見出し画像

#10 ブンタウの思い出

note を始めてから、これで10回目の投稿となるわけでありますが、どうにも知人や友人が私を訪ねて当地、ホーチミン市に来てくれた際の話題が多くなってしまっているように思います。
言い訳をさせていただきますと、これは私にとっては至極当然のことでありまして、普段の私は家と会社の往復で平日は終わり、休日は朝には散歩に出るものの、あとは終日自宅に引きこもってゲームをしたり、動画を視聴して過ごしているので、なんら新しいこと、刺激的なことがございません。

そして、平日、週末ともに純粋な日本語を話す機会がほとんどなく、たまに友人や知人が訪ねてきてくれた時などは、一緒に食事や観光といった具合に外出する機会が増えるだけでなく、生粋の日本語での会話ができる数少ない機会であり、大変印象に残るわけであります。
やはり母国語での会話は、お互いの意思を正しく伝え合うことができるために、ストレスもなく、また大変込み入った会話もできるゆえに、印象に残る次第でございます。

ちなみに、この意思疎通がうまくいかないということは、これは私のみならず相手にとっても、時としてストレスとなることは当然のことであり、とはいえ、私の拙いベトナム語能力では如何ともし難い問題の一つとなります。
具体的にどのようなことが起きるかと言いますと、当地ではスーパーマーケットやコンビニエンスストア、薬局等での買い物の際にほぼ必ず電話番号を尋ねられます。
個人情報の取り扱いに敏感かつ、電話をかけられることを迷惑に感じられる方が多い日本においてはあまりない慣例かもしれませんが、当地においてはこの電話番号にて会員登録をする店舗が多くあります。
当然登録しておけば、割引やらノベルティをいただけたり、その恩恵にあずかれることとなるので、私も必ず登録しております。
そして、その会員登録の際や買い物の際に自分の電話番号を告げることになるのですが、私の発音が悪いせいで間違えて番号を打ってしまったり、何度も聞き返されるということがままございます。

こちらは7-ELEVEN のポイントを貯めていただいたノベルティ

この程度であればそれほど気にはなりませんが、これ以外に意思疎通の問題としてよく起こるのが飲食店における間違いになります。
注文した商品と違うものが提供される、数が異なるなど、いくらベトナム語が達者ではないとはいえ想像できないような間違いが発生します。例えば、数人で飲みにいった先で、ビールを一箱注文したのに一本しか出てこなかったり、二人で入ったお店なのになぜか一人分の料理しか出てこないといった数に関する問題、鶏肉を頼んだのに豚肉が出てくるなど、ちょっと考えればおかしいと気づきそうな問題から、いくら何でも聞き違えないだろうといった問題まで起こります。
これも自身の語学力のせいとあきらめ、笑って流すことになるわけですが、この現象は我々外国人においてのみ起きる問題ではなく、ベトナムの方々にも発生しうる問題であり、ゆえに彼らは、お会計の際には目を皿のようにしてレシートをチェックしております。

さて、これらは聞き違いや勘違いから起きる問題となるのですが、今回は当地においてよく発生しうる、日本の方々の勘違いの一つについてお話をさせていただきます。

ホーチミン市にお住まいの外国人、といっても日本以外の方々の事情には疎いため、ここでは日本人に限定して話しを進めさせていただきますが、おそらく、ほぼ全員といっても過言でない方々において、ホーチミン市からの初の遠出となるビーチリゾートの地はヴンタウ(Vũng Tàu)ではないでしょうか。
ヴンタウとはホーチミン市から南東に直線距離で5-60Kmほど、車やバイクで行くとほぼ100km ほどの場所に位置する、バリア・ヴンタウ省の旧省都で、海水浴場として人気のある街です。
日本語では、一般的には『ブンタウ』と表記されることが多いのですが、本文においてはヘボン式ローマ字表記で『ヴンタウ』と表記させていただきます。

『白い砂、青い海』ではありませんがいい海水浴場です

さて、このヴンタウですが、ホーチミン市から車やバイクで3-4時間ほどの距離であり、また、バイク、自動車が主要な移動である日常とは気分を変え、市内中心部よりサイゴン川を下り船で行くこともできる身近なリゾート地として人気であります。その距離からなのか、はたまた、その垢抜けない街並みが、バブル崩壊後のイメージと重なるからなのかは不明ですが、日本人の方々からは『ベトナムの熱海』などと呼ばれ、週末の宿泊旅行、日帰り旅行と、多くの方に親しまれていると思われます。
かくいう私も、バスやバイクで回数を忘れるほどに訪問しておりましたが、ここ数年は食傷気味であり、しばらくは足が遠のいている状況です。
とはいえ、ホーチミン市から近いビーチリゾートということもあり、日本から友人、知人が来越の際に、「海に行きたい」との要望があれば、真っ先に候補に上がる場所となっております。
そして、今回紹介する話しは、コロナ禍が明けた頃、久しぶりの海外旅行を楽しみたいとのことで、古くからの友人が奥方を伴い当地に旅行にやってきたことからはじまります。

その友人とは数十年以来の旧知の仲であり、当然奥方とも昔なじみで、他人には知られたくない私の過去についても熟知されているご夫婦であり、特に奥方は大変威勢のいい方で、会うたびに過去の出来事について問い詰められたり、いまだに結婚しないことをなじられております。
つまり、お互いに歯に衣着せぬ間柄であり、来越初日から三人で毎晩飲み歩いては、近況報告と昔話しに花を咲かせておりました。そして、そんな飲み会の最中に奥方から、せっかくの久しぶりの海外旅行なのだから、ホーチミン市以外にも行きたいとの要望がございました。何でも週末には帰ってしまうので、それまでにホーチミン市を出て小旅行をしたい、とのことであります。

話しを聞くと土曜の夜の便で日本に帰国し、日曜日は休んで月曜日から仕事に出るとのことで、私の仕事の都合さえつけば、金曜日から土曜日にかけての一泊旅行はできそうです。さっそく、いくつかの場所を提案するわけですが、どうやら『ベトナムの熱海』という表現が気に入ったらしく、私たちの行き先はヴンタウに決まりました。

店名は忘れましたが、若者に人気のカフェもあります

そのころ、私の仕事がちょっと立て込んでいたこともあり、週末前の金曜日に一日の休みを取ることが叶わず、しかし、何とか調整をして半休を取得し、午後から一泊二日の旅行に出ることにしました。
そして、せっかくなので、少し豪華な乗り合いバス、リムジンカーのチケットを購入しヴンタウに向かいます。

その車中では、徐々に郊外の様相に景色を変えていく車窓に奥方は興奮気味で、ドンナイ省に差し掛かるあたりのマングローブ林を見ては、曇った窓ガラス越しにスマホを向け、何枚もの写真を撮影しています。
そんな様子を見て、初めてヴンタウに行ったときのことなど思い出し、何となく私も気分が高まってきました。

私が初めてヴンタウに行ったのは、来越間もなくの頃で、それまで乗っていた古いホンダのカブに加え、新たに新車でバイクを購入した頃のことです。本当はカブで行きたかったのですが、しょっちゅう調子が悪くなる数十年前のバイクでは心許なく、新たに購入したバイクの慣らし運転を兼ねての、初の遠出のドライブでした。
なにしろ初めての遠出であり、そのうえ悪路によるパンクの恐れが伴う、不安の種がつきないドライブでしたが、ロンソン島(Đảo Long Sơn)の海抜が1m もないのではないかと思われる、海に囲まれた道を養殖の生簀を眺めながら駆け抜け、ヴンタウの海が見えてきたときには大変感動したものでした。

話しは戻りまして、私たちを乗せたリムジンカーは途中一回の休憩をした後、夕方少し前にホテルに到着します。
そのホテルは高級ホテルというわけではないですが、敷地の真ん中にプールのあるヴィラタイプのホテルで、これにも奥方は興奮されます。

チェックインを済ませ、一通り奥方の写真撮影に付き合った頃には日も落ちかけ、夕食にはいい時間となります。
ヴンタウの海鮮料理は大して安くない、などという話しもありますが、せっかくビーチリゾートに来たわけですから、私たちはタクシーを呼んで、半島の西側にある海鮮料理が並ぶエリアに行くことにします。

夕暮れのヴンタウの漁船

ベトナムの海鮮料理屋の多くは店の前に生簀があったり、水槽があったり、大きなタライが並べられ、そこに貝や魚、イカ、シャコなどが入っており、客はそれぞれの値段を確認し、調理方法を指定して注文する仕組みとなっております。そこに大勢のお客が集まり値段を聞いたり、注文をするものですから、みなさん自然と声を張り上げることになり、ちょっとした市場のような様相となります。
そんな様子にも、またもや奥方は興奮気味で写真撮影を始めます。

そして、一通り注文を終え席につき、さて乾杯となる頃までに、数百枚は写真を撮影したのではないかと思われる奥方はすっかり満足顔です。
なにはともあれ、乾杯の後はホーチミン市との違いにすっかりご満悦なご夫婦に、私もここに連れてきて良かったと満足して杯がすすみます。
そして、しばらく海鮮料理とビールで談笑となり、程なくして翌日の予定についての話しに移ります。せっかくビーチリゾートに来たのだから海でのんびりしようとか、昼食はどこに行こうとか、そんな話しで再び盛り上がるわけです。

ヴンタウの市場。ここは安かったと記憶しています

と、ここで私はこの時まで一点、確認を失念していたことに気が付きます。
帰国の便は土曜日の夜、とは聞いていたものの、便名の確認をしておりませんでした。おそらく紅組か青組だろうと思ってはいたものの、正確な時間は把握しておらず、両航空会社の離陸時間にはそんなに差はないのですが、念の為確認をします。
そして、ここでの友人の返答に私のビールを握った手が固まります。
友人はすっかり酔った上機嫌の顔で、ベトナム航空の深夜便だから遅くなっても問題ない、というのです。これはいけません。

ホーチミン市から東京方面の成田国際空港、羽田空港に向かう航空便は、ホーチミン市のタンソンニャット国際空港を夜に出発し、朝に東京着となる便が大変便利で、乗ってしまえばあとは寝るだけ、起きる頃に到着となります。しかし、この中で気をつけなければいけないのは深夜便、便名でいいますとベトナム航空による運行便 VN 300便です。
この便は0時15分、タンソンニャット国際空港発、朝の8時に成田国際空港着となるのですが、この0時15分という時間が数多くの勘違いを生み、多くの乗り遅れを誘発しているのです。

ベトナムのナショナルフラッグ・キャリアのベトナム航空

つまり、土曜日のこの便に搭乗するには、離陸時間の二時間前にチェックインをするとして、金曜日の夜10時ごろに空港に出向き、日付が変わった15分後の翌土曜日に離陸となるのです。
夜更かしが通例となってしまった現代人においては金曜日の夜の延長の時間帯かもしれませんが、わずか15分とはいえ0時を過ぎれば翌日になっているわけです。
ゆえに、この便では多くの方が勘違いをされ、空港でチェックインをしようとしたものの、すでに二十数時間前に離陸してしまっていたという事故が多く起きています。

かなり嫌な予感がした私は、友人にメールで送信されてきているチケットを見せてもらいます。すると果たして見事に予想的中、その便のチケットは数時間後のフライトがしっかりと刻まれています。
こうなるとのんびりビールなど飲んでいる場合ではありません。私はそのことを彼らに伝えすぐにホーチミン市に戻ることを伝えます。
しかし、すっかりビーチリゾートの地でビールにより気持ちよくなっている彼らはなかなか理解できません。程なくして友人がことの重大さに気づき、慌ててお会計を済ませ、余った料理を持ち帰りに包んでもらいホテルに戻ります。

私たちが行った海鮮料理屋はこの少し先になります

ホテルに戻るタクシーの車中で奥方は、「一日便を遅らせられないかなあ」などと慌てるそぶりも見せずに、旦那である友人に相談しております。
しかし、この私の友人はある建築関係の会社を営んでおり、なんでも翌週の月曜日から新しい現場が始まるとのことで、もし翌日の便が取れなかった場合はそれに間に合わなくなってしまうため、何がなんでも遅れるわけにはいかないとのことです。

慌ててホテルに戻った私たちは、荷物をまとめフロントの係員にチェックアウトを告げるわけですが、フロントの係員もまさかつい先ほどチェックインした客がチェックアウトをするとは思ってもおらず、こちらも大慌てです。
そして、ホテルのサービスに不備があったのではないかと心配そうなフロントの係員に事情を説明し、チェックアウトを済ませると、いざホーチミン市に戻ります。

しかし、この時間ですとバスがないため、仕方なしにタクシーで戻ることになります。ヴンタウからホーチミン市までタクシーだとおよそ二時間半、そんな遠くまで行ってもらえるタクシーがあるとは限りません。とりあえずホテルのそばに停車していたタクシーに声をかけてみます。
すると予想に反して、その若いタクシードライバーは、最初こそ驚いてはいたものの、長距離のお客に上機嫌になります。同じく近くに停車していた他のタクシー運転手に、上客をつかまえたと吹聴しうかれています。そんなことはいいから早くいけとばかりに急かして、なんとかタクシーは発車します。

最近ではGrab(配車サービス)が主流となり、タクシーに乗る機会が減りました

とりあえずホーチミン市に向かう算段はついたものの、離陸時間は迫ってきます。タクシーの運転手に事情を告げ、急いでもらうようにお願いすると、彼は上機嫌かつ自身ありげに、「問題ない、大丈夫」だと言います。
そして、走り始めて少しした頃に彼は急に停車すると、焦っている私たちを置いて車を降りてしまいます。こんなところでなんだろうと訝ると、彼はコーヒーを買い、長距離の上客に振る舞ってくれました。

私と友人は気が気でない状況のため、そんなのいいから急げ、と言いたいところでしたが、彼の好意に謝礼を述べ、とりあえずコーヒーをいただくことにします。
そして、奥方はというと、「ベトナムってすごいねー。いろんなことが起きるよねー」などと興奮気味に言いながら、くちゃくちゃと海鮮料理屋から持ち帰ったイカの焼き物を食べています。私は、いろんなことを起こしている原因はお前らだろ、と喉元まで出かかりましたが、くだけたけた表現でいうところの『元バリバリのヤンキー』である奥方には何もいえずに、ただフライトに間に合うことを願うばかりでした。

さて、その後ですが、若いタクシーの運転手が自信を持って言うとおり、かなりいいスピードで運転してくれたおかげで、フライトの一時間以上前に彼らが宿泊していたホーチミン市内のホテルに到着、その後、無事空港まで送り届けてもらうことができました。
この時の料金は結構な金額だったと思いますが、これにプラスしてチップを支払ったことは言うまでもございません。

日本に帰国の際は機内でゆっくり寝て、朝日で目が覚める夜便が便利です

そして、この夫婦とは私が一時帰国の際には食事にご一緒するのですが、毎回その酒宴の席においてこの話題が上がり、奥方は「ベトナムってすごいよねー。本当にいろんなことが起きるよねー」とタクシーの中での発言を繰り返し、「ヴンタウが一番楽しかった。また行きたいなー」などとおっしゃっています。

私が初めてヴンタウを訪れてから結構な時間が経ってしまいましたが、この話しを綴っていたら久しぶりにヴンタウを訪問してきたくなりました。
私が当地で初めて購入した新車のバイクもすっかり古くなり、新たに新車を購入したことですし、近いうちにドライブに出掛けてみようと思います。

タンソンニャット国際空港発の深夜便にはご注意ください


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?