禍話リライト 忌魅恐 『お姉さんの体験した話』

※『自己責任系』の可能性があります。

 

 

Aさん(女性)が実家近辺で体験した話。

Aさんの実家は田舎の方にあり、当時すでに社会人であった彼女は毎日の通勤に電車を利用していた。

田舎なので、いつも利用している駅は昼間の内こそ駅員がいるのだが、夜遅い時間帯になると無人駅状態になってしまう。

 

 

『それ』は、突然始まった。

 

 

ある日のこと。

その日は仕事が立て込んでいて、帰る頃には終電間近になってしまっていた。

電車に乗っているのも、駅で降りるのも、Aさん一人だけ。

改札を通る時も、日中なら切符の確認等のため駅員がいるスペースには誰もいない、という状況である。

疲れと共に寂しさを感じながら駅を出ようとした、その時……。

 

 

視界の隅。

日中なら駅員がいるスペースのすぐ近く。

髪の長い女が俯いて立っているのが見えた。

驚いて振り向いたが、誰もいない。 

 

 

……それは、Aさんが仕事で遅くなって終電で帰る時、無人の改札を通る際に決まって起きた。

視界の隅に、女の姿が映るのである。

 

 

そんなことが何度もあった後、ある日の朝のこと。

Aさんが自宅で眠っていると、ひどくうなされて汗まみれになって飛び起きる、ということがあった。

何か嫌な夢を見たことは覚えているが、具体的な中身は全く思い出せない。

ベッドの上で早鐘のような鼓動を落ち着かせようとしていると、不意に部屋のドアがノックされた。隣室を使っている、Aさんの妹である。

どうやら、昨夜Aさんは一晩中うなされていたらしい。そんな姉の部屋から急に飛び起きたような物音が聞こえてきたものだから、気になって様子を見に来た、というわけだ。

「……大丈夫だから」

そう繰り返すAさんを見つめながら、妹は心配そうに眉根を寄せて言う。

 

 

「……ゆうべ、お姉ちゃん、

『ハイハイ! 気づいてますよ! とっくに気づいてますよ!』

みたいに怒鳴ってたけど……。本当に大丈夫なの?」

 

 

心配そうな妹のその言葉に対し、何も覚えていないAさんは言葉を返すことができなかった。

 

 

 

 

……そんなことがあった、その日の夜のことだ。

起き抜けにそんなことがありつつも気丈にも出勤したわけだが、その日も仕事で遅くなり、帰りは終電間近になってしまった。

当然、その日もその時間に駅で降りたのはAさんだけである。

 

 

改札を通り過ぎる際、やはり女の姿が視界の隅に映る。

その瞬間にAさんは立ち止まり、そして改札を見ながら考えた。

(もしかして今朝、私が夢でうなされてたのって……)

だが、すぐにその嫌な想像を脳裏から振り払い、家に向かって早足で歩き始めた。

 

駅を出てすぐのところに、横断歩道がある。

駅のすぐ前にあるのだが、何しろ田舎のことである。ボタンを押さないと歩行者用の信号が青にならないタイプである。

ボタンを押す。が、なかなか信号は変わってくれない。

(早く青にならないかなぁ……)

 

 

『そんなに◯◯しなくてもいいのにねェ〜。あなたもそう思うでしょ?』

 

 

突然、背後から女の声が聞こえた。◯◯の部分は、『最初は』全く聞き取れなかった。

振り向くと、改札のところに、女がうなだれた姿勢で立っている。

驚いて固まっているAさんに向け、女は再度声をかけてきた。

女が何を言っているのか、今度はハッキリとわかった。

 

 

『そんなに怖がらなくてもいいのにねェ〜。あなたもそう思うでしょ?』

 

 

(……頭のおかしい人だ! どうしよう!)

そう思っているAさんの方へ、女はゆっくりと歩いてくる。

信号はまだ赤のままだったが、Aさんは急いで横断歩道を渡り、道路の向こう側へ逃げた。

 

 

『ちょっと●●だからって、そんなに怖がらなくたっていいじゃない。私だって■■だったんだから』

 

 

そんなことを呟きながら、女はゆっくりとAさんの後を追ってくる。

恐怖に駆られ、最初は早足だったAさんも駆け足で逃げ始めた。

 

しかし、女はゆっくりと歩いているはずなのに、何故か一定の距離を保ったままAさんの後を追ってきているらしい。怖くて背後を振り返る余裕などなかったのだが、女の声が一定の声量、一定の間隔で聞こえることからAさんはそう思ったのだ。

 

 

『ちょっと●●だからって、そんなに怖がらなくたっていいじゃない。私だって■■だったんだから』

 

 

慌てて走っていることもあってハッキリと内容はわからないが、そんなことを繰り返し呟きながら女が後を追ってくる。

 

大通りを駆け抜け、狭い路地に入り、そこを走っていた時だった。

ようやく、女が何を言っているかわかった。

 

 

『ちょっと眼が赤いからって、そんなに怖がらなくたっていいじゃない。私だって人間だったんだから』

 

 

「……ウワァッ!」

驚き、思わず立ち止まる。

するとAさんの耳元で……。

 

 

 

『……ちょっと、見 て く れ る?』

 

 

 

その時。

偶然、宅急便のトラックがその路地を通りかかり、ヘッドライトがAさんを照らした。

周りには、誰もいなかった。

 

それから一週間ほど、Aさんは原因不明の高熱で寝込む羽目になったそうだ。

 

それ以降、Aさんは変な体験はしていないという。

女の姿も一度も見ていないそうだ。

 

……ただ、姿こそ見てはいないが、誰もいない道を一人で歩いていると遠くから何かを呼びかけるような女の声が聞こえるような気がする。そんなことが何度かあったらしい。

そのため、今はAさんは実家を出て、職場に近い都会の方で暮らしている、ということである。

 

 

 ……そんな体験談を綴った手紙が、例のオカルトサークルに寄せられたのだそうだ。

 

※『忌魅恐 序章』を参照



 

そこでメンバーたちが調べてみたところ。

 

この話に登場する路線。

その線路沿いの建物で、首吊り自殺をした人がいたらしい、ということが判明した。

 

田舎の路線にはよくあることだが、その建物というのが線路沿いギリギリの場所に建てられていた。

その建物の、線路に面した側の部屋で、まるで列車の乗客たちに見せつけるかのようにカーテンも窓も全開にした状態で首を吊っていたのだという。

(恐らく『眼が赤い』というのは、その際に充血してしまった、ということなのだろう)

 

(後述する理由により、この話では伏せられているのだが)

手紙には地域名等も記されていたため、当時は結構な騒ぎになったというその自殺の話をサークルメンバーたちは発見できたのだが……。

 

不可解なことに、Aさんから寄せられた手紙にはその自殺についての話は一切書かれていなかったそうだ。

話の内容から察するに、Aさんはそれまでずっと実家で暮らしていたはずだ。そんな彼女が、近くで起きたその騒ぎについて何も知らないとは考えにくい。

仮に、この体験をするまでは知らなかったのだとしても。何か曰く因縁があるのではと調べ、結果その自殺の話に行き着く、そう考えるのが自然だろう。

なのに、何故Aさんはその話については伏せたのだろうか?

サークルメンバーはそんな疑問を抱いた。

 

 

 

……それからしばらくして。

調査を行ったメンバーやこの話を聞かされた友人たちの周りで奇妙なことが起こるようになった。

大学生なのだから、レポート作成や課題のために図書館など静かで『人気のない場所』に籠ることがあるわけだ。

 

そうすると、どこかから女の声が聞こえてくるのだという。

壁を何枚も隔てたような遠くから、自分に向けて呼びかけているらしい女の声が……。

 

そこで慌てて人のいる所まで逃げると、声は聞こえなくなる。そんなことを、この話に関わった相当数が体験したそうだ。

そのため、このAさんの話については詳細部分を伏せたり変更する形で冊子に収録している、とのことだ。

 

 

……だから。

この話を知ってしまった人は、しばらくの間は人気のない場所へ行くのは避けた方が良いのだろう。

でないと、遠くから女の声が聞こえてきて、最終的にその顔を間近で見せられる。そんな恐ろしい目に遭ってしまう、かもしれない。

 

 

 

この話はかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』 特別編『忌魅恐 第二夜』(2020年4月25日)

https://www.youtube.com/watch?v=sUC7NiisizU

を再構成、文章化したものです。

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