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語学留学 (アメリカ)その4

私がインディアナ大学ブルーミントン校付属の語学学校で過ごしたのは2月と3月の約2か月だったと思います。確か一期が2か月の集中コースでした。そして週末ホストファミリー・プログラムは学校に慣れた後半に開催されたので、私のホストファミリーとなったアダムスファミリーと過ごした週末は3月の3回ぐらいだったでしょうか。アメリカでは3月から4月にかけての日曜日にイースター(復活祭)があります。きっと外人の私にいい経験になると思ったのでしょう。アダムスファミリーは、このイースターのホームパーティに招待してくれました。

そのパーティは3月後半の週末にアダムスお父さんの友達の家で行われました。確か3家族が集まってのパーティー(というと大げさで、集まり)でした。そこに私はおまけのように加えてもらいました。3家族というと大人が夫婦で6人(とおまけの私)、子供が7-8人いました。合計15人ぐらいはいました。これだけの人数を収容するのは日本の一般家庭だとちょっと難しそうです。とくに東京では(田舎での親戚の集まりなどでは見かけますが)。その家は庭も広く、子供たちはその家(スミス家=仮称)に着くとほどなく「庭で卵を見つけておいで」という親の号令に従って、思い思いに庭に散っていきました。卵は大人たちが事前に庭のあちこちに隠しておいたのです。「全部で25個あるからね」と子供に伝え終わると、家の中では大人7人だけの時間が始まりました。大柄なアメリカ人の集まりですが、とくに窮屈に感じることもなく、リビングルームで談笑しつつ、飲んだり食べたりしながら過ごしたのでした。

リビングのテーブルには豪華に花が飾られ、近くのダイニングテーブルの上には各種の飲み物やおいしそうな軽食、いわゆるfinger foodでしょうか、が並べられています。飲み物の一杯目はホストのスミスさんが用意してくれました。氷の有無を聞き、好きな飲み物を聞いて、それをグラスに注いでゲストの席まで持ってきてくれました。ダイエットコークをリクエストする人が多かったのですが、「アメリカでは遠慮は禁物。ちゃんと自分の好みを伝えましょう」という誰から聞いたともしれない「アメリカ文化を心得ていた」私は、飲み物について聞かれた時に何の躊躇もなく「パイナップルジュールをお願いします」と言いました。その瞬間、何となくですが微妙に空気が動いたような気がしました。でも、それは気のせいだったかもしれません。パイナップルジュールは他のジュースやコークに混じって確かにそこに用意されていたし、私は自分の好みを伝えただけでしたから。ホストのスミスさんは「OK」と言って大きいパイナップルジュールの缶に2か所穴を開けると、パイナップルジュースの黄色い液体をトクトクとグラスに注いてくれました。

この私のリクエスト、後になって「大人」の態度ではなかったなあと思います。アダムスファミリーが1年後ぐらいに来日して、私の家に遊びに来た時のことです。私も数種類の飲み物を用意して、各自の好みを聞いて出しました。子供たちは皆オレンジジュースで、奥さんは紅茶でした。アダムスお父さんの番になった時、私は自分の「アメリカ文化の心得」がいかに浅かったかを思い知らされました。お父さんはコーヒーが飲みたかったようなのですが、奥さんの紅茶(ティーバッグ一つで片が付く)と違って、コーヒーはコーヒーメーカーで「わざわざ入れなければいけない」のを知っていました。なので、私に「何を飲むの」とまず聞いたのです。私は「まだ決めていないけど、私のことはどうでもいいから、あなたの飲みたいものを教えて」と言うと「うーん。コーヒーをヒラリ(私)やヒラリの家族は飲む予定がある?」と再度聞くのです。そっか、コーヒーが飲みたいのに遠慮してるんだと分かった私は「うん、飲む飲む。本当に飲もうと思ってた。私の家族はコーヒー派だから、作れば喜んで飲むよ。だから大量に作る予定」と言うと、アダムスさんは「本当?他の人も飲む予定があるなら、コーヒーにしようかな」とやっと遠慮がちにリクエストしたのです。

何ということでしょう。私の思慮のないパイナップルジュースのリクエストとの大きな違い…。アメリカ文化を知ったかぶりした私の独りよがりの未熟さ。あの大きなパイナップルジュースの缶を私一人のために開けてしまって、スミスさんは残りのジュースをどうしたんだろう。ゼリーでも作って子供のおやつにしたんだろうか。自分や家族で飲んだんだろうか。そんな配慮ができないなんて…。私のリクエストは別に「悪いこと」ではないと思います。でも、アメリカ文化の中にだって「遠慮」や「配慮」「思いやり」はあるのであって、いつでも自己主張するわけではないのだと思います。

ホームパーティでグラスにつがれた飲み物が用意されていて、そのグラスを差し出されて「飲む?」と聞かれた時、飲みたければ遠慮なくグラスを受け取ればいいと思います。あるいは出されている食べ物も「これ食べる?」と聞かれて食べたければ遠慮なく「うん」と言ってお皿をもらえばいいと思います。そんな場合には遠慮する必要はないと思います(特にそれらが十分あれば)。でも、これから缶や蓋をわざわざ開けるもの、わざわざ作るものについては「飲む?」「食べる?」と聞かれた時に大人としての配慮があって然るべきかもしれません。

イースターパーティーの日、大人たちの談笑で私は(もちろん)もっぱら聞き役でした。話の内容が分からないわけではなかったですが、聞き取るのに精いっぱいで、聞いた内容について気の利いた応答ができる状態ではありませんでした。でも頷いてばかりでは相手も変に思うかなと考え、少し話題が途切れたところで思い切って口を開きました。「イースターと色付き卵の関係性は?どうして卵を探すイベントが生まれたの?」と気になっていたことを聞いたのです。6人も大人がいるので、誰かしら説明してくれると思っていました。ところが、誰一人説明できる人がいなかったのです。私の質問に、皆が困惑した表情を浮かべ「考えたこともなかった」「そういえばどうしてかしらね」などと考え込む様子になりました。ホストのスミスさんは「どこかに百科事典はなかったかしら」と言い出す始末です。盛り上がる話題だと思ったのに誤算でした。やっと口を開いた日本人は他のメンバーに難題をぶつけてしまったようなのです。「卵に色をぬるのにどれぐらい時間がかかったのですか」とか「子供が卵を見つけられない時はどうするんですか」とかもっと具体的なことを聞けばよかった。まあ、悔んでも始まりません。そのうち誰かが「復活祭は命が復活するということだから、命との関係性で卵を使うようになったんじゃないかな」と言い出し、みんなそれに同意して何とかその場はおさまりました。

そうこうするうちに庭に出ていた子供たちが「全部で23個みつけたよ。これで全部?」と声をかけてきました。アダムスお父さんが「あと二つどこかにあるはずだから、頑張って見つけて」と励ましましたが、小さい子たちは疲れたのかあきたのか年長組に探すのを任せて、「お母さん、おやつ食べたい」と言い出しました。もっぱら奥さんたちがおやつを欲しがる幼少の子供の世話を焼き出して、卵を隠したアダムス父さんは自分も庭に出て「この辺を探したか」などと聞きながら、あと二つの卵を一緒に探し始めました。そして10分ぐらい後でやっと見つけ出しすと、年長の子供たちと部屋に戻ってきました。それからは、子供たちはおやつをほおばりながら「僕は3個見つけた」「私は4つ」などと、自分が探し出した卵の数と見つけた場所の自慢大会です。

この様子を経験しながら、なんか日本とは家族同士の付き合い方が違うなあと思いました。日本でも同じような集まりや家族間交流はあるかもしれないけれど、もっぱら父親不在だと思います。こんなホームパーティでも奥さんと子供だけが集まって、ホストの家の夫が在宅だとしても、チラっと現れて「いらっしゃい」とか「いつもお世話になってます」と簡単に挨拶する程度じゃないかな。こんな風にお父さんも混ざって、複数の家族全員が誰かの家に集まる機会ってあるのかな。日本の田舎のお祭りなどは家族参加型だけれど、奥さんが陰で料理や準備に追われて、夫はもっぱら飲んだり食べたりする人という関係性が強いような気がします。

そういえば、このパーティで各自が飲み物や食べ物をダイニングテーブルからリビングテーブルの自席に運び出した時、あらかじめテーブルに飾ってあった大きなフラワーアレンジメントが邪魔になりました。大人7人分の飲み物と食べ物を置くためにもう少しスペースが必要だったのです。その時、マーティンさん(アダムスさんとスミスさんともうひと家族の名前=仮称)の発言がおもしろいと思いました。”Which I should choose, the beauty or the food?”と食べ物と飲み物を片手づつに持ってホストのスミスさんに助けを求めたのです。もちろん、”food”が優先され、”beauty”はスミスさんによって別の場所に移されてしまいました。「美と食べ物とどっちを選ぶべきか」なんて、おもしろい言い方ですよね。「この花どこかに置いてくれる」とか「これちょっと邪魔なんだけど」じゃないんです。花も食べ物もどちらもホストによって用意された大事なものという思いやりのある言い方のような気がします。美しい花も準備してもらってありがとう。食べ物もありがとう。でも置き場所が限られている。自分はどっちを選ぼうかと聞いて、遠回しに食べ物を置くための場所を求めたのではないでしょうか。

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