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novel「旅」②

     2.
「お楽しみ(シュープリーズ)」と呼ばれるおまけ入りボンボンの封を、彼は音もさせずに解いてゆく。
 菓子箱のふたを開けると、色とりどりのドラジェが現れた。結婚式で花嫁がみんなに配るというこの菓子を、わたしは一度しかたべたことがない。白、淡い青、薄紅、卵色、すみれ色。幸福な色合いの砂糖衣にくるまれたアーモンドは、まるで天使の卵のようだ。
 そして、わたしの望む「かんじんの物」は、ハトロン紙に包まれてドラジェの片隅にもぐりこんでいた。彼が箱を差し出す。
 わたしはそれを厳かにつまみ上げて、手のひらに乗せた。
「賭けをしよう」と云ったのは彼だ。
 わたしたちの長い旅。おまけの玩具が男ものなら、降りる駅は彼が決める。女ものなら、わたしの望むようにする。そう持ち掛けられて、わたしも承知した。さあ、どちらが現れるかしら。
「開けるわよ、」
「ああ」
 上目遣いにすばやく視線を合わせ、手のなかの包みを解いた。現れたのはーー。
「…護符?」
 赤銅の色をした、五角形のメダルだった。赤いガラス玉が四つはめ込まれ、読めない文字が彫られている。
「何かしら、」
「見せて」
 そう云って、わたしの手のひらからメダルを拾う。ひっくり返したり、側面を見たり、ためつすがめつして、「ああ、」と満足げに呟いた。
「金星(ヴィナス)の護符(ペンタグラム)だね」
「え?」
「ほら、細くだけれど、五芒星が彫ってある」
 ほんとうだ。針の先でひっかいたような五芒星が確かにそこに在った。
「…護符というのは、男児向けかしら、女児向けかしら?」
「困ったね」
 彼は苦笑してはいるが、なんだか愉快そうだ。
「金星ということは、恋のお守りなのだろうけど、そうなると子ども向けでもなさそうね」
 ため息交じりにそう云うと、
「子どもの恋も馬鹿にできたものではないよ」
と、彼は応えた。冗談めかした口調だけれど、いつになく真剣な顔をして続ける。
「一〇年も二〇年も想う子どももいるからね」
 わたしは口をつぐんで、目をそらした。
 彼は空気を撹拌しようとするかのようにドラジェを一つ口に入れ、小気味よい音をさせた。小箱をわたしに差し出す。わたしはちょっと迷ってから、淡青色のを選んだ。アーモンドがカリカリと香ばしい。
「さて、」と云って、彼はブランデーの小瓶を手に取る。
「待って。『賭け』はどうなるの?」
 まだしばらく車内に留まろうとするかのような所作に、わたしは慌てて訊いた。
「引き分け(ドロー)かな」
ふたつのグラスに酒を注ぎながら、彼はあっさりと答える。
「そんなのありなの?」
「そういうこともあるさ。明日、また売り子が来たら、もう一度シュープリーズを買おう」
 テーブルに、切り分けられた林檎の包みをひろげ、先程のグラスのひとつには氷、もうひとつには炭酸水を注いで、マドラーをくるりと回す。
 わたしは炭酸割りの方を受け取り、口をつけた。
 そして、何故だか、明日は売り子は来ないだろうと思った。
 この旅はおわらない。彼が望み続ける限り。時間も摂理も帽子を脱いで、彼の意に従うだろうと。


To be continued

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