毛見河先生は天才科学者の霊に聞く 2話

2話

理乃「あの、先生」
工介「また来たのですか」「富士笠さん」

 理科準備室へ訪れた理乃は、再び工介に面会した。
 悩みを抱えた表情で話されると、翌日の授業準備をこなしながら返事する。そんな工介に理乃はすぐ目の前まで駆け寄って白衣を掴む。

理乃「先生もわかってるでしょ!?」「私に憑いてる霊が全部祓われたわけじゃないんですよ!?」
工介「そんな事ですか」
理乃「そ、そんな事って!?」

 白衣を掴んでぶんぶん前後に振り回す理乃に、工介は冷静な様子だった。

理乃「こっちはまだ心霊現象で困ってるんです!?」「そんな他人事みたいに言わないで!」
工介「いや」「完全に他人事ですけど」
理乃「この薄情者!」

 さらに白衣を思いっきり振り回して、理乃は怒りを露わにする。それでも、工介の表情は一切変わらない。

工介「富士笠さんに憑いてる霊を成仏させればいいのでしょう」
理乃「え?」

工介「なぜだか知りませんが」「富士笠さんに憑いてる霊は歴史に残る偉人の科学者ばかり」「前回のように一度憑依されてインタビューさせてもらう」「それを除霊の報酬としましょう」
理乃「うっ…!」

 工介が眼鏡の位置を直し、理乃の目を見る。
 前回のアインシュタインの霊を除霊した時と同じ要領で除霊する。それが除霊の報酬となる。断れない理乃にとって、返事は決まっていた。

理乃「わ、わかりました…」「それでお願いします…」
工介「最初からそう言えばいいのです」

 こうして理乃が工介との除霊依頼が締結する。
 椅子に座り、机の上にレコーダー、工介の手元にはメモを取るカルテとボールペン。 
 記録を取る用意ができた後、工介は理乃へ声をかける。

工介「心の準備はいいですね?」

 落ち着いた面持ちで尋ねられると、理乃は息を呑み、声を出す。

理乃「はい!」

 返事が返ってくると、工介は理乃の方へ手をかざす。
 掌から眩い光が溢れると、背後の霊が理乃の体に吸い込まれた。
 そして理乃の体に霊が完全に取り込まれた後、工介の手元の輝きが消える。

理乃「…」
工介「僕の声が聞こえますか?」

 理乃に憑依した霊は瞼を閉じたまま無言だった。すると工介は目の前で落ち着いた口調で話かけてみる。

理乃(?)「…ん」
工介「聞こえているようですね」

 瞼を開けた理乃の体。すると周囲を見回して状況を伺いだした。

理乃(?)「ここはどこだ?」
工介「ここはですね——」

 この後、理乃に憑依した霊に工介は事情を説明していく。
 アインシュタインと同じく、科学者なだけあって、現状を理解するのが早かった。

理乃(?)「なるほどな」「それで俺様が死後の未来で」「この体に憑りついて動けるというわけか」
工介「そういう事です」「ご理解が早くて助かります」「アイザック・ニュートンさん」

 工介は理乃に憑依した霊——ニュートンへお辞儀をした。

 アイザック・ニュートン。
 1642年イングランド生まれ。

 現在の数学や物理学に大きな功績を残した天才科学者。
『ニュートン力学』と呼ばれる『運動の三法則』、そして『万有引力の法則』を発見。

 他にも『微積分学』で惑星の軌道を計算した功績を残している。
 光研究にも精通し、彼の学界デビューは光研究だった。

 多岐にわたる偉業を残した天才科学者ニュートンにインタビューできる絶好の機会。

 その事に工介は内心、わくわくしていた。
 机の上のレコーダーをオンにして、ニュートンへ声をかける。

工介「それでは」「インタビューを開始します」「まずはお名前を教えてください」
ニュートン「俺はアイザック・ニュートンだ」

 自己紹介をしたニュートン。その後、カルテにメモを取っていた工介は再度質問する。

工介「ありがとうございます」「ますは出身地を教えてください」
ニュートン「イングランド東部のリンカーンシャー州だ」

 工介も知っているニュートンの出生の情報だった。

工介「ではご家族のお話を教えていただけますか?」
ニュートン「っけ!」

 ニュートンは唾を吐いて、いかにも嫌そうな表情を浮かべる。
 その様子に工介は内心で『あ、この人も家族関係こじれてるんだ』と察した。

ニュートン「俺が生まれる二か月前に父親は死んだ」
「俺が三歳の時にスミスって野郎と再婚した」「聖職者だった奴は裕福で」「母さんも暮らしが楽になると考えたんだろう」
「だがな」「奴は俺を連れてくる事を許さず」「母さんに俺を捨てさせて」「祖父のところへ置いて嫁がせた」

工介「そ、そんな思い幼少期が!?」
ニュートン「俺が十歳の時に義父も死んだ」「ざまぁねぇ」「ギャハハ!!」

 ゲラゲラ笑う姿を見て工介は、彼が義父に強い恨みを抱いている事を悟った。

工介「は、話を変えましょう」「学生時代についてお聞かせください」

 このままでは話しているニュートンがグレてしまうと察する。
 話を変えた工介は学生時代の話題に映った途端、ニュートンも期限を戻し出す。

ニュートン「俺はケンブリッジ大学に入学した」「その後ロンドンでペストが大流行したんだ」
工介「ペストって当時大流行した感染症ですか?」「それは大変でしたね」

 ペスト。

 かつてヨーロッパ中に何度も大流行した感染症。
 黒死病と呼ばれ、現在では有効な抗生物質もできている。

ニュートン「まさか」「そのペストおかげで故郷に帰れた」
「まったく興味のないカリキュラムをせずに研究に打ち込めたしな」「俺からすればペスト様万々歳だぜ」
工介「罰当たりな考えですが」「結果的に研究に熱中できたわけですね」

ニュートン「その一年半で俺が発表した研究成果のほとんどが完成した」
工介「その成果が後にニュートンさんを有名にしたのですね」

ニュートン「そうだな」「だがな」「こんな俺を邪魔した『くそったれ』もいた」
工介「そんな方が」「よろしければ」「お名前を教えてもらってもいいですか?」

ニュートン「ロバート・フックだ」
工介「ロバート・フック!?」

 ロバート・フック。
『フックの法則』で知られる科学者。

 そんなフックにどんな恨みがあるのか工介は知りたくなっていた。

ニュートン「俺がケンブリッジ大学のルーカス教授職に就いた後」「『光と色の理論』についての論文を王立協会に送った」
「そしてら横やり入れてきたんだよ」「あの野郎」「『俺も思いついてたやつ』って言った気やがった」
工介「あのフックさんが!?」

ニュートン「当時フックは王立協会の会長だった」「そのせいでバカにされ続けた!」
「しかも『万有引力の法則も私が先に思いついていた』なんて難癖付けてきたんだ!」「何度潰してやろうと考えたか!」
工介「…大変な思いをされたのですね」

 フックの嫌がらせもだが、ここまで週根深く恨みを抱くニュートンも怖く思う。

ニュートン「野郎が死んだ後に俺が王立協会の会長になった」「その後に王立協会も引っ越した」
「奴の肖像画や実験器具を全部処分してやった」「あの時は気持ちがスッキリしたもんだ」
工介「…すごく恨んでたんですね」「フックさんの事」

ニュートン「それだけじゃねぇ」「ライプニッツのカスも喧嘩売ってきたがった」
工介「ライプニッツって、ゴットフリート・ライプニッツですか?」
ニュートン「そいつだよ」

 ゴットフリート・ライプニッツ。
 数学の先駆者の一人で、微積分学の研究をしていた科学者。

 ニュートンは忌々しそうな顔を浮かべて、ライプニッツの事を話し出す。

ニュートン「あのカス」「俺の開発した微積分法を」「『先に考えたのだ自分だ』とか言ってきやがった」
工介「…またそのような横やりが」

 イライラしているニュートンを見て、「この人喧嘩に事欠かないな」と内心思う。

ニュートン「当時の俺は王立協会の会長だったからな」「委員会の十一人中七人は俺の息がかかってた」
「あのカスが負けるのは当然だ」「ざまぁねぇ」

工介「それは完全に不正ですね」
ニュートン「どんな手だろうが」「名を載せた研究者が勝ちなんだよ」

 工介の指摘に少々不満げに自身の考えを口にする。

工介「そろそろインタビューを終ろうと思いますが」「最後にお聞きします」
ニュートン「ん?」「なんだ?」

工介「古典力学に大きく貢献したあなたにお聞きします」「科学者にとって必要なものとは何ですか?」

 工介は最後の質問をニュートンに問いかけると、真剣な面持ちに変わって答えを紡ぐ。

ニュートン「誰の反論にも屈しない強い自信」「だな」

インタビューを終えた工介はメモを取ったカルテを閉じて、レコーダーもオフにした。
 すると、ニュートンはふと尋ねる。

ニュートン「そうだ」「ライプニックに勝った微積分学って今も残ってるんだよな?」
工介「はい」「そうですけど」

ニュートン「せっかくだ」「どんな風に残ってるか見せてくれ」
工介「それは構いませんが」

 彼の頼みを聞いて、工介は学校指定の数学の参考書を渡す。
 微積分の範囲を見て、顔が真っ赤にする。

ニュートン「どういう事だ!?」「なんで俺が考えた微積分法に」「あのカス野郎の考えた記号が使われてんだよ!」
工介「ちょ!?」「その体で暴れないでください!?」

 参考書を投げ捨てて、足で踏み潰し続けるニュートンを工介は制する。
 現在の微積分法に用いられる記号には、ライプニックが考案した記号も使われている。

 歴史の中で、ライプニックの記号の方が使いやすかったという理由で今も残っているのだ。
 この後、暴れ回るニュートンを工介は強制成仏させた。

理乃「んっ…」
工介「目が覚めましたか」「富士笠さん」

理乃「…先生、って」「その顔はどうしたんですか⁉」

 意識が戻った理乃の目には、顔が腫れ上がって痣だらけの工介が映った。
 理乃の体で暴れたニュートンを鎮める際にボコボコにされた。

「い、いったい誰にやられたんですか!?」
「…」

 工介は内心『富士笠さんですけどね』と呟く。

毛見河工介的:アイザック・ニュートンの人間性

 執念深い喧嘩屋

参考文献
講談社+α文庫 著:内田麻理香
面白すぎる天才科学者たち 世界を変えた偉人たちの生き様
https://www.amazon.co.jp/%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%99%E3%81%8E%E3%82%8B%E5%A4%A9%E6%89%8D%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1-%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%81%9F%E5%81%89%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%A7%98-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE-%CE%B1%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%BA%BB%E7%90%86%E9%A6%99/dp/4062816520

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