夏目漱石「三四郎」④ モテない男達、美しく(2)

1、フラれた主人公・三四郎

前回も書いたように、「三四郎」の最大の特徴は、

・モテない男達を、美しく描いている

ここにある。
前回は広田先生についての描写にふれた。


今回は主人公・三四郎についてふれる。

再言するが、主人公・三四郎は女にあっさりフラれた男である。
しかもそのフラれ方が、「モテない男あるある」なのである。以下説明

・好きになった女と一時期は仲良い感じだったが、最近なんか冷えたようになった
・(ここは私の勝手な推測です)自分が告白すること、愛を伝えることが、相手の女にも嬉しい出来事のはずだ、だから悪くなった関係も改善できるはずだ、、、そう思い込んでいる。そう信じ込んでいる、そう信じたかった
・だから思い切って一世一代の告白をした
・しかし、現実の女は少しも喜ばなかった。
・それどころか完全スルー・ノーリアクションで流された。「今のは聞かなかったことにして下さい。」、そういわんばかりの態度をされた
・女の反応が完全に予想外だったので、落胆し混乱し、相手が聞かなかったことにした告白を、わざわざもう一回、同じ言葉でしてしまう
・今度は女から反応があった、否定的なリアクションが。「私、困っています」と溜息で伝えられてしまう

・ちなみに女にはこの時点で既に婚約者がいた。もちろん女から婚約について事前に相談や話をされるなんてことは全くなかった

・やがて、女の結婚を本人ではなく、友達から知らされる。男はかつて一時期女が仲良くしてくれた頃の回想にひたりだす。

なかなかのモテない男あるあるである。自分で列挙していて悲しい記憶がよみがえってきた

しかし、そんなフラれ方をしたモテない男を、夏目漱石は、美しく描いているのである。


2、フラれた三四郎の回想

告白を聞かなかったことにされ溜息をつかれ、さらに美禰子の婚約を知った三四郎は、彼女に会いにいく。教会にいると知らされてその前で待っている場面。

 やがて唱歌の声が聞こえた。讃美歌というものだろうと考えた。締切った高い窓のうちの出来事である。音量から察すると余程の人数らしい。美禰子の声もそのうちにある。三四郎は耳を傾けた。歌はやんだ。風が吹く。三四郎は外套の襟を立てた。空に美禰子の好きな雲が出た。
 かつて美禰子と一所に秋の空を見た事もあった。所は広田先生の二階であった。田端の小川の縁に座った事もあった。その時も一人ではなかった。迷羊(ストレイシープ)。迷羊。雲が羊の形をしている。
 忽然として会堂の戸が開いた。中から人が出る。人は天国から浮世へ帰る。美禰子は終りから四番目であった。

(「十二」)
(※ 著作権切れにより引用自由です)

好きだった女、告白してあっさりふられ、自分にはなにも告げずに知らない男と婚約。
その現実に打つひしがれ、一時期、何故か女が妙に仲良くしてくれた頃の回想にひたる、空を見ながら。

私はこの描写を、美しいと思った。
ふられたモテない男が未練で回想にひたる場面を、美しいと思った。

フラれたモテない男の未練たらたらな回想を、美しく描写する作家、それが夏目漱石なのだ


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