見出し画像

起業は「立派な話」だけではない。米国化粧品ブランド Tatcha 創業者のリアルな起業ストーリー

こんにちは。D4VというベンチャーキャピタルでアソシエイトVCとして働いている飯田です。

最後の記事からだいぶ時間が経ってしまいました...!アウトプットすることからしばらくお休みしていましたが、また少しずつ、自分のペースで更新していきたいと思います。

さて、今回は、7月中に書いていたものの、放置してしまい、今更公開する記事です。笑 2ヶ月遅れの公開ですが、内容はいつ読んでも参考にできるものだと思います。

起業家のインタビュー記事を読んだり、イベントでの登壇トークを聞いたりしても、どうしてもビジネスのハイライトなど成功談に注目が行ってしまう。そういう話ばかりを聞いていると、起業家の中には「私にはできない」と、自信を失ってしまう方もいるでしょう。起業家ではない人からしても、「起業家ってやっぱりすごいんだ、『すごい人』じゃないと生き残れないんだ」というイメージを強く抱いてしまうことになるかもしれません。

しかし、今回聞いたポッドキャスト How I Built This のエピソードは、このような起業家のイメージを壊してしまうほど、予想とは違うものでした。むしろ、起業家の感情の変遷をあらわにし、当時の状況を細かく描き、ディテールまで語ってくれた、とても人間味のあるストーリーでした。

アメリカの化粧品ブランド、Tatcha のファウンダー Vicky Tsai 氏のお話がすばらしかったので、自分の備忘録のためにも、記載します。

ユニリーバに5億ドルで買収された Tatcha の会社概要

2019年6月にユニリーバに5億ドル(約540億円)で買収された、米国化粧品ブランド Tatcha。そのプロダクトは、Tsai氏が京都を訪れた時に出会った芸者と、彼女たちが古くから使用していた化粧品がインスピレーションの元となっていました。

Tatcha の化粧品については、次の記事が詳細にまとめてくださっているので、こちらを読んでください。

創業者のTsai氏が歩んだ、起業までの苦悩

さて、今回とくに注目したいのは、創業者 Tsai氏が起業に至るまでの道のりです。

① 9.11 を経験、夫の病気

時は2001年に戻ります。NYで証券会社で働いていた彼女は World Trade Center の向かいのビルで働いており、同じビルの上層階にパートナー(後に夫)も勤務していました。9.11当日、ハイジャックされた飛行機が建物に突っ込む爆音と地響きを経験。家へ避難中、WTCから人が飛び降りる光景も目撃します。

彼女も夫も無事怪我もなく帰宅。しかし、精神的には大きな打撃を受けていました。9.11の悲劇が終わり、しばらくして夫が自己免疫疾患に。それをきっかけに、「これ以上 NYには住み続けられない」と決意します。

② ハーバードMBAに進学するものの、顔が急性皮膚炎に

その後、ハーバード大学のMBAに進学。在学中、インターンとしてP&GでSK-IIの事業に参画し、いろんな化粧品を顔に試した結果、顔中が急性皮膚炎になってしまい、3年間苦しまされることに。

ハーバードMBA後、スターバックスに入社して、ひたすら働きます。休日まで返上して海外出張など頻繁にこなし、とにかくがむしゃらに働いて結果を出したはずなのに、評価は「平均以上」。当時の上司からの不当な評価に不満を感じて辞職します。

その後、サステイナビリティに取り組むスタートアップに転職したものの、4ヶ月で辞めてしまいます。そのスタートアップでの勤務が苦であったわけではなく(そのスタートアップは今振り返っても、当時ではとても先進的なことを目指しており、素敵だったと言います)、自分に向いていないと感じ、辞職。スターバックスCEOのHoward Schultzからも引き寄せがあるものの、その頃にはTsai氏は精神的に疲れていました。

③ 「自分探しの旅」で行った京都での、転機

P&Gインターン時代からの顔の急性皮膚炎は、いまだに治る気配がありませんでした。少しでも化学物質の入った洗顔料や化粧品に皮膚が反応してしまうため、なるべくオーガニックのものを使用。その中でも特に、日本製のあぶらとり紙を愛用していました。

ある日、そのあぶらとり紙を切らしてしまいます。アメリカではどこにも買えなかったので、そのあぶらとり紙を求めに、なんと、京都に行きます。(当時、妊娠もしていたこともあり)彼女曰く「自分探しの旅」でもありました。

京都にたどり着くと、あぶらとり紙に使われている金箔の職人と出会います。その方との会話で、「あぶらとり紙がなぜ顔に優しいのか、どのような効能があるのか知りたいなら、昔から使っていた芸者に話を聞くと良いよ」と言われ、芸者に紹介してもらいます。

念願の芸者との対面で、Tsai氏はその方の美しさに感激します。芸者の化粧姿だけではなく、彼女のすっぴん肌が驚くほど美しかったのです。

感激したTsai氏は、日本のあぶらとり紙の効能を信じ、10,000枚分をまとめて購入し、アメリカで商売を始めます。設立した会社の名はTatcha。「息を吐くようなイメージ」から生まれたお気に入り名前だが、のちにTsai氏と親しい日本人の友人から「最初聞いた時、『立て花』のことかと思ったよ」と伝統的ないけばなのスタイルを連想したと言われ、さらに感銘を受けます。

起業から黒字化まで、8年の道のり

起業当時は貯金ゼロどころか、借金が6000万円以上もありました。そしてその後、借金は膨らむばかりでした。妊娠もしていたため、体調管理にも気をつけながら、日々ストレスと戦っていたことでしょう。それは決して楽な道のりではなかったと思います。(妊娠9ヶ月の時、スーパーで食料品を買おうとしたところ、クレジットカードが凍結されてしまい、食料品も買えずに帰宅したこともあるそうです。)

実際、Tatchaは黒字化するまで8年かかっています。ここまでの道のりについては、このポッドキャストでも言及されていますが、他にも多くの記事が書かれています。必ずしも彼女の苦悩について書かれたものではありませんが、Tatcha そして Vicky Tsai の起業ストーリーをもっと読みたい方は、次の記事を読んでください。

芸者から得たインスピレーションについて(英語)

夫婦関係と起業について(英語)

赤字で過ごした9年間について(英語)

よく記事で見かけるのは、彼女の輝かしいキャリア、そして素晴らしい起業ストーリーです。しかし、これらの裏には、それまでの彼女の多くの苦しみや葛藤があったことを忘れてはいけません。記事内である程度彼女の苦悩について記載するものの、今回ご紹介したPodcastほどその苦悩の全貌、そしてその感情が伝わるものはないと思います。

印象的だったのは、Podcastの最後にTsaiが残した言葉。

これまで取材されても、自分のキャリアのハイライトを聞かれるばかりだった。ずっと本当の話を伝えたかった。もしこのPodcastが起業当時の頃にもあったなら、私はあれほど孤独に感じなかったのかもしれない。
もしTatchaでの期間でなにか悔いが残るなら、それは「もっと自分に自信を持てば良かった」かな。それまで自分は他に女性起業家の事例をあまり知らず、どう振る舞えば良いかわからず、とにかくみんなに好かれようと、「あのめんどくさい女性CEO」と思われないようにと気にしていた。でも、実際は、あの時精一杯がんばっていて、それで十分だった。どの起業家も、初めての起業は右も左も分からない状態。とにかく毎日仕事に行くこと、それが最重要。私も、もっと胸を張って、自分を信じて良かったんだ。

この彼女の言葉こそ真実だと、心に響きました。

起業で疑心暗鬼になっている方、自分の歩んでいる道に不安を感じている方。輝かしい起業ストーリーではなく、その裏にある本当の話に耳を傾けると、意外と彼らも同じ不安な気持ちを抱えていたことがわかるかもしれません。

最後まで読んでくださりありがとうございます!
これからもVCとして日々学んだことを、記事として記録していきます。

Twitterもやっています!資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!
こちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?