだが、彼は私を35歳以下と思っているようで、かなり年下に見られている。

それで置いていくのか……?と腑に落ちない気持ちでいっぱいだった。

しかし、私は帰宅後、すぐ彼にその日のお礼をした。

これに関しても、私や私の友人は、自分が先に帰ったら、相手が無事着いたかの確認をしたりするのだが、彼は異国で夜に女一人置き去りにしても気にならないのかと、やはり腑に落ちなさが。

しかも私のお礼メッセージに対して彼は「頼み過ぎて失敗しましたね」と返してきた。

事実、そうなのだが、そんなこと言われたらごちそうになった私はいたたまれない。

え、こういう人なの????
部下にも完璧な人と言われてる人がこれなの????

そもそも私は思い込んでいたんだろうか。
実際出会った時から私の彼に対する印象は完璧でも何でもない。
人間臭いし、わりと強引だし、マイペースで頑固だし、ソフトな印象だけど実は融通も利かないし、何より気になるのが、私がこう思ったこう感じたと言っても、自分はこうだったと押し切られるところだ。

これ、私も以前あったことだが、自分に悪意がなくても相手を傷つけることはあるわけで、そんな時は自分を正当化することに意味などない。
はっきりいって自分にそんなつもりがあったかどうかは関係なくて、相手がそう受け止めた以上、それがその人にとっての事実なのだ。
その上で、相手が感じたことを受け止めることが、気持ちに寄り添うということで、まず自分の言い訳をすることは、利己的で思いやりがない態度だ。

別に彼を非難しているわけではないが、私はどこかで「本来のこの人はちがうのでは?」というのがあって、それは期待とか妄想というのでもなく、それでも彼に対して揺るがない信頼みたいなものだ。

だからこそ、私の中で悶々としたものが残る。

ただ彼はこの日最後に

「色々と気付きをもらい、ありがとうございました」

と伝えてきている。

彼なりに何か気づいたのだろうか。

だとしたらそれは「あなたは怒っている」と私が言ってハッとしたあの時だろうか。

それとも娘さんと自分の関係を見直したことだろうか。

私も彼に翌日返事したのは、彼が何もできなくなっていた間、家族のことを毎日記録していたということに関してだ。

「日記つけるのが可能なら、自分の感情と強く印象に残ったことを書き残すといいです。コツはその場で常識的な解釈を加えないこと。言語化してわかったふりすると本来の意味が薄れます」

さらに私は自分が感じたことも素直に書いた。

「私は最初あなたが怖かったけど今は怖くないです。怖かったのは自分の深い感情を揺さぶられる警戒があったからかもしれません。心臓がつぶれて死にそうになったのもトラウマ引き出されたからですが、そのおかげで根本原因解決できたので感謝しています。だから謝らないでくださいね」

これに対しての反応はない。

ただ翌日、出張に行った先の画像が届いた。

それは私が「以前は一日の報告や写真があるのを楽しみにしていた、またほしい」と言ったからだろう。律儀な彼らしい。

私はやっぱり彼が好きで、彼から連絡がくると嬉しくて、だけど……

この時、私は心にモヤモヤした気持ちを抱えて拭えないでいた。

そしてそれはそのまま見過ごすことはできないものだった。


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