手話と寿司
私は、どうしてAちゃんが好きなんだろう。
Aちゃんは、中高時代のオーケストラ部の後輩。
演奏する楽器が違うせいか、中高時代、
私とAちゃんは特に仲が良かったわけでもない。
でも、なぜか私は彼女が好きで
『今度の高校の演奏会、終わった後みんなでご飯行こうよ』
『3月だし部活のメンバーでご飯行こうよ』
何かと理由をつけては彼女を誘う。
この間は、『友達の出る演奏会行こうよ』で
社会人なりたてほやほやのAちゃんと私で
演奏会を聴きに行った。
帰り、知り合いが『あのすし屋は、ネタが2枚乗っている』
とかいうから、ネタが2枚!?、と思って
すし屋に入った。
『で、社会人生活どう?』と尋ねると、
『なんか、計算系の仕事してて、
ぜーんぜん大学で学んだこと、いかせてないですね』と返ってくる。
『そっかあ、ちょっと残念だね、それは。
これがめちゃ大変だった、みたいなことある?』
『ありますあります、つい昨日まで工場実習で、ノルマがあるんですよね。
今日はここまで終わらないと帰れない、みたいな。
重いものも平気で持たされて、ショックでした。
社会ってこんなふうにまわってるんか、て思って。
おまけに工場が遠いから、初めての一人暮らしもスタートして、
一人暮らし頑張らなきゃ、と思ってちゃんと
家事とかやりすぎちゃうんですよね。ちゃんと。
辛くて会社でも家でも隠れて泣きました。あはは』
すしが運ばれてくる。ネタがダブって見える。
箸でつついてみると、ほんとうにネタが2枚乗っている。
よかった。乱視になったかと思った。
『そーいえば私、手話覚えたんです。ちょっと』
Aちゃんがいう。
『手話?なんで?』
『工場実習でろう者の職員さんと仲良くなって。
実習中、何ヶ月もずーっと筆談で話してたり、
職員さんは私の口の動きから言いたいことを推察してくれたりして、
コミュニケーションとってました。
最後の日、あ、私この人の言葉で一度も話せてない、ってなって。
YouTubeで調べました。
今までありがとう。仲良くなれて楽しかったです。
これからも仲良くしましょう。って』
彼女は手話を実演してみせた。
彼女の目は、くりくりと大きくて
そこにきらきらと光が入っていて
それで、ひらひらと手話をしてみせるから
美しかった。
手話って、アイドルの振り付けみたいだな。
ああ、好きだなあ。
ノルマと重いものと一人暮らしで
いっぱいいっぱいで、忙しさがなみなみに
メスアップされてるのにも関わらず、
眠い目を擦って手話を覚えたに違いない。
Aちゃんの追い詰められても他者を忘れないところめちゃいい。
いや、追い詰められてる時こそ
人の真価が光るようになるのかもしれない。
その人の本当の良さって、苦しい時に光るものらしい。どうやら。
わあ!本当に2枚ですね!、大きい目をさらに大きくして
彼女はおすしを頬張っている。
そういえば、彼女の大学時代の専攻は、言語学。
なあんだ、大学で学んでたこと、しっかりいかしてるじゃん。
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