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しりもち

年も押し詰まったこの時期に聞きたい落語があります。

今日は『尻餅(しりもち)』でみなさんのご機嫌を伺いとう存じます。
早いものでもう年の瀬。
貧乏長屋にも、お金持ちのお屋敷にも、お正月さんは平等に、あまねく来(き)はります。
「ちょっとあんさん」
「なんや」
「なんややあれへんがな。真っ黒い顔でキセルふかして、まるで煙突やがな」
「うるさいな、かかぁ」
「今日は、何日(いっか)と思(おも)てなはる?」
「何の日や?」
「何の日やなんて、のんきな。極月(ごくげつ)の三十日やし。よそは早ようにお正月の用意してなはんのに、うちはなぁんもしてへん。もうお正月さんが来るやないの」
「べつにおれが招待してるわけやないわい。なんもせんでも正月は来るわい」
「去年もそんなこと言うて、結局、あたしがみな、つけ払いやら、面倒(めんど)なことはしましたんやで」
「そんな、言いようしたら、おれに三文の値打ちもあらへんがな。えらそうに言うてるけどな、おれはおまえのおっとやで」
「何がおっとや。下にどっこいつけときなはれ」
「おっとどっこい…やかましわ。どアホ」
「わてが夜なべして、こうやって古着をばらして、端切(はぎ)れをつないで子供の着物をつくってやってまんねんで。よその子は、せんぐりせんぐり(次々に)変わった新しいべべ着せてもろてんのに、うちの子はいっつもおんなじもんを着せられて。かわいそうやと思えへんか?」
「ようやってなはる。感心感心」
「まるで他人事(ひとごと)やな。あんさんの連れ子やないし。あんさんとわたいの子でんね。もっと目ぇかけてやっておくれやす」
「わかった、わかりました」
「ほんで、あんさん、お正月のお餅は搗(つ)きまへんのんか?お隣の奥さんは女所帯やのに五升(ごしょう)も賃搗(ちんつ)き屋に搗かさはったんえ」
※「賃搗き屋」とは餅つきを請け負う業者で、普段は炭屋とか夏は氷屋などを営む。呼べば、臼・杵・蒸籠(せいろ)持参で軒先まで来てくれて、客はもち米とへっつい(かまど)だけを用意すれば一臼なんぼで搗いてくれると桂ざこば師匠が教えてくれた。

「じゃまくさい」
「じゃまくさいて。わたいはなんも、お餅が食べとうていうてんのやないの。子供らが『まだお餅、搗かへんの』てうるさいやんか。せめて餅搗きの音だけでもさせたってぇな」
「ほな、何かい。音だけでもええんか」
「搗いてくれはんの?ほならもち米、買うてこんと」
「あほ、音だけていうてるやろ?もち米買う金があったらこんなことせんでええんじゃ」
「どういうことでんの?」
「とにかく、もうあしたは大晦日や、賃搗き屋なんか頼んでも来てくれっかい。そやからな、今晩な、お前が大声で『賃搗き屋は~ん、搗いてもらえまっか』と言え。ほなら長屋の連中は、うっとこもいよいよ餅を搗かはんねんなと思いよる」
「だれがそんな小芝居を信じますねん」
「まあ、ええから大声で言うんや。ほんでな、お前はおれの前に来て着物の裾をばぁっとめくって、尻をだすんや」
「なんですて?」
「おれがお前の尻をぺったん、ぺったんと勢いようしばいたるとな、景気のええ餅つきの音の出来上がりや」
「わたい、年の暮れにおいどはん(お尻)を出して、あんさんに叩かれますのん」
「それくらいせな、長屋の連中に、なんやあいつんとこは餅搗く金もないんかいと言われておもろないがな」
「そやかて、お餅がなけりゃ、やっぱりおかしいと思いなはるで、ご近所は」
「あのな、おまんとこの里から送ってきた蕪(かぶら)があったやろ。あれの青いとこをすぱっと落として、皮の汚いとこも削って白うして、そこらに並べとけ。遠くから見たら餅に見えるわい」
「ほんまに、あほなことを考えますねんな。そやから貧乏(びんぼ)は嫌いですねん」

三十日の夜も更け…
寝静まった貧乏長屋から一人の男が出てまいります。
そして出てきた自分の家に向かって、
「たけうっつぁん(竹内さん)、たけうっつぁん!」
と自分の名を呼ばわり、どんどんとゆがんだ戸を叩きます。
「どなたですねん?」と、かかぁの声。
「わしや!」
「あほっ、『賃搗き屋』でっしゃろ?どこの世の中に賃搗き屋が『わしや』と返事しまんね」
と、小さい声でかかぁがたしなめます。
「あ、ああ、間違えた…え~と賃搗き屋でおます!」
「賃搗き屋はん?待ってましたえ。一升五合(いっしょうごんごう)ほど搗いてもらえまっか?」
「へい、おおきにさんです。ほなら景気ようやらしてもらいまっせ。おい、せぃやん、やまちゃんそれからきぃ坊、用意せぇ」
「あんさん、何いうてまんね。あんさん一人でっしゃろ?」
「やかましい。賃搗き屋はおおぜいで来とんねん。おれは親方や」

「さあ、やってまおか。きぃ坊セイロを出せ、へっついにかけぇ」
「ほいきた」
「やまちゃんは、コメを研いでや、せぃやんは、臼を持って来といてや」
一人で「大将」は何役もこなしています。
「ほな、みなさん、手がすいたらこっち来て煮しめなんかをつまんでもろて、一杯やっとくれやす」と男は、勝手に芝居を盛り上げます。
「どこに煮しめなんかありまんね。それにお神酒(みき)もありまへんよ」と、かかぁ。
「芝居じゃ、かか。景気のええとこを見せるんやがな。おい、かかぁ、棚の祝儀袋あるやろ?」
「なんですて?ご祝儀あげなはるの?この長屋で賃搗き屋にご祝儀出すとこなんか一軒もおへんえのに…よろし、そこは大きい声で言うとくなはれや」嫁も乗り掛かった舟とばかりに芝居に加わります。

「さあ、かかぁ、出せ!」

「ほんまに、やるんでっか?」しぶしぶ、嫁が尻をむき出して、夫の前に跪(ひざまづ)きます。
「ほう、白いきれいな臼や」撫でさする男。
「ちょっと、あんたどこ触ってまんね。はよ搗いてしまいなはれ」
「手水(てみず)用意でけたか?」
「え?このさぶいのに水、つけなはんの?」
「あほ、水を臼にまわしとかんと餅が離れんがな」言うが早いか桶の井戸水を掌で掬って、嫁の大きな尻にべしゃっと掛けました。
「ひぃ~つべたぁ!」
「臼がしゃべんな。お~い蒸しあがってるかぁ?へぇい。ほないくでぇ」
「どない搗かしてもらいまひょ。え?お鏡さんがひとつ、小餅がいくつ?」
ぺったん、ぱっしゃん、ぺったん、ぽったん…
ほら、ヨイト、ほいよ、あらよ、ほいさ…
「あんた、痛いわぁ、叩くとこ変えてぇな」
「臼はだまっとれ」
ほら、ぺったん、よいと、ぽったん、あらよ、ぺったん…
「もう、堪忍しとくなはれ、おいどが割れるぅ」
「まえから割れとるわ」
「あと何臼、搗かはるの?」
「二臼(ふたうす)じゃ!」
「その二臼分はシロムシ(白蒸し、搗かないでごはんのまま)でお願いします!」
ちゃんちゃん

※桂ざこば師匠の噺をすこし、はしょって、脚色させていただきました。

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