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映画の中のダンスシーンという偏愛

私がこれから話すのは、22年間のかなり偏った映画鑑賞歴の中で、これから映画を趣味にしていこうとされる人に勧められる様な映画のダンスシーンについてであって、必ずしも「ダンス映画」の紹介ではない。
サブスクで観られるものに限ったつもりではあるので、気に入り次第即鑑賞して見てほしい。
サブスクにある映画は、いつでも観られるが故に、いつまでも観ないものなので。

ただ、良質なダンス映画そのものが観たいなら一旦この文章を離れて「ダンス 映画 おすすめ」(あなたの電子端末の言語設定が日本語以外なら"what's your favorite dance movie?"かもしれない)とでも検索をかけ、上から順に観た方が余程参考になるだろう。

早速本題に入るが、まずは『ダーティー・ダンシング』について話さないと始まらない。
他のダンス映画の追随を許さないほどの傑作。
エンディング“The Time Of My Life”のオーガズムで三大欲求が枯れ果てる人が居てもおかしくはないし、もしそんな人が居たら固い握手を交わしたい。

全編を通して『ハイスクール・ミュージカル』も担当したケニー・オルテガが振付を行なっているらしく、丸太の上や水中でのリフトの練習シーンも、全てのダンスシーンが最大瞬間風速を叩き出している。
スパルタ指導に耐え(パトリック・スウェイジの視線に射抜かれただけかもしれないが)、本番で今まで出来もしない大技を完璧にやり切るというスポ根的風味が程良く融合して後味が良い。

本作を偏愛するに足る理由として、後世に語り継ぎたい映画は偶然の産物だという自論が挙げられる。パトリック・スウェイジは惜しくも亡くなってしまったし、ヒロインのジェニファー・グレイは整形をしてしまって、本作以降は中々良い役に当たっていない。『ダーティー・ダンシング2』に関しては余りにも蛇足だ。

多分、2人は最終的には結ばれないだろう。社会階級の問題然り、そもそもこの関係は『LA LA LAND』ほどの滋養に満ちた大人の恋愛には程遠く、『glee』でいうところの「We had a fling!」といった瞬きで成り立っている関係性なのだ。

社会階級の差をまざまざと見せつけつつもヒューマンラブストーリーへと昇華した映画と言えば『最強のふたり』があるけれど、フィリップの誕生日パーティーでドリスがクラシックを遮ってEarth, Wind & Fire ”Boogie Wonderland” をかけてフロアを沸かせてしまうシーンは幸福の表象といった趣きがある。鼻にかけて上流を気取って分かった顔して聴くお堅い音楽より結局はグルーヴが世界を救うんだよな。

一度もステップすら踏んだことが無さそうなおじ様とオバ様が頬を緩ませて踊るのを観ちゃったら、もうそう思うしかない。

話が逸れたが『ダーティー・ダンシング』は絶対にカップルで観た方がいい。ダンスに興味が無くても、アメリカ映画のご都合主義が嫌いでも、絶対に心を傾けさせる瞬間が存在するから。

そしてパーティでのBoy Meets Girlと言えば『La Boum』。本当はここまで書き切れたなら私はもうこの文章を書くのを辞めたいくらいには執着している。

正直『La Boum』自体はソフィー・マルソーが演じる13歳の少女ヴィックが自宅でのパーティ(ブーム!)で出会った少年と恋に落ちる、多分ただそれだけのアイドル映画。

それなのに、このチークダンスのシーンは本当に恐ろしいほどの求心力がある。私がこの映画を初めて観たのは恐らく12、3歳の頃で、当時は「ここまでノイズを掻き消すヤバいヘッドホン、どこに売ってるんだよ」としか思わなかった。斜に構え過ぎて恥ずかしい。

でも今はもうこんな感じに一生を終えたいという気持ちしか無い程に、依存性の強い魅力が詰まっている。
Richard Sanderson “Reality”のトルコ菓子のバクラヴァくらいに粘度のある、甘ったるい余韻が輪をかけているに違いない。

本シーンは『Summer of 85』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『SUNNY 永遠の仲間たち』でもオマージュされていた様な気がするが、やっぱりこの幻のような美しさは本作が一番だろう。

一寸の隙も無く「誰も触れないふたりだけの国」に行ってしまう2人に抱く憧憬は、私が光GENJIの歌詞を聴いた時の感情と酷似している。
爪先が痛むほど背伸びした10代の男女のぎこちなく、壊れそうなきらめきで、もう使われなくなった青年期特有の痛覚を刺激されるあの感じ。

物心ついたばかりの10代のきらめきを切り取ることに関して、国内映画は画一的過ぎるとは思うが、邦画なら『ミッドナイトスワン』は頭ひとつ抜けている。
特に夜の公園で凪沙と一果がバレエのポーズを練習する場面は、余裕無く荒んで乾き切った人間たちの心が、周縁者から心身に与えられた外傷で抉られ抜いたときの、奥底にある純真さがぴったりと撮り抜かれている。

この映画、見る限り草薙剛のトランス女性役が取り立たされることが多い。
だけど、私はバレエ少女の一果の凛とした、悲哀の混じった輝きを宿した背中と、鬱屈さがじっとりと蝕んだ凪沙の姿勢のことばかり考えてやまない。2人とも、「私たちは自分の身体を持て余している」と言わんばかりの立ち居振る舞いがずっと痛ましい。

それ故に、一時の救済が2人を包み込んでいたこのシーンは本当に美しかった。

日本のバレエ映画に出てくる女の子は『花とアリス』然り、じわじわと心を侵食するような刹那的な美しさが怖い。ドガの描くバレリーナとは全く別物の恐ろしさがある。

そして、バレエに憧れた少女の映画としては、伝説的ダンス映画『フラッシュ・ダンス』が印象的だった。アレックスが最終オーディションで魅せる怒涛のダンスが、私は一番好きだ。

何度も繰り返し流れる”Maniac”での一心不乱なアレックスは官能的に美しく、ときめいてしまうけれど、ラストの“What a Feeling”に乗せてヘルシーに踊るアレックスの方が私は好きだ。

日本では『スチュワーデス物語』のEDの印象が強いんだろうと思われるこの曲だけど、やっぱりこの陽光を浴びて、しなやかに動く肉体の美しさとのマッチングが素晴らしいと思わざるを得ない。映画自体も80年代青春映画のマスターピースと言わんばかりのカットばかり。

ストーリーは概して「可愛くて才能もあるが、金銭的に恵まれなかった女の子が、イケてるおじさんに水揚げされる」それだけの話とも言えるのだが『ダーティー・ダンシング』と同じく、ご都合主義に騙されていたいと思えるほど素晴らしい映画で、ちゃんと泣いてしまう。
実はダンスシーンは別の男性2人と女性1人が演じていたとのことだけど、そういう細かいことはあまり気にせずに観て欲しいな。

そして、前述の『ダーティー・ダンシング』や『フラッシュ・ダンス』といったアメリカダンス映画の金字塔と言えば『サタデー・ナイト・フィーバー』だろう。

ヒロインが現代でいうパパ活女子の癖にトラボルタ演じるトニーとその取り巻きを見下して、鼻についた話し方するから嫌なので、おすすめはオープニングの“Stain' Alive”のステップとディスコ・キングのトラボルタによる圧巻のソロパフォーマンス。
友達は死ぬし家庭は崩壊してるし女は犯されるしの三拍子で頗る暗いアメリカ青春映画としての側面も持つので、基本人に勧めて観終わった後「予想と違う……」みたいな顔されるけれど、ダンスシーンの酔狂的なまでの格好良さにはこれくらいのバランスが必要なんじゃないかな。今こういうディスコあったら行きたかった。

話は変わるが、私の家族、特に母親はヘビースモーカーだったのだけど、親子仲が険悪だった時期に母親と名画座でこの映画を観た。
映画館を出てから徐に細い路地に突っ立って凄い吹雪の中2人で赤マル吸った記憶がある。
あの辺りから母親と和解した気がするし、彼女の喫煙癖は私に完全に乗り移ってしまった。母親に長生きしてもらいたい私の気遣いなのかも。
ありがとう、ジョン・トラボルタ!

でも『パルプ・フィクション』のヴィンセント役の時の長髪の彼は本当に悲しくなるほどヴィジュアルが悪い。体重の増加はここまで人相を変えるのかと思った。

ただ、“You Never Can Tell”に合わせてユマ・サーマンと踊るツイストがあるから全部チャラだね。この後のユマ・サーマン、地獄だけど。

『パルプ・フィクション』は一応クライムムービーの分類ということで、こういった映画群のダンスシーンにも結構記憶に残るものがある。

映画の中の殺人鬼って、ダンスをするようにナチュラルに、優雅に人を殺すからメタファー的な使われ方が多いのかもしれない。

アルゼンチン映画『永遠に僕のもの』でのロレンソ・フェロによるダンスは代表的なものだろう。盗みに入った邸宅のレコードプレイヤーで手慣れた手付きでかけるLa Joven Guardiaの“El Extraño del Pelo Largo”に合わせて幼子の様に腰を振る様子はとてもクライムムービーのオープニングとは思えない。

ここでの悪意の見えない純真さや屈託のなさとエンディングでの諦念的な印象差も特徴的だ。

本作、作中でアルゼンチンロックやポップスは多用されるのに、ガチガチのアルゼンチンタンゴは見なかった様な気がする。
そういえばある友人が「タンゴとフラメンコとタップダンスが全部同じ踊りに見える」と言っていたが、タンゴは余りにも別物だろう。
フラメンコのサパテアード(床を踏み鳴らす動き)とタップダンスが似ていたとしても。
そういえば、タップダンスを取り扱った映画としては『雨に唄えば』や『LA LA LAND』が有名だけど、個人的には『Swing Kids』がもっと評価されるべきだと思う。

戦時下の捕虜収容所を舞台にした戦争映画ではあるのだけども、真摯に作られたタップダンス・エンターテイメント。

韓国ドラマも映画もほぼ観てこなかったが、この作品を観てから日本は韓国に負けたと心から思った。コメディに走る部分や韓国映画特有の演出には少し苦手意識も生まれたものの、純粋に踊りたいという意識での連帯を描いている点に於いて、ヒッピー映画よりもずっと信頼出来る。ルイ・ジョーダンの“Caldonia”もデヴィッド・ボウイも、ビートルズもこの映画でもっと好きになった。

観客としての私達が望みたくはない、想像は容易くも振り切りたいエンディングの前振りである「Swing Kids」としてのタップダンスのシーン、身を焦がすほど華やかで燦々としたライトアップが目に染みて苦しい。

本当はもっと沢山書きたいんだけど、ちょっと眠いのでまた今度。
コメントで皆んなの好きなダンスシーンも教えてくれたら嬉しいです。

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