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夏目漱石「行人」考察(41)二郎と直は共犯


夏目漱石「行人」。和歌山で一郎が二郎にやらせた直と二人での外出。
これについて、直も二郎も、色々と見切っていたと思える。

1、二郎と直の共同制作?


一郎と綱が出掛け、二郎と直が二人きりになって最初の会話

 やがて母と兄は下に待っている俥に乗って、楼前から右の方へ鉄輪の音を鳴らして去った。
「じゃ僕等も徐々出かけましょうかね」と嫂を顧みた時、自分は実際好い心持ではなかった。
どうです出掛ける勇気がありますか」と聞いた。
あなたは」と向も聞いた。
僕はあります
貴方にあれば、妾にだってあるわ
 自分は立って着物を着換え始めた。

(「兄」二十七)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

元々出掛ける予定であるところにいきなり、「どうです出掛ける勇気がありますか」と聞いている。今から危険を伴う探索にでも出るかのようだ。

一応当日の天気は少しあやしかったのでそれを気にしていたともとれる。しかし「勇気がありますか」「あなたは」との会話内容と、二人きりになったとの状況に鑑みれば、天気ではないなにかに対する「勇気」が問われていると思われる。

上記の会話を無粋に翻訳するとこうであろうか。
「嫂さん、今から兄さんのプログラムに乗っかって、どんな目が出るかわからない小さな冒険してみますか」
「貴方にその気はあるならやりましょう。でも二郎さんはあまり勇気ない方だから大丈夫かしらね」
「まあその辺もお楽しみと流れによりますね。とりあえず僕は兄さんから言われた役目をこなすとこからしますよ」
と。

二郎と直、この二人に「勇気」が必要な共犯関係が黙示的に成立していたのだ。
その結果、出来上がったのがこの「行人」というお話ではないか。


2、共犯者達の動機


2(1)共犯者長野二郎の動機

私の勝手な推測では、「行人」とは、一郎の差し金で「将棋の駒」岡田がお兼と結婚したことに対する、長野二郎の一郎への復讐物語の面を持つ。


2(2)共犯者お直の動機


また同時に、一郎からなにか凄い嫌なことを言われた(例えば「貴様みたいな女よりもお貞さんと結婚したほうがよかった。この馬鹿野郎。いくらお貞さんが不器量で教養もなくともお前よりかましだ」等)直が、一郎に対する復讐をする物語とも思っている。

―妾ゃ本当に腑抜なのよ。ことに近頃は魂の抜殻になっちまったんだから

(「兄」三十一)

この直の発言は、少し前になにか悪い出来事が一郎がらみで生じたことを想起させる。それへの復讐だ。


3、「行人」は共犯者長野二郎の自白調書


そして、共犯者達は黙示の計画どおりか、もしくは計画をやや超えた結果だったかもしれないが、一郎に対する復讐を果たすことに見事成功した。

「行人」は、共犯者長野二郎の自白調書である。だから第三者が見せる体で書かれている。

被告人は本件について反省の弁を供述している。

自分は今になって、取り返す事も償う事も出来ないこの態度を深く懺悔したいと思う。

(「兄」四十二)

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