見出し画像

ラスト焼肉会

 彼が恋人と長続きしているのを、私は見たことがない。
「まーた振られたわあ」
 熱々の網に乗った肉をトングでひっくり返しながら、彼は絶妙に軽くも重くもないトーンで言った。じゅおお、とカルビが網の上で音を上げている。私は焼肉のメニュータブレットを弄っていた手を止めて、「だと思った」と返した。
「だっていつも君が『焼肉クイーン行かね?』って誘ってくる時って、決まってカノジョと別れた直後なんだもん」
「何、『今回もそうじゃね?』って?」
「そうじゃね?って思って」
 これで四回目だよ。そう続ければ、彼は焼けたカルビを口に運びつつ、「ん、よんふぁいめ」と頷いた。
 友人との焼肉会は、四回目。高校を卒業してから、彼は四人の女の子と付き合ったが、半年と持たずに別れた。高校時代から彼に絶賛片想い中の私は、「そっか、大変だったね」と言い、コーン茶を飲んだ。


 高校三年間同じクラスだった彼は、高校時代は恋人を作らず、高校を卒業した後、人並みに女の子と付き合いだした。
 お互い大学生になって離れてから、カノジョ出来ました報告のLINEをもらった時は、普通にショックだった。私のことは友達としか見てないだろうと思っていたので、この気持ちを彼には伝えないつもりでいた私は、「良かったね、おめでとう」とLINEを返した。

 しかし疑問は残った。彼はなぜ、こんなにも恋愛が長続きしないのだろう。三年間同じクラスで一緒にいたけれど、見た目よし、中身もまあ……明るいし、面白いしで、特に振られる要素は見当たらない。何かえげつない本性でもあったんだろうか。
「ちなみに、今回はどんな感じで振られたの?」
「『彼氏っぽくしてくれない』ってさ」
「ちゃんと彼氏してなかったの?」
「してたって。……多分」
 してなかったんだろう。「……多分」で目を逸らしたので、思うところがあるんだろうなと察する。彼氏っぽい行動の基準が元カノにとってどんなものだったのかは知らないし、大事にされてると感じる基準だって人それぞれだから、仕方ないとは思うけれど。
「じゃあ、一個前のは? どんな別れ方したんだっけ」
「うんと、『別の女の子のこと考えてないよね、いつもワタシのことずっと考えて』ってしつこかったから振った」
「二個前は?」
「えーなんだっけ……『ワタシ以外の女の子と会うのやめて』って喧嘩して〜……」
「えちょっと待って。恋人いるのに他の女の子と会ってたの?」
「ううん。お前としか会ってない」
「……私が原因じゃん、それ」
「は? お前は友達だから良くない?」
「そういうところだよ」
「んええ」
 彼は口を尖らせながら、せっせとカルビを網に並べ、せっせと焼いた。
『お前は友達だから良くない?』というワードに少し胸が軋む。彼が網に乗せたカルビをひっくり返していた私は、一旦トングを動かす手を止め、徐に「実はね」と言う。
「私、君にカノジョいる時に君と会うの、少し気後れしてたんだよね」
「ええ? なんで」
「だって、カノジョさん不安になるでしょ」
「な……るかもしんないけど、俺言ったもん。『なんにもないから安心してて』って」
「だとしても、女の子は不安になるもんだよ」
「ふうん」
 カルビを箸でつまみ、ご飯を巻いて食べる。会話が途切れた。周りの肉を焼く音や、喧騒が不自然に大きくなったような気がする。

 二人でカルビをもぐもぐしているとちょうどカルビがなくなったので、「私ここらで一旦アイス挟みます」と私はタブレットでミニソフトを漁った。食べる?と彼にも尋ねると、彼はこくこくと首を縦に二回振った。俺そのチョコのやつ。あいよ。チョコと普通のミニソフトを一個ずつ注文する。ついでにコーン茶で口内をリセットしてから、「私思うんだけど」と口を開いた。
「多分君が恋愛を長続きさせるためには、私と会うのを今後一切辞めるか、」
「えヤダ。無理。お前居やすいもん」
「……会うのを辞めるか、または、女友達と会うのを許してくれる寛大な神カノジョを見つけるべきだと思う」
「んーー……」
 彼は煮え切らない様子だったが、ここで注文したアイスが届いた。二人でアイスで乾杯してから食べる。途中で挟むアイスはなぜこんなにも絶品なのか。いつも思う。
「もうどうするのよ」
「どーーすっかなあマジで」
「仮に、私との関係性を理解してくれる優しいカノジョができたとしても」
「うん」
「君自身が恋人を不安にさせないって努力をしないと、結局また長続きしなそう」
「……まぁ、そーね」
 彼は相槌を打ちながら、カップのアイスをスプーンで掻き集めて、もう最後の一口を食べている。まだまだ残っているアイスを食べる手を止めて、私は言った。この気持ちは言わないつもりだったのに。

「私と付き合うってのはどう?」

 スプーンを咥えた彼が、僅かに目を見開いて私を見た。
「私と会うのは辞められない。でも恋人は欲しい。じゃあ私でよくない?」
「……いいの?」
「いいよ」
「ッッんだよそれ!!」
 突然彼は天を仰いだ。いきなり何、と思ったがハラハラしつつ彼の言動を見守る。私が瞼を上下させていると、彼は不服そうに「俺さあ!」と身を乗り出した。
「お前が『年上ってかっこいいよねえ〜』とか言うから、てっきり同い年はナシかと思ってたんだけど」
「……え、私そんなこと言ったっけ」
「言ってたって! 高校の時! 通りすがりの先輩見て言ってた!!」
「やばい全然覚えてない。絶対テキトーだよそれ」
「はガチ? あー、もっと早く告っとけば良かったわ」
「……ゑ」
「カノジョ作って忘れようとかしてたのバカすぎ俺」
「いやちょっと待っ」
「しかもさあ、カノジョと付き合ってても結局お前のこと考えちゃうわけ。そんなだから振られるんだよな、元カノたちにさ」
「いやいやいやちょっと待って!」
 私のこと好きだったの?
 そう問えば、彼はきょとんとした挙句、一呼吸置いて言った。
「そーだよ。高校時代、ずっとね」
 今度は私が、天を仰ぐ番だった。
「何だよそれ!!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?