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奈良岡朋子さんの訃報に接して~「不踰矩」の先にあるもの

劇団「民藝」の共同代表を長らく務めていた新劇の俳優、奈良岡朋子さんが先日亡くなられたことが公になりましたね。
93歳とのこと。「大往生」というべきでしょう。
凛とした立ち姿、芯の通った声、ぶれない生き方…尊敬する俳優さんの一人でしたし、個人的に「おでこちゃん」具合に親しみを感じてもいました。

生前に用意されていたという、亡くなった後に公開するためのメッセージがまた素敵です。一部引用します。

新たな旅が始まりました。旅好きの私のことです、未知の世界への旅立ちは何やら心が弾みます。向こうへ着いたらすぐに宇野さんを訪ねます。(中略)杉村先生とももう一度同じ舞台を踏みたかった。どんな役でもいいからご一緒したい。ワクワクします。
両親にあいさつするのは二、三本舞台をやって少し落ち着いてからにします。それからは裕ちゃんや和枝さんと思いっきり遊びます。
これが別れではないですよ。いつかはまたお会いできますからね。それでは一足お先に失礼します。皆さまはどうぞごゆっくり…                              奈良岡朋子

「宇野さん」とは宇野重吉さん。
「裕ちゃん」は石原裕次郎さん。
「和枝さん」は美空ひばりさん。

読みながら、論語の有名な言葉を思い浮かべました。

子曰、
「吾十有五而志于学。
三十而立。
四十而不惑。
五十而知天命。
六十而耳順。
七十而従心所欲、不踰矩」。

子曰く、
「吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑はず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順(したが)ふ。
七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず」。


「従心所欲、不踰矩」の更に先にある境地を垣間見せていただいたような…そんな気がする、奈良岡さんの最後のメッセージです。

奈良岡さんご出演の舞台を、

グレイクリスマス(1992年)
ドライビング・ミス・デイジー(2005年)
黒い雨-八月六日広島にて、矢須子-(2018年)

と、13年おきに3本拝見したのは、どれもとても大切な思い出です。
とりわけ『黒い雨』はライフワークとして取り組まれていた「一人語り」で地の文と幾人もの登場人物を鮮やかに語り分ける技量と、ひしひしと伝わる「戦争はNo,原爆はNo」という思いの深さが、しかと心に刻まれました。

それにしても
93歳…。
私の祖母(享年94)が生前、娘である私の母に
「『70の坂がきつい』なんてまだまだ甘い。90の坂はもっときつい」
(調子はどうかと聞かれて)「日々、緩慢なる死を遂げております」
と名言を吐いたものでしたが
「この世とおさらばすること」は、まさに最後の大仕事、ですね。

奈良岡さんの見事な「さよならメッセージ」に感服です。
合掌


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