マネーストックと金融収支にみる米国株リスク

きっかけは「昭和恐慌と経済政策」(講談社学術文庫)にある、以下の記述であった。

たとえば国際的な資本取引の自由が認められない場合には金融の引き締めはただちの金融市場のひっ迫をもたらすであろう。しかし、資本移動が認められている場合には、引き締めの結果金利が騰貴すると、かえって外国の資金が流入して金融がなかなか引き締まらない場合がある

昭和恐慌と経済政策 中村隆英 19ページ

同書は第一次世界大戦後に不況に陥った日本経済が、苦節10年の調整を経て1930年に金解禁を行ったものの、直前に発生したニューヨークの株価暴落と世界恐慌の発生によって再び不況に陥る過程を詳細に述べたものである。
上記の箇所は、経済政策は副次的・二次的な効果をもたらすために狙った通りの結果をもたらすとは限らないことを示す文脈で語られたが、筆者はこれが現在のアメリカの金融政策に直接あてはまると感じた。

現状を整理すると、アメリカの中央銀行FRBは政策金利を急速に引き上げて経済引き締めを図っているものの、株価はあまり下落しておらず、かつ雇用統計も依然として強いままである。以下のようにS&P500指数は最高値から余り下落しておらず、コロナ前と比べても高い水準にある。

出所:Google Finance

ニュースやら証券会社のストラテジストの意見では、アメリカ経済のソフトランディング期待や、年後半からの利下げを見込んだ先行買いと分析されている。
しかし、筆者は同書を踏まえたうえで、このコンセンサスには同意しない。
FRBが金融引き締めのために引き上げた金利が、むしろ外国からの資金流入を招き、金融引き締め効果を相殺しているという仮説を持っている。そこで、この仮説をデータを基に検証する。

①確かにアメリカの対内金融収支は金利引き上げ後も拡大した
以下のグラフは、2022年9月までのアメリカの対外資産、債務の増減統計である。右の純固定債務の増加を見ると、Portfolio Investment(証券投資)が確かに増えている。連邦経済分析局によると、これは長期債務や株式の投資が増えたことによるものである。
つまり、金利の上昇によって米国の企業や国債の投資妙味が増し、米国外からの投資を招いた結果、金融引き締めが相殺された。
となれば今後懸念されるのは、金利引き下げ局面ではむしろ、海外からの資金引き上げによって金融緩和が相殺されることであろう。これは通常、実体経済が悪化している局面で起こるため、不況を加速させることになる。

出所:連邦経済分析局サイト

②全体としてのマネーストックは減少している
一方で、海外からの資金流入がマネーストック全体の減少を招いているわけではないことも事実である。FRBはコロナショックを乗り切るためにモーゲージ債や国債などの金融商品を購入する量的緩和を行ったが、今はその償還を行っており、結果として下図のようにマネーストック(M2)は減少している。なお、M2が減少したのは約30年ぶりである。
とはいえ、新たな債務の買い手として海外の投資家が四半期当たり5000億ドル程度の買い手となっていることは上にみたとおりである。
やや乱暴な議論ではあるが、海外からの資金流入によって企業や銀行の流動資産が増えた結果、マネーストックの減少が1000~2000億ドル程度相殺されているのではないだろうか。
現在FRBは金利政策に焦点を当てており、市場も金利に着目している。しかし金利を引き下げても量的引き締めが続き、かつ外国からの資金引き上げが量的引き締めを加速することになれば、今の株価が底割れする可能性は十分にある。

出所:セントルイス連銀

③結論:今後量的引き締め効果は金利引き下げによって加速する
市場のコンセンサスは、年後半からの金利引き下げによって株価が再び上昇するというものであるが、筆者の意見は逆である。
なぜなら上にみたとおり、金利政策はFRBが意図したものとは逆の効果を、少なくとも国際収支の観点ではもたらしているからである。

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