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Morten Schuldt-Jensen氏 #いにちうむ

(文: 谷郁)
vocalconsort initiumの主宰兼指揮者のひとり、谷郁(たにかおる)です。
今日は、initiumが客演指揮としてお招きするMorten Schuldt-Jensen(モルテン・シュルト=イェンセン)氏についてお話ししたいと思います。

彼のことをご存知の日本の方は、多くはないのではないでしょうか。合唱好きの方であっても、全日本合唱連盟のコンクールの審査員として、初めてお名前を知ったと言う方が大半ではないかと想像しています。
ヨーロッパでは、もちろん日本よりずっと知名度は高いですが、それでも誰でも知っている大スターというよりは、知る人ぞ知るスペシャリストという感じではないかと思います。

《Morten Schuldt-Jensen モルテン・シュルト=イェンセン プロフィール》
デンマーク王立音楽アカデミー及びコペンハーゲン大学にて、指揮、声楽、声楽教育学、音楽学を学んだのち、S.チェリビダッケ、E.エリクソンに師事。
1999年から2006年までライプツィヒ・ゲヴァントハウスで合唱指揮者を務め、これまでにSWR声楽アンサンブル、RIAS室内合唱団、DR放送合唱団、ゲヴァントハウス管弦楽団、ベルリン古楽アカデミーをはじめとするドイツやスカンジナビアの有名合唱団及びオーケストラを指揮している。
演奏レパートリーは、古楽から現代音楽まで幅広く、ジャズやポピュラー音楽も含まれる。2006年よりフライブルク音楽大学指揮科教授。

私が初めてモルテンさんに出会ったのは、オーストリア留学中のことです。オーストリアやドイツの大学は夏休みが3ヶ月と長く、その期間にバカンスを取るだけでなく、国内外で行われるマスタークラスに参加する学生が多くいます。私は勤勉な日本人留学生だったので、夏休みの度に2つ3つのマスタークラス(それぞれ3日〜1週間程度)を渡り歩いていたのですが、ある年に相方である柳嶋さんから、「モルテン・シュルト=イェンセンというすごい指揮者がいて、その人のマスタークラスがドイツであるから一緒に参加しよう」と誘われ、「ふーん?そんなにすごいなら行ってみるか」と参加したのがモルテンさんとの出会いでした。

マスタークラスは当時、Deidesheim(ダイデスハイム)というワイン造りがさかんな小さな村で、毎年夏に1週間かけて行われていました。希望者はダイデスハイムの住人の方の家にホームステイすることができ、昼食時には村のおばちゃんが作ってくれるおいしいスープを受講生全員でいただくような、アットホームで温かいマスタークラスでした。

マスタークラスの受講希望者(指揮受講の希望者と合唱受講の希望者合わせて2~30人程度)は初日に初めて顔を合わせ、まずは指揮受講生を決めるオーディションが行われます。モデル合唱団というものはなく、受講生自身が合唱団になるのですが、その合唱団を相手にリハーサルを行い、その様子をモルテンさんと、モルテンさんのお弟子さんでありマスタークラスのアシスタントでもある合唱指揮者の安積道也さんが見て、8名程度の受講生を選びます。
つまり、指揮受講を希望していてもオーディションで選ばれるかどうかは現地に行ってみないとわからず、受講生にとっては1週間の命運を左右するスタートとなるわけです。(ちなみに選ばれないと合唱団として参加するわけですが、それはそれで非常に学びの多い時間なのです…。)

谷・柳嶋は幸運なことに初回のマスタークラスで指揮受講生に選ばれた訳ですが、そこで初めて受けた彼の指導、そして彼自身が指揮を振った時の合唱団のサウンドの変わり方は本当に衝撃的でした。モルテンさんの指揮で歌っていると、自然と楽に声を出すことができ、辛かったはずの高音がすっと出たり、今まで出したことがないような重厚な声が出たり、しかもそれが自分の意志とは関係なく体が勝手に指揮に反応しているような感覚なのです。そういうことが出来る指揮者は他にもいるかもしれませんが、モルテンさんのすごいところは、それをメソードとして確立されているということです。
どういう腕の振り方をすれば合唱団の発声を支えられるのか、逆にどういう動きが歌の邪魔をするのか、語尾の子音の入れ方、nやmを響かせたいときの腕の筋肉の使い方…。数え切れないほどのテクニックと、そして同時にテクニックだけを真似しても中身の音楽がからっぽでは何の意味もないと言うことも、教えていただきました

「指揮」という行為に対する考え方が、自分の中で180度とは言わないまでも、150度くらい変わるような衝撃的な1週間でした。
そののち私は3回ほど彼のマスタークラスに参加しているので、関わった時間は全部合わせても1ヶ月と決して多くはないですが、それでも彼の存在が自分に与えた影響は非常に大きいと思っています。

とあるレッスンでモルテンさんが私に「君の指揮は、強力ではないかもしれないが、歌い手の音楽の邪魔をしない。それはすばらしい才能だよ」と言ってくれたことがあります。その時は「それって指揮者として合唱団を引っ張っていく力が弱いということでは…?」とあまり前向きに受け取れなかったのですが、そのことの大切さを少しずつ理解して、今では自分を支えてくれているひとつの言葉になっています。
もうひとつ印象的な彼との会話は、最後に参加したマスタークラスで、「私たちは日本で合唱団を作るから、いつか日本に来て指揮をしてほしい。何年後になるかわからないけれど...」と言ったときに、「もちろんだよ。それじゃあ…いつかの水曜日に(笑)」と笑い合ったことです。演奏会は残念ながら火曜日ですが(笑)翌水曜日には指揮法セミナーが行われるので、私たちのあの日の約束はもうすぐ実現すると言っていいでしょう。

思い出を書き始めたら長くなってしまいましたが、モルテンさんとの出会いは私と同じように多くの方に衝撃を与えてくれるのではないかと思っています。
モルテンさんの指揮で歌えるinitiumのメンバーや直接指導が受けられる指揮受講生は本当に幸運だと思いますが、演奏会での彼の演奏を聴くこと、また指揮法セミナーを聴講することなどを通して、一人でも多くの方にモルテンさんと出会っていただきたいと思っています。コンサート、セミナーともにまだご来場が可能ですし、後日配信なども用意しておりますので、ぜひ可能な方法でご参加いただけたら嬉しいです。

最後に…先日モルテンさんのお弟子さんの安積道也さんとお話をした時に、「コンサート本当に楽しみだね。でも、モルテンの後に指揮をするのは大変だね(笑)合唱団の反応がすっかり変わっちゃうから」と言われたことにずっと慄いています(笑)でも不安というより何が起きるかわからないワクワク感の方が大きいので、私自身も彼との共演を精一杯楽しみます!!!

Deidesheimの街並みと、通学中に指揮を練習してしまう谷さん

vocalconsort initium ; 6th concert
- Le vrai visage de la paix -
11/22 Tue. 19:15〜
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