破滅願望とオールカラオケ
年末年始やゴールデンウイークなどの長期休暇は大学の頃の友人と遊ぶのが慣例になっている。みんなもう社会人だけど、僕は学生時代の友人と遊ぶときには「学生のノリ」を出来るだけ順守するのが好きだ。
基本このメンバーで遊ぶときは毎回同じ流れになる。
ボードゲームカフェに行った後に焼肉を食って、最後にカラオケに行って朝を迎える。
焼肉までは楽しい時間だ。問題はその後。
オールでカラオケ。
次の日は昼から予定があるにもかかわらず、朝までカラオケで歌い続ける。
僕らは皆社会人だ。
社会人生活にも慣れ、基本的には毎日規則正しい生活を送っている。
8時ごろに起床し、日が変わるころには寝床につく。
だから、オールでカラオケをすることなんて、本心ではたぶん誰も望んでいない。終電までにするとしても3時間は歌える。カラオケ欲を満たすには十分だ。
それでもやる理由と言えば、行けるところまで行くというか、落ちれるところまで落ちるというか、あえてブレーキをぶっ壊して引き返せるギリギリまで終わりに向かっていく快感みたいなものを感じているからだ。
深夜2時に半分悪ふざけで1kgのオムライスを頼んだのもそういう理由だ。
あのオムライスは僕を含めて誰も望んでいなかった。ただ、歌い続けてふらふらな状態で腹いっぱいに炭水化物を詰め込む行為は、限りなく底辺に近づける気がした。
これは一種の破滅願望といえると思う。
頑張って整えてきた生活習慣を台無しにする快感。
次の日にほとんど寝れず重い頭を抱えながら、なんであんなことしてたんだろうと後悔する快感。
規則正しい生活を続けるのは後々のことを考えているからだ。目先の欲求に貪欲に従うと、基本的にはカスみたいな生活になると思う。
つまり普段は欲を節制しているのだ。だから、溜まっている自堕落ゲージを開放することもたまには必要な気がする。
ただ、規則正しさに順応してしまったからこそ、こんなクソしょうもないことくらいでしか破滅願望を満たせないのかもしれない。
貯金を全部ギャンブルに突っ込んだり、仕事を全部投げ出したり、露出狂になったり、そういう巨大な破滅を経験することは、ある程度常識と倫理観を身に着けてしまった今、多分もう出来ないんだろうな。
まぁいいけど。