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マスクを買いに並んでみた日②

1度目のマスク購入の試みが不成功に終わったので、次を考えなければならなくなった。並べば買える確約はなく、買えても数枚入りのこともある、という状況を理解した今、開店1時間半前というのがネックだったと考え、2回目に挑んだ平日の朝は6時に起きて家を出た。

前回ほど寒くなく風もなく晴れていて、朝の空気がすがすがしく道に人は少ない。が、前回より1時間以上早くドラッグストア前に到着したにもかかわらず、列の長さはほぼ同じで今回の順番は1つだけ繰り上がって8番目。1時間違っても前回と大差ないとは。がっくりきたが、ともかく列に加わる。

客層は前回とだいたい同じ感じで、慣れた雰囲気が漂っている。3人前の女性は小さなプラスチックの椅子に腰を下ろし、悠々とマスカラを塗っている。トップの女性は本を読んでいる。そしておしゃべりしている前の男性2人のうち1人は、明らかに前回も並んでいた人だった。「この店はね、先週の木曜は入荷が多かったよ」「週末はもう並べないよね、ほら普段働いている人がものすごく早くからがんばって並ぶから、全然だめだね」「あっちの店は、6時前でも10人以上並んでたから、こっちにきたんだよ」

彼は途中でハンカチを下に置いて列を離れたと思ったら、コンビニで暖かいお茶を幾つも買ってきて、顔を見知った常連らしき人に配って回ったりしていた。同じことをしている「仲間」と仲良くなりたいらしかった。マスカラの女性はでも、そんな彼とも周りの誰ともまったくコミュニケーションをとらず、マスカラが終わった後はひたすらスマホを凝視していた。

前回は寒すぎて手袋をした手でもポケットから出せなかったが、今回は待っている間に多少ツイッターを見る余裕があった。音楽もひととおり聴いた。そうこうするうちに、今回の列は前回よりずっと長くなっていた。途中で列が折り返し、50人近くになっていたかもしれない。そしてやっと、白衣の店員が近づいてくる時間になった。今回は男性だ。

彼の言うことははっきり聞き取れなかったが、どうやら10個前後箱のマスクがあり、あとは袋入りで、買えるのは全部で20人、ということだった。今回は自分の手元にも整理券が配られた。「購入権利券」とも言うべき貴重な札を思わず記念撮影。今回は8時を過ぎてから列に加わったにもかかわらずぎりぎり整理券を手にした人もいたが、後ろのほうでは数枚入りの袋だけか、という落胆が見えた。整理券を得られなかった人が散った後、白衣の店員は「本日のマスクは完売しました」と大きく書かれたパウチ加工の紙を張り付けた折りたたみ椅子を中から持ってきて、20人目の人の後ろに置いた。

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そこからは、購入が確約された人だけが15分後の開店を待つことになった。ドアは閉まっているが中が見えるので、先ほどのお茶の男性は何度かドアまで行っては中を覗き込み「9人くらいは、うん、箱が買えそうだ」などどマスク入荷の内訳を予想している。この待ち時間は思いがけず「何枚入りが購入できるのか」という不安との戦いになった。確かに3時間近く待って、3枚入りだと結構つらい。

やがて店内の灯りがつきドアが開いて、並んでいた全員の関心がさっと1点に集まった。スマホはしまわれ折りたたみ椅子は素早く畳まれた。列はゆっくり整然と進む。マスクは入ってすぐの床に置かれたプラの配送ケースにまとめて入れられており、整理券と引き換えにそこから1つだけ手に取ることができる。前の人たちが箱を手に、店の奥に進んでぐるりとレジまで列をつくっていく。ついに自分の番。整理券を渡して配送ケースを覗き込むと、袋入りマスクの間に箱入りマスクがかろうじて2つ残っていた。一つは小さめサイズの40枚入り、もう一つは普通サイズの30枚入り。一瞬悩んで小さめ40枚を選び、手に取ったときの安堵感。やった、買えた!と心の中で天に拳を突き上げた。支払いの列に並び、払った金額は500円ちょっと。そう、マスクってこういう値段だったっけ。

オンラインで販売されている、1枚100円相当に高騰しているマスクに大枚をはたいて数週間待つのと、本来の価格でマスクを買うために、早起きして買えるかどうか案じながら列に並ぶことで払う心理体力時間的コストと、どちらの負担がより大きいのか。今ではコストよりも列に並ぶほうがずっとリスクがあると感じる。このような列は屋外であっても人との距離は近く、ソーシャルディスタンスは全く守られていなかった。そのときから2週間以上経過し幸いにも自分にそれらしき症状は表れていないが、ただラッキーだっただけだ。ともかく40枚獲得できた今、もうリスクを冒してマスク列に並ぶつもりはない。

購入できたマスクは予定通り息子のもとに送った。ここに書いたような無茶をすればともかくマスクが手に入る可能性のあるこの国とは違い、かの国では予想通り、医療従事者以外の市民へのマスク供給はいまだに無いも同然。こちらではほぼリモートワークになり自分の仕事も当面休みになったので、家のストックの心配は忘れることにした。孫氏が5月から月間3億枚の供給を確約し、アイリスオーヤマが国内生産ラインを増強してくれた。何とか供給が追い付いてくれることを祈る。

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