成功するオープンイノベーションに必要な要素とは:大企業とスタートアップの感覚のズレを考える
ベンチャーキャピタルJAFCO(ジャフコ)で投資先支援を行っている西中です。
新卒でJAFCOに入社してから、日本におけるオープンイノベーションの成功事例を1件でも多くを生み出せるように試行錯誤を重ねてきました。
オープンイノベーションに取り組む大企業は年々増えていますが、反面より多くの課題に直面する機会が増えました。
大企業側とスタートアップ側どちらの内情も見てきた立場から、今回は大企業とスタートアップ、それぞれ当事者では気づきにくい「感覚のズレ」についてお話していこうと思います。
オープンイノベーションの社会的な認知は高まりましたが、まだまだ情報の共有は不十分だと感じています。これからオープンイノベーションを更に推進していくためには、それぞれの立場を超えて「仕組み全体の問題」と向き合っていく必要があると感じています。
大企業とスタートアップの間でハブ的な役割を担うベンチャーキャピタル(VC)の視点から、私なりの考えを皆様に発信することで、より活発な意見交換のきっかけとなればと考えています。
大企業とスタートアップとの間にある2つのズレ
大企業とスタートアップの協業を推進していくと
「思うように進まない」「こんなはずじゃなかった」
というような声を双方からよく聞きます。こういったミスマッチの背景には、大企業とスタートアップの間にある様々な感覚のズレがあるように思います。
詳しくは後述しますが、特に「期待値のズレ」と「時間軸のズレ」は、オープンイノベーションに関わる誰しもが経験しているのではないでしょうか?
この課題について詳しく論じる前に、まずは大企業とスタートアップの構造の違いを明らかにしておきたいと思います。
スタートアップの特徴として
・独自の技術や新たなアイデアに基づいたサービス・ソリューション
・組織が小さいことによって、PDCAを早く回せるスピード感
というメリットがある反面
・特定分野以外の知見がないケースが多い
・自社が関係する業界以外の業界知識が乏しい
・プロジェクトマネジメントの経験者がいない
(特にシードやアーリーフェーズ)
・プロジェクトの進め方が洗練されていない
といったデメリットがあります。シードやアーリーなどスタートアップの各フェーズの特徴について知りたい方は、以下の記事もぜひ参考までにご覧下さい。
https://note.com/vc_jafco/n/nd6fe935bb14e
一方、大企業であれば
・様々な経験・ノウハウなどが社内に蓄積されている
・これまでの経験に基づいて最適化されたオペレーションが存在している
・各部署からの意見を集約することで、プロジェクトに対してより確度の高いリスクヘッジやブラッシュアップが出来る
といったメリットと
・前例のない取り組みに対しては、社内の他部署や経営陣に対する説明責任が生じる
・ステークホルダーが多数存在するため、意思決定プロセスが煩雑化している
・意思決定までに各部署との調整のコストがかかる
といったデメリットがあります。
このメリットとデメリットがかみ合って、互いにシナジーを生み出す協業が理想でしょう。しかし実際の現場では相互理解が進まないまま、中途半端に終わってしまうケースも多く見られます。
期待値のズレ:「当たり前」の落とし穴
たとえば、「AIを使って業務の効率化を図りたい」という課題を抱えた企業が協業先のスタートアップを探しているとします。
そういった場合に起こりがちな課題の一つが
・そもそもなぜ、業務の効率化をしたいのか?
・業務プロセスのどの部分を改善したいのか?
・現状揃っているデータは何があるのか、またどんなデータが不足しているのか?
といった要件の詳細を詰めずに、双方の役割分担や業務範囲を不明瞭にしたまま、スタートアップとの協業を進めていくケースです。
スタートアップ側としても受注したいという気持ちがあるため、細かい要件が固まっていない場合でも取引を始めてしまうことがあります。そうすると、結果的にプロジェクトが上手くいかなくなることが多いのです。
こういった課題の背景には、次のような要因が挙げられます。
・スタートアップの内情に詳しくない企業の場合、課題の要件定義や業務プロセスに関する専門知識やノウハウを相手が持っていると認識しているケースが多い。
・取引先の業界に関する専門知識やプロジェクトマネジメントの経験がないスタートアップの場合、その点を相手に言い出せないまま、協業にチャレンジしがちな傾向がある
最近自分の中でも一二を争うおすすめマンガ「左ききのエレン」をもとに、例を挙げてみましょう。左ききのエレンの作中では広告業界のリアルな話が多々取り上げられていますが、読んだことのある人はそれらの場面をイメージしてみてもらえたらと思います。
https://twitter.com/nora_ito/status/1472587399645777920
たとえば、クライアント企業が大手広告代理店相手に「自社商品の広告を出したい」と言ったとしましょう。そうすると、広告代理店側のクリエイティブチームが自社の販売戦略や競合調査など細かなヒアリングやリサーチをしてくれますし、デザインやコピー担当も様々な案を提案してくれるでしょう。クライアントからすれば、いったん要望を投げてしまえば、広告のプロにある程度お任せできるわけです。
ところが、こういった大手を相手にしている感覚のままスタートアップと組もうとすると、大きな齟齬が生じます。
ふわっとした要望や課題に対して大手がスムーズに対処できるのは、今まで培った業務知識や業務への理解、そしてプロジェクトのマネジメント経験があり、かつ自社のリソース内で対応できるからです。こうした要件定義や全体のマネジメント、そしてプロジェクト中に生じるイレギュラーへの対応を事前に盛り込んでいるからこそ、大手の提供価格はスタートアップよりも高めに設計されています。
前提として、スタートアップには大企業ほどのリソースがありませんし、そもそも提供価値のベクトルが全く異なります。すでに最適化されたノウハウを持つ企業相手との取引と同じ感覚でオープンイノベーションを進めようとすると、スタートアップのデメリットばかりが目立ちやすくなり、協業のメリットが発揮されなくなってしまうのです。
結果として
・企業側は「コスト面は安く抑える形にできたが、期待値は超えられなかった」と感じてしまう。
・スタートアップ側は「当初想定していない業務が増えて、自分たちの得意領域を生かせず、本来のパフォーマンスを発揮できなかった」と感じてしまう。
という状態になってしまうのです。こういった前例が増えていくと、「スタートアップとの協業=思ったほどの成果は期待できない」という企業側の誤解を招きやすくなります。
しかし実際のところ、こう言ったケースの原因はスタートアップのクオリティの問題では無いことが大半です。むしろ「プロジェクトの進め方」さえ改善できていれば、同じ組み合わせでもより良い結果が出せていただろうというケースは多々あります。
こういった期待値のズレは、特にIT領域で生じやすいようです。「最先端のテクノロジー」や「新技術」を強みとするテック系スタートアップ相手のプロジェクトでは、言葉のイメージが先行してしまうせいか、スタートアップの実態を上回る期待を企業側が抱きやすい傾向にあります。
「あらゆる課題を解決してくれる魔法使い」の役割を企業側が期待したとしても、大企業のようなリソースがないスタートアップにとっては全ての期待に100%応えることは難しいでしょう。
そもそも組織の規模に関わらず、そもそも何かしらの課題を解決しようとする場合、タスクの優先度の見極めと取捨選択が必須だからです。
そういった「当たり前」の部分をきちんと認識した上で、スタートアップだけでは不足しがちな分野のタスクを企業側のアライアンス担当者や窓口を担う人がサポートしていければ、協業の成功確率はより高まるでしょう。
先程例に出した「AIを使った業務効率の改善」であれば、業務プロセスの可視化やボトルネックの洗い出し、課題の優先順位決めなどを大企業側が事前に行っておくと、スタートアップとの協業が円滑に進みやすくなります。
各企業とスタートアップ、それぞれに「出来ること・出来ないこと」「得意なこと・苦手なこと」が違うからこそ、協業する意義があります。オープンイノベーションで双方が幸せな結果を導くためには、双方向で情報を出し合いながら事前の相互理解を深めておく必要があるといえるでしょう。
時間軸のズレ:意思決定の前後で生じるギャップ
企業とスタートアップのオープンイノベーションの事例で頻発するもう1つの大きなズレが「時間軸」です。特に、企業側がスタートアップに対して出資を行う場合、この時間軸のズレが非常によく見受けられます。具体的には、「意思決定前」と「プロジェクト始動後」それぞれで課題に直面するケースが多いようです。簡単にですが、以下の表にまとめてみました。
オープンイノベーションの現場にいると、「どうしてこんなに相手企業の反応が遅いのか」という声をしばしばスタートアップ側から耳にします。特に、スタートアップ側の主要メンバーに一般企業での勤務経験がない場合、相手の意思決定プロセスが理解しづらいケースがあるようです。
先述した通り、大きなリソースを抱える企業からすると、自社のリソースを動かすためには様々なステークホルダーと調整を重ねてから、最終的な意思決定を下す必要があります。つまり、相応のコミュニケーションコストが発生するわけです。たとえば機密保持契約書一つ締結するにしても、そのプロジェクトの前例がない場合、
・どの部署の誰が最終的な責任者になるのか
・どの範囲の情報までを開示対象とするのか
・想定されるリスクに対して、どこまで対策を立てておくべきか
など細々とした調整を行い、社内で合意を得る必要があります。1つの契約を結ぶだけで、内容によっては1ヶ月以上かかることもあるでしょう。
こういった体制の違いを事前に理解し合えていればいいのですが、時間軸のズレからすれ違いにつながるケースもしばしば見受けられます。
たとえば、協業先を探している企業が、アクセレレーションプログラムなどを通じたピッチイベントを実施したとします。そういったプログラムに参加してくるスタートアップは自社のサービスに絶対の自信を持っていますし、練りに練った提案を用意してきます。
社運をかけたプレゼンを披露するスタートアップ側としては、できれば大企業側にも自分たちと同じ熱量や共感返してほしいという期待があるわけです。
ところが、たとえ素晴らしい内容の提案だとしても、企業側では様々な部署との調整をしてからでないと協業に向けた正式な回答ができません。スタートアップの経営者のように、面談中やプレゼン直後に取り組みの意思を伝えるようなケースは極めて稀でしょう。
特にスタートアップからの提案が主催者側の担当領域以外に関連した内容だとしたら、コメントすら不用意にできない可能性があります。場合によっては、担当部門に話を繋ぐ際に返ってくるであろう質問を事前に想定し、あえて懸念事項を洗い出すためにネガティブな質問をスタートアップに投げかけることもあるでしょう。
スタートアップからすれば他社では実現できないオリジナルの提案をしているわけですが、企業側の視点で見ると、他社のサービスや提案とも比較した上でその提案を採用する根拠を社内で説明し合意を得なければ、意思決定ができないわけです。その分のコミュニケーションコストもかかるわけですから、見極めは慎重にならざるを得ません。
一方、スタートアップからすれば経営者=当事者であり、意思決定構造がシンプルな分、レスポンスの早いやり取りに慣れています。そのため、企業側の意思決定プロセスを把握していないと、企業側の動きがどうしても鈍く感じられてしまうのです。最悪の場合、そういった違いが「自分たちは本気で提案を用意したのに、相手は本気で取り組んでくれない」という誤解へと発展し、双方の立場を理解しえないままに交渉が決裂してしまいます。
逆に、こうした時間軸のズレをうまく調整できた成功事例としては、JR東日本の無人コンビニの事例が挙げられるでしょう。JR東日本グループのCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)であるJR東日本スタートアップ株式会社と、サインポスト株式会社の合弁で立ち上がった株式会社 TOUCH TO GOのプロジェクトです。
このプロジェクトで導入された無人決済店舗システム「TTG-SENSE」は、実用化までに2度の実証実験をしています。1年目に行われた最初の実証実験では、当初の期待値を超えるほどの精度を出せなかったそうですが、翌年にもチャレンジを行い、1回目を上回る精度を出せたことで実用化に至ったといわれています。
コンビ二店舗の無人化運用は、恒常的な人材不足に悩むコンビニ業界において非常に優先度の高いテーマでした。テクノロジーに過度な期待を抱くことなく、企業とスタートアップ双方が問題意識を共有し、課題解決に向けてスクラムを組んでプロジェクトを推進できたからこそ、業界内で長年抱えていた課題の解決に貢献できる新事業が成立したわけです。
とはいえ、なんでもかんでもズレを許容すべきと言いたいわけではありません。期待値のズレにせよ、時間軸のズレにせよ、まずは「双方の認識がズレている」という認識を持つことが大事だと考えています。その上で、どこまでを許容するのかは当事者の判断次第でしょう。
オープンイノベーションの現場では、相互理解の不足が原因で誰も悪くないのに誰もが幸せになれなかったという事例が多々あります。VCとして多くの事例に関わらせて頂き、双方の視点を学んでいく中で、大企業とスタートアップの相互理解をもっと進めていかなくてはという思いを常々感じています。
これからも私なりの視点を皆様に発信していければと思います。ぜひ皆様の知見も学ばせていただきながら、よりよいオープンイノベーションの創出をともに目指していければ幸いです。
文章協力)株式会社SHUUU
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