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夏目漱石「こころ」は前半が面白い(1)

言わずと知れた夏目漱石の有名作品「こころ」。
大正3年(1914年)連載の作品。

この「こころ」は、後半「下 先生と遺書」の一部が高校の教科書に掲載されており、私もそれで知りました。同じ経緯でこの作品を知った人も多いでしょう。

- 語り手の男が、「K」という友人と、「お嬢さん」という女性を取り合った。その結果、「K」は自殺してしまう。さらにはその語り手も ー
この結末に衝撃を受けた人も多いでしょう。私もその一人です。

しかし、改めて読み直してみたら、
「こころ」は、教科書には載っていない前半部分が、面白かったのです。

これはあえて逆を張っているのではなく、本当にそう感じたのです。

これについて、語っていきたい。


(※ 添付の画像は、新宿区立漱石山房記念館で私が購入した新潮文庫の「こころ」です。今は青空文庫でインターネット上で無料で(著作権切れ)読めるのですが、あえて漱石山房記念館で、書籍を購入しました。)



1、「こころ」の構成


「こころ」は、三部構成の作品です。
高校の教科書だけでしか読んでない方は、このこと自体知らなかったのではないでしょうか。私もそうでした。

手持ちの文庫本で全327頁のうち

・「上 先生と私」 (7~113頁・計三十六章)
・「中 両親と私」 (114~167頁・計十八章)
・「下 先生と遺書」(168~327頁・計五十六章)

「こころ」新潮文庫

の構成となっています。

そして、みなさんご存じの「K」が登場するのは、「下 先生と遺書」の第十九章、219頁からのことです。

 私はその友達の名を此所にKと呼んで置きます。

「先生と遺書」十九

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

つまり、「向上心がないものは馬鹿だ」との印象的な台詞を残し(「先生と遺書」三十)、下宿で自ら命を絶って、かつての高校生達に衝撃を与えた男・Kは、物語の一部分でしか、姿を現していないのです。

つまり、Kとは直接絡まないところでも、興味深い描写が多数「こころ」にはあるのです。

これを論じていきます。

2、いきなり冒頭からおかしい


「こころ」の冒頭分は有名ですね。

 私はその人を常に先生と呼んでいた。

(「上 先生と私」一)

しかし、これに続く冒頭の段落が、いきなりおかしい。

 私はその人を常に先生と呼んでいた。だから此所でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」と云いたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。余所々々しい頭文字などはとても使う気にならない

(「上 先生と私」一)

上記引用が、「こころ」の第一の段落です。
余所々々しい(よそよそしい)頭文字などはとても使う気にならない。」
もちろんここで「よそよそしい頭文字」と言われた対象は、遺書における「K」表記以外にはないでしょう。

中盤までの物語の語り手・主人公であり、先生から遺書を送られた「」(わたくし)は、「先生」に異常なほど酔心しています。それこそ、「先生」と呼ぶほどに。
(なお、「先生」は教育者でも研究者でも作家でもなく、両親の遺産・妻の母の遺産で生活している無職のおじさんです。)

その「私」が、冒頭第一段落でいきなり、「先生」が遺書において何度も何度も記した「K」の表記にういて、嫌味のような言葉をはなっています。

しかも、普通に見たら、「K」、とイニシャルで呼び捨てにするのと比べて、「先生」と呼ぶほうがむしろ「よそよそしい」のではと思います。まだあだ名こみで「〇ちゃん先生」とか呼ぶなら親しみあるかもしれませんが。

私はこの「よそよそしい」を、「私」が単なる嫌味や当てこすりで書いているのではなく、「私」がそれまでの「先生」との交流や遺書を読んで、「先生」と「K」との間のなんともいえない微妙な関係を感じ取った上で、あえて書いてるものだと解釈しています。今のところですが。

つまり、先生とKとは仲が良いように見えているが、実はよそよそしい関係だと、少なくとも「「私」(=俺)のほうがKよりも先生と親しい関係だ」と、そう「私」が主張している、そう夏目漱石が書いているものだと、解釈しています。

3、「私」は、静(お嬢さん)と結婚か同棲している


では、「私」が一体なにをもって、自分のほうがKよりも先生と親しい、と主張しているのかというと、私の解釈ではこうなります。

・「先生」は、お嬢さんとKがくっつくことは嫌がったが、俺が(先生の死後に)お嬢さんとくっつくことは認めてくれた・むしろ推奨してくれた

これだと思います。
無論そんな明示はなく、私の解釈です。

この解釈について、おいおい語っていきたいと思います。

そして、私がこの解釈を思いついたのも、「こころ」の前半を読んだからです。
前半を読まなければ、この解釈は生じ得ません。

「こころ」は、前半こそが面白い。


4、今後ふれたいことの概略


・「明治45年の「こころ」」 - 明治天皇崩御(明治45年(1912年)7月30日)の直前から乃木希典の殉死(大正元年(西暦同じ)9月13日)-先生の遺書の送付、までの間、「先生」は東京の自宅におり、一方「私」は田舎の実家で父の看護をしている。
この期間中に「私」と「先生」の周辺に生じた出来事が、「こころ」では別々に書かれている。そこで現実の歴史上の事実を含めて、「私」やその家族と「先生」とを時間軸で比較したい

・「私」も「先生」も金持ちすぎ? 
 - 旅行三昧・就職への不安なし・残される静の生活不安なし

・ほとんどの登場人物が名前出ないのに、「私」の母が「お光」、「私」の妹の夫が「関」、お嬢さんが「静」と明記。この意味は? しかも「お光」「関」は他の漱石作品にも登場

・「私」の父の看護で妙に強調される「浣腸」。
そして静の母も、明治天皇も同じ病気だと。「行人」でも出て来る

・漱石作品で何度もある「兄と弟との不仲」。「私」もKも

・「先生」に「殉死」を勧めたのは、





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